2026年9月18日
#1034 小林 典大 『安定もしつつ爆発力がある選手に』
物事をハッキリと語る小林選手。真面目さと自由さが一体となって、その可能性に期待が高まるインタビューとなりました。(取材日:2026年7月下旬)
◆ずっと父親の真似をしていた
――典大(テンタ)という名前、呼びやすいし良い名前ですね
とても気に入っています。
――名前の由来をご両親に聞いたことはありますか?
大きいという字をつけたかったということと、辞典のように見本になってくれるような人になって欲しいという意味だと、最近聞きました。
――その名前のような人間にはなれそうですか?
辞典に載れるかな?って感じじゃないですかね(笑)。良い意味で、見本がないし、僕はあまり人とかぶることが好きではないので、独自の路線で行っているように思います。辞典に載るような新しい行動をして、人に真似されるような人間になっていった方が良いんじゃないかなと思います。
――HPの自己紹介ではラグビーを始めたきっかけが父親、人生の中で影響を受けた人物も父親、そしてロッキー・バルボアを挙げていますが、お父さんはロッキーみたいな人なんですか?
僕はロッキーが大好きですけれど、父親はロッキーみたいな感じではないですよ(笑)。父親の見た目は中田翔さん(元プロ野球選手)みたいで、見た目は少し怖めです。けれど優しいですよ。
――お父さんからはどのような影響を受けたんですか?
いちばん近くにいる存在ですし、小さい頃はずっと父親の真似をしていました。ずっとリスペクトしていますし、小学校の時は父親がラグビーのコーチだったので、いろいろと教えてもらいました。最近になって父親が今の僕と同じくらいの歳の時の話を聞いたりしてリスペクトする部分と、逆に父親の話や言動を見て「直さなあかんな」という反面教師の部分もあるので、良い意味でも悪い意味でも影響を受けています。
だから自分にとって大きい存在です。面白いと思うのは、この年齢になって行動とか声が父親に似てきていたり、地元に帰ってたまたま行ったレゲエ・バーが、父親が20歳の時に働いていたバーだったということがありました。
◆絶対にラグビーをやらせたい
――お父さんもラグビーをやられていたんですか?
やっていました。それで僕もラグビーを始めました。父は京都の東山の高校だったんですけれど、そこそこ強い学校で花園に出場しましたし、大学には行かずに下のリーグでプレーしていたみたいです。僕が子どもの頃も現役でやっていて、小学校でスクールに入った頃には、引退してコーチをしながらといったう感じでした。ただ、父親はまだラグビーをやっていて、タグラグビーを教えたりもしています。僕も小学校の頃はスクールと並行しながら、タグラグビーをやっていました。
――ラグビーを始めるきっかけは、お父さんからスクールに入れと言われたんですか?
僕は本当は、野球をやりたかったんです。通っていた小学校は野球が強いところで、野球の体験に行ったらめちゃくちゃ褒めてもらえて、それで父親に「野球をやりたい」と言ったんです。父親の心情としては、否定はしたくないけれど「絶対にラグビーをやらせたい」と思っていたそうです。それで「一度、ラグビーを見に来い」と言われて、スクールに連れて行ってもらったら楽しくて、「ラグビーをやる」と言ったそうです。それで今もラグビーをやっているので、父親の戦略勝ちでしたね(笑)。
――ラグビーのどこが楽しく感じましたか?
野球と違って、ラグビーはみんなでひとつのボールを追いかけてプレーするというところが自分に合っていて、楽しかったところですね。詳しいことまでもう覚えていませんが、フィーリングが自分の性格と合ったんじゃないですかね。
――ラグビーをやっていて良かったことに「怖いものがなくなる」とありますが、1対1の対決に怖さがあったんですか?
やっぱり最初は怖かったですよ。タックルも怖かったですし、怖いことばかりでしたけれど、高校、大学と経験を積んでいくと、怪我はありましたが、ラグビーの対人のコンタクトだけじゃなく、人と喋ることにも自信がつくというか、怯えるものがなくなったように思います。
◆サボらずにちゃんとやってきた
――ラグビーで必要だから人とも喋るようになったんですか?
ラグビーは人との繋がりがたくさんあると思うので、知らない人と喋ることもありますし、逆にキャプテンとか上の立場に立った時に、自分がかみ砕いた情報を相手にどうやって分かりやすく伝えるかなど、ラグビーを通していろいろな学びがあったので、それを乗り越えて人として成長して、怖いものがなくなったということです。
――ラグビーのプレーで面白かったところは?
ボールを持って走って、トライに繋げるというところが面白かったですね。ボールを持って走って相手を突き飛ばしたり、抜いたり、良いパスが出来たり、派手なプレーが出来た時にはとても気持ちが良いと思います。ただ中学校くらいまでは、今ほど楽しいと思ってラグビーをやっていなくて、生活の一部にラグビーがあるからやっている、という感じでしたね。別に嫌々やっていたわけではないんですが、ただスポーツとしてやっているという感じが強かったですね。
――その時にはもう野球への興味はなくなっていたんですか?
野球は好きですし、小学校の友だち全員が野球をやっていたので「いいなー」と思いつつ、ラグビーを辞めて野球をやりたいとは思わなかったですね。
――ラグビー選手になるために意識したこととして「当たり前のことを当たり前にする」とありますが、それはどういう意味ですか?
リーグワンで戦うトップチームに入ることが出来ましたが、僕はまだまだですし、自分には突出したものがないと思っています。パワーがめちゃくちゃあるわけでもないですし、脚がめちゃくちゃ速いわけでもないないですし、賢いわけでもないですし、自分はなぜここまで来ることができたのかと考えると、みんながサボるようなことや妥協してしまうようなところをサボらずに、やるべきことをちゃんとやってきたから、ここまで来ることができたと思っています。僕には突出したものがないので、やるべきことをやってきただけです。
――そのやるべきこととは、具体的には?
練習でのフィットネスで最後まで走るとか、詰めが甘くて最後に止めてしまうようなところで最後までやるとか。特にトレーニングの部分で「今日はここままで、いいや」となりがちで、大学やリーグワンとカテゴリーが上がっていくと、どうしても自分で調整が出来る部分が出てきます。そこで妥協してしまうとどんどん差が生まれてくるし、僕は周りのみんなよりも平凡だと思ってきたので、そこで差をつけるために、当たり前のことを当たり前にやってきたという感じです。
――それを繰り返していると、力が積み重なってくる感じですか?
はい、そうですね。
◆目立ちたがり屋
――その感触があるから続けているんですか?
感触がなくても、僕はやっていると思います。やっぱり中途半端なことはしたくないので、それを繰り返していくと自信が出てきますし、今だったら試合に出ることができていない状態なので、周りに追いつくため、試合に出るために、トレーニングを頑張っています。
――最初に人と同じことはやりたくないと言っていましたが、そこにはどんなモチベーションがあるんですか?
僕は目立ちたがり屋で、単純に人と違うことをして、目立ちたいと思っています(笑)。それが根底にあるんだと思います。周りと同じことをしていても埋もれていくだけなので、もちろん良い意味で目立たなければいけませんし、プレーにしても私生活にしても、人と同じことではなく違うことで、それがもしも効率が悪かったとしても、違うことをして成功する、目立つ、ということを意識しています。
――ラグビーで言うと、どういう部分でそれを目指していますか?
ラグビーで言うと、それが強すぎると方向性が違ってくると言うか、目的が変わってきてしまうと思います。そこはやるべきことをやって、最後のちょっとの違いを自分なりのオリジナルでやりたいと思っています。例えばボールキャリーとかラグビーのプレースタイルでいうと、サンゴリアスの日本人バックローは、たくさん走ってミスをしない、安定している人が多いと思います。
そうではなく、僕はもっと外国人選手みたいに、爆発力のあるゲームの流れを変えられるような選手になりたいと思っています。もちろん甲嗣さん(下川)や龍雅さん(箸本)みたいに、「あいつをメンバーに入れておけば安心」というような選手も必要だと思いますが、僕はそこで差をつくっていきたいと思っています。
――去年の12月の全国大学選手権3回戦福岡工業大との試合では5トライを挙げて、相当目立っていたのでは?
そうですね、有難いことに。
――自分の中でも満足のいく成果でしたか?
5トライという大きく目立った部分はありましたが、それは自分が切り開いたトライではなく、外でもらってボールを置いたというトライがほとんどだったので、嬉しいとは思いますが、自分の中ではぜんぜん満足していませんし、5トライという、ただの記録です。
◆負けたという悔しさは次に繋がる
――これまでの中で記憶に残っている試合は「大学3年の最終節の近畿大学戦」とのこと、それはどんな試合でしたか?
その試合には負けてしまったんですけれど、その試合に勝てば大学選手権に出場できる試合でした。その年は優勝候補の京都産業大学に勝って、絶対に大学選手権に出られるという確信を持っていたシーズンでしたし、みんなの中にも、勝って大学選手権に出られるだろうという気持ちがあったと思います。その中で最終節で負けてしまい、先輩たちの涙を見ました。本当に悔しい試合だったので、とても印象に残っています。自分に対する後悔もたくさんあって、足首を痛めていたりして、その怪我がなかったら勝てたかなとか、後悔ばかりが残る試合で印象に残っています。
逆にそれがラグビー部としての分岐点になって、自分たちの代になった時に、「あの近畿大戦」と口にすることが多くなって、あのような試合はしてはいけないから頑張ろうという気持ちになっていました。それで頑張って、自分たちの代では大学選手権に出ることができて、ベスト8でしたけれど、あの負けたという悔しさは、次に繋がるものだったと思っています。
――大学4年ではバイスキャプテンだったので、その時の悔しさをチームに浸透させて引っ張ったんですか?
それはめちゃくちゃやりました。勝つことの難しさ、勝つための準備は本当に大事ということを、自分もそうですけれど、試合に出ていた人、見ていた人全員が感じたと思うので、それを風化させてはいけないと話していました。負けという結果を良くするのも悪くするのも自分たちの責任なので、それは絶対に無駄にしてはいけないと、負けた日に話をしていました。だから4年になってバイスキャプテンとしても、妥協や油断は絶対にせずに、まずは自分たちから頑張ろうとやっていました。
――負けた日に話をしたんですね
4年生はその日に引退だったので、自然と学年で集まっていましたし、泣いている人もしました。その日にそういう話をしましたあの時間は、とても良かったと思います。
◆リーダー役は合っている
――これまでのキャプテンやバイスキャプテンの経験は?
高校は役職としてリーダーをやっていただけですけれど、大学ではバイスキャプテンをやりました。それ以外で言うと、小学校も中学校もバイスキャプテンでした。
――リーダーシップを発揮することは自分に合っていますか?
合っていると思います。やっぱりリーダーになると見本にならなければいけませんし、恥ずかしいことは出来ないので、自分の縛りにもなります。そういう部分も含めて自分に合っていると思いますし、あとは僕は思ったことをズバズバ言えるタイプで、いろいろな人とコミュニケーションが取れるので、リーダー役は自分に合っていると思います。
――サンゴリアスのキャプテンに立候補してみたらどうですか?
やります、やります。やりたいです。サンゴリアスのキャプテンにとても興味があります。実はサンゴリアスに入って2~3ヶ目くらいの時から、ずっと亮土さん(中村)に「お前はキャプテンをやった方が良いよ」と言っていただいていて、それで意識するようになって、いつの日にか「やってみたいな」って思っています。
――派手なことが好きで、インタビュー前に音楽・服・アート・外国人・海外に興味があると教えてくれましたが、どういうところが好きなんですか?
音楽で言うと、サザンオールスターズとか、昔の曲をめちゃくちゃ聴きます。父親の影響で、サザンとかハマショー(浜田省吾)とかが好きで、洋楽で言うとレゲエとかを聴きます。いとこがオーストラリアに住んでいたり、親友がオーストラリアの帰国子女だったり、常に近くに海外の文化があります。だから海外に住みたいという気持ちがあって、オーストラリアに住んでみたいですね。行きたい国ではブラジルにも行きたいですね。
ファッションについては、やっぱりカッコよくいたいじゃないですか。そこもやっぱり同じが嫌で、ちょっと尖ったファッションが好きで、人と違うような服を探したり、自分に合った服を友だちや先輩たちと探すことが好きですね。
◆身体のキャパを大きく
――見た目としてまず、自分自身の身体もありますよね
身体を大きくすることは意識しています。食事制限をして身体を絞るとか、もちろん第一はプレーのためですけれど、顔もシュッとしていた方がカッコいいじゃないですか。やっぱりカッコいい身体でいたいので、そこも意識しながらやっています。
――ラグビーをする上で、もっと大きくした方が良いんですか?
体重も「あと1~2kgくらい増やして安定させて欲しい」と言われていますし、やっぱり外国人選手と戦うとなると、今の身体では限界があると思います。今後はバックローだけじゃなくロックもやらなければいけない状況になったら、体重を増やさなければいけませんし、その上で走れなければいけないので、全体的に身体のキャパを大きくしていかなければいけないと思っています。
――身体の中で自信のあるパーツとして鼻を挙げていますが、それについは?
鼻は自信がありますよ(笑)。鼻が綺麗と言われます。
――そこもお父さん譲りですか?
いや、そこはわからないですけれど、鼻が高いんですよね。鼻を折らないように気をつけたいと思います(笑)。
◆外国人の文化が好き
――先ほどの興味があるというものの話に戻ると、アートはどういったところに興味があるんですか?
最近は描いていないですけれど、絵を描くのが好きです。子どもの頃から絵を描くのが好きで、最近は仕事もあってやりたいことがぜんぜん出来ていません。あと英語も勉強したいと思っています。
――それは将来、海外に住むためですか?
住みたいです。ラグビーで海外に行けたら良いですけれどね。
――外国人はなぜ好きなんですか?
ずっと海外に興味があったので、外国人の文化が好きですね。日本人の恥ずかしがる文化とか社交的じゃない文化が、嫌いなわけじゃないですけれど、それよりも外国人はフランクに何でも話せますし、ノリの良さとか、そういう部分が好きですね。あと外国人はとても仲間想いで、そういうところも良いなって思いますね。英語が上手くなりたいという気持ちもありますが、積極的に外国人と飲みの場に行ったり、そういう場に呼んでもらったりしています。
――社会人になってチームの中に外国人選手がたくさんいますね
とても嬉しいですね。大学の時にはチームに留学生がいなくて、憧れていました。
――サンゴリアスの外国人選手でよく話す選手は誰ですか?
イジー(イザヤ・プニヴァイ)がいちばん話しかけてくれます。一緒に飲みに行った時に、一緒に最後までいて一緒に帰ることもあります。
◆優勝したい
――ラグビーでの強みは?
キャリーと運動量、あとペネトレートですね。
――それがすべて出来れば、メンバー入り?
そうですね。それが出来るのも夢じゃないと思います。
――課題は何ですか?
ディフェンスです。あとセットプレー、ラインアウトがもうちょっと安定すれば良いなと思います。特にディフェンスが課題ですね。もともとあまりタックルが上手くなくて、学生時代からの課題でした。その課題は明確になっているので、そこさえちゃんと出来れば試合に出ることができる自信があります。
――タックルについては中村亮土選手に教わったりしましたか?
亮土さんにも教えてもらったこともありますし、甲嗣さんと龍雅さんの練習に混ぜてもらって、一緒にタックル練習をさせてもらったり、コーチから教えてもらったりしています。
――2025-26シーズンについてはアーリーエントリーでは誰も出場を果たせませんでしたね
そうですね。試合自体はレベルが高いと思いましたが、練習の雰囲気が想像していたのと違って、練習ではもうちょっと熱くなって良いんじゃないかなと思いました。
――それを踏まえて、次のシーズンでの目標は?
もちろん、いちばんは試合に出ることです。そして優勝するためにやるべきこと、自分の役割をやって、チームを引っ張っていくくらいの勢いで、練習に対しても取り組んでいきたいと思っています。当たり前のことを当たり前にやることに加え、プレーで見せるとか、勝ちたいとか、試合に出たいという姿勢を前面に出して、周りに良い影響を及ぼすことができるようにしていきたいと思います。あとやっぱり、優勝したいですね。
◆まずは目の前の1試合
――ポジションは?
フランカーとナンバー8ですけれど、監督に「4番5場も出来るように」と言われているので、ぜんぶできるようになりたいです。
――将来的なビジョンは?
日本代表になりたいです。それはずっと目標にしています。日本代表に選ばれるためにはサンゴリアスで試合に出ないといけないので、自ずとサンゴリアスでキャップを重ねることが目標になりますし、最終的には日本代表に選ばれたいと思っています。
――次のシーズンではどのくらい出たいですか?
まずは目の前の1試合ですけれど、10試合以上は出たいですね。まずはリザーブでも良いから、1試合出たいですね。
――ファンの皆さんに期待して欲しいところは?
ハードなキャリーとジャッカル、そしてトライを見て欲しいと思います。
――ジャッカルも得意なんですね
得意です。大学時代も結構やっていました。
――安定感と爆発力はどちらですか?
僕は爆発力です。
――安定感についてはどうですか?
安定感がなく、やっぱりこの前の練習試合でもなかったと思います。安定させながら、どう爆発力を持って行くか。今の日本人のバックローの選手は安定型が多いので、安定もしつつ爆発力がある選手になりたいと思います。そこを見ていて欲しいですね
(インタビュー&構成:針谷和昌)
[写真:長尾亜紀]