2026年05月14日(木)
Vol.10 「バレーは常に"みんなで"戦わなければいけないんだと教えてもらった」 髙橋藍
「関さんとのコンビは間違いなく進化している」
40もの勝利を積み重ねて掴んだ"レギュラーシーズン優勝"のタイトル。勝利だけでなく、4つの敗戦からも選手、チームは学びを得て、すべてをチャンピオンシップの糧とする。
「シーズン後半、他チームが出来上がってくる中で、しっかりチームとして戦い抜けたことは一つ自信として、チャンピオンシップに繋げていける」
レギュラーシーズン優勝を決めた4月17日の東京グレートベアーズ戦のあと、キャプテンの髙橋藍は言った。チームとしてだけでなく、一選手としても結果を残し続けてきた藍の言葉は自信に満ちている。アウトサイドヒッターとしてほとんどの試合でフル出場し、アタック決定率リーグ2位、サーブ効果率3位、サーブレシーブ成功率4位という数字にも表れているように、攻守に渡りチームを牽引した。
シーズン終盤はよりスパイクの打数も増え、「関田(誠大)選手が託してくれている」と司令塔との信頼関係への手応えをたびたび口にした。
ブロックに跳んだ直後、素早く助走に開く藍の動きを察した関田が絶妙なスピードと距離感のトスを上げ、藍が高速で相手コートに叩き込む。そんな2人の"あうんの呼吸"も随所に見られるようになった。2人は藍が2020年に日本代表に初選出されて以降、代表ではコンビを組んできたが、今季初めて同じ所属チームでシーズンを戦う中で新境地を開いた。まずはその関田との関係性について、レギュラーシーズン終了後、髙橋藍に聞いた。
ー セッターの関田選手とは日本代表で長年ともに戦っていましたが、今季同じサンバーズでプレーして感じるコンビの進化は?
間違いなくそこは上がっていると思います。代表で一緒にやっていましたけど、代表は期間が短い中でガッと合わせるという感じ。でも一緒に(所属チームで)シーズンを送っていると、余裕が出てきたり、試合の中で生まれてくるプレーというものがある。やっぱり関さん(関田)の場合、僕の入り方やスピードに、感覚で合わせてくれるのが本当にすごくて。ラリー中に素早く短めのトスを打ったりもしますけど、そういった瞬時に作る攻撃に関しても、すごく成長したコンビネーションになったんじゃないかなと、めちゃくちゃ感じています。
ー おっしゃるように、ライト側でブロックに跳んでからすぐに開いて、(レフトの)短めの位置から素早いコンビで相手ブロックを置き去りにするという場面がシーズン後半何度も見られました。あの距離感とスピード感、まさにあうんの呼吸でしょうか。
あれはもう感覚でしかなくて。僕は「この辺かな」と入って、関さんも「この辺かな」という感じで上げているだけ。特に練習もしていないですし。あまり練習ではそういうシチュエーションはないので。でも試合で瞬時に関さんが合わせてくれる。本当に天才だと思います。
ー そういう場面では、スパイカーはトスを見てから入っていたら間に合わないですよね?
そうです。もう信じて入るしかない。お互いの信頼だと思います。関さんも、「この辺に上げておけば藍はなんとかしてくれる」と、たぶんそういうものは作り上げられていると思うし、自分自身は託されたトスはなんとかしなきゃいけないなというのがある。お互いを信用しながら入って、最終的な微調整というのは個人的な力でやっているという感じですね。
ー セッターの関田選手には「これだけのスパイカー陣が揃っているからには自分が活かさなければ」というプレッシャーがあるかもしれませんが、スパイカーの側も、世界トップレベルのセッターのトスだから決めなければ、というような緊張感もありますか?
「関さんが上げるから決めないと」というよりも、決まる(笑)。「決めないと」より「決めやすい」が勝ちますね。決めやすい状況を作ってくれるので、決められないと、申し訳ないというか、自分が力不足だなと思います。やっぱりブロッカーを割ってくれたり、1枚や1.5枚、時にはノーマークにしてくれる場合もあるので、それだけの状況を作ってくれたからには、自分はしっかり決めないと。決まらなかった時に、関さんは「ごめん。俺のトスが悪いわ」って言ってくれるんですけど、僕からしたらそれは全然違う。1枚にしてもらうのはスパイカーからすればベストな状況なので、それを決め切ることが大事だなと思っています。
ー 関田選手らしいな、と感じるのはどんな時ですか。
「そこから上げてくるの?」みたいな状況が多いんです、関さんの場合。「ここは来ないかな」という時に来るのが、関さんのすごいところ。だからスパイカーも騙されるんですよね。パイプも、「あ、これちょっと厳しいかも」って時ほど!(笑)、上げてくるし、サイドでも「これ無理かもな」と思う瞬間ほど自分に託してくれる。だからコケていたりしても僕に上げてくる。それぐらい強気で"あえて"そこに上げるというセッターなので、驚くシチュエーションはかなり多いですね。
たまにパイプとか、「来ないかも」と思ってサボっていると、来たりするので、そういう時はラインを踏んでしまったり、合わなかったりすることも(苦笑)。今は慣れましたけどね。昨年は代表で一緒にやっていなかったので、今季サンバーズで久しぶりにやった時に、「あ、これが関さんだ」と思い出しました(笑)。
サンバーズで得たものと、退団の理由
4月24日、今季をもって退団する4名の選手が発表された。デアルマス アライン、小川智大、藤中颯志、そして髙橋藍。
髙橋藍は、日本体育大学2年だった2021-22シーズンからイタリア・セリエAに渡り、パドヴァで2シーズン、モンツァで1シーズン、計3シーズンプレーしたのち、SVリーグがスタートした24-25シーズンにサンバーズに加入した。この2シーズンを過ごしたサンバーズで得たものは何だったのか。そして、退団を決意した理由についても聞いた
ー サンバーズで過ごしたこの2シーズンは、藍選手のキャリアにとってどんな2年でしたか?
まず、ディマ(ドミトリー・ムセルスキー)と一緒にやれたことは、間違いなく僕のバレーボール人生の中で大きなことでした。ディマの人間性も、バレーIQの高さも、試合中のプレースタイルも、すべて尊敬できる。「勝った人、勝つ人ってこういうメンタリティなんだな」とか、「これだけ余裕があるんだな」といったことをすごく感じられました。ディマと一緒に経験して、1年目だった昨季まず優勝できたというのは、やっぱり僕の中で大きかったです。そういう思いが出てきました。
ー ディマ選手から感じた「勝つ人ってこうなんだ」というのはどういうものですか。
まずは自分のパフォーマンスの上げ方を知っている。ここぞという時に力を出せるのがディマなので、そこがまずは違うなと。どうすれば自分の気分が上がってきたり、集中力が上がるのかを、自分自身が一番わかっている。それがディマの経験値かなと。もちろんバレーのスキルがあるとか、身長が高いということもありますけど、一番すごいのはそこで、メンタルのコントロールがうまいんだと思います。
だから試合中にカッとなって怒ることもない。自分をコントロールできるのが自分だけだということをわかっている。そしてもちろん周りも見えている。だからやっぱりチャンピオンシップになるとすごくチームに声を掛けますし、常に「みんなで」ということを口にします。バレーボール、チームスポーツに大事なことというのを、ディマはわかっている。「やっぱりそこなんだな」とすごく思いましたね。個人個人で頑張っても勝てない。最後はチームで取りにいかないと、常にみんなで戦っていかないといけないのが、チャンピオンシップなので、そこはすごく学びになりました。
ーそれを学んだことによってご自身に変化はありましたか。
すごく気持ちが楽になりました。僕も(昨季の)ファイナルとなると「自分がやらないと」となっていたところもあって......もちろんその気持ちは大事なんですけど、やっぱり仲間がいる、仲間と一緒に戦っているということは一番心強いものなんだなと、ディマが教えてくれた。しんどいシチュエーションや、負けた試合もありましたけど、でも負ける時も、みんなで戦って負けることが大事だし、みんなで戦って勝つことが大事。それがチームスポーツであって、次に繋がっていく。そういうマインドでやっていかなきゃいけないなと思いました。
ー 先日、今季限りでの退団が発表されましたが、その決断について聞かせてもらえますか。
そうですね、もともと最初僕は、日本に帰ってくるつもりはなくて(苦笑)。(大学2年で)イタリアに行って、とりあえずそのままずっと海外でやろうかなと、日本でプレーするのはまだ先かなと、そういうざっくりとしたイメージがありました。自分の中で、常に高いレベルの選手と、高いレベルでプレーすることが大事だとか、若いうちにいろいろな経験をしないといけないと思っていて、だからこそ海外に出たので。
でも(昨季は)Vリーグから大同生命SVリーグに変わる区切りの年でもありましたし、イタリアで3シーズンやってちょっとわかってきたタイミングで、まだ知らない日本のリーグで、ましてやムセルスキーのような選手がいるチームでやることは、自分の成長につながるんじゃないか、いろんなことを学べるんじゃないかと感じました。(23-24シーズン中に負った足首の)怪我をしていたということもあったので、コンディション面を整える上でも、日本でプレーするのがいいんじゃないかと。それに自分自身、子供達に夢を与えていきたいという思いもあったので、そういういろいろなことを考えて、サンバーズに来ることを選びました。
最初は1シーズンだけのつもりだったんですけど、やっていく中でこのサンバーズというチームの素晴らしさがわかりましたし、このチームでもう1年勝ちたいなという気持ちもあったので、2シーズンやることにしました。でもその次、来シーズンどうするんだと考えた時に、僕は今の歳(24歳)だからこそ、同じところでやり続けるのではなく、また違った新しい経験をしたり、いろんな選手とプレーしたいと思った。僕は世界で、世界の選手たちと戦っていきたいという思いが非常に強いので、また違う環境でやりたいなと思って、こういう決断をしました。
ー この2シーズン、日本でやれてよかったと感じたところは。
僕をきっかけにバレーボールを観るようになった方々もたくさんいると思うので、そこはよかったのかなと。Vリーグは観客数が少なかったという話を耳にしていて、自分自身、見方を変えたいなという気持ちはすごくあったので。新しいファンの方々もですし、子供達の姿も会場で見ることが多くなった。そういう子供達に、SVリーグの面白さやレベルの高さというのを少しは伝えられたかなと思うので、そこはいい役割を果たせたのかなと思いますし、自分にとってもいい経験になりました。SVリーグというリーグを知れたことは間違いなく次に繋がると思いますし、今季のチャンピオンシップはまだこれからですけど、昨季優勝できたという経験も、自分にとっては一つまた大きなものになっていくんじゃないかなと思っています。
ー 兄の塁選手と一緒に戦った2シーズンでもありましたが、改めてこの2年間、塁選手は藍選手にとってどんな存在でしたか。
塁がいたから来た、というのも一つの大きな理由でしたし、最初、塁がいろいろと教えてくれたから、チームに溶け込みやすかった。アウェイゲームでホテルに泊まる時は隣だったり、一緒にいる時間が長くて、間違いなくこの2年は塁と話すことが多かったので、いろんな話をしました。
塁は塁で、サントリーの社員で、やっていきたいことが明確にありますし、(プロ選手の)僕と行く道は違いますけど、とりあえずこの2年、塁と一緒にできたことはすごく楽しかったです。来季は離れることにはなりますけど、でもお互いにやっていきたいこと、子供達に夢を与えたいとか、いろいろな人を救いたいとか、そういうところは気持ちが一致している。離れてもそこは常に繋がっている部分だと思うので、お互いに大きくなっていけたらなと思います。
ー 昨季のチャンピオンシップ優勝の瞬間は、塁選手が真っ先に藍選手に駆け寄って抱き合っていましたね。
塁が来ていたのはわかっていましたけど、あの時は興奮していたので、お互いに何を言っているかわからなかった(笑)。たぶん「お疲れ!」とか「やったー!」みたいな感じだったと思うんですけど。自分は最初ホッとした気持ちがありました。イタリアから帰ってきて、(サンバーズが)勝って当然だろうみたいな雰囲気をすごく感じていたので。自分自身、結果を出さないといけない、海外から帰ってきて注目される中で優勝することに意味があると思っていたので、ちょっとプレッシャーもありましたし、気を張っていた部分もあった。(優勝の瞬間)そこから一気に解放されて、ホッとして、膝をついたという感じでした。塁もたぶんそういう気持ちがわかっていたから、安心したというか、一緒に喜んでくれたというのがあったと思います。
ー 他の退団選手や引退選手も発表されていますが、このメンバーで戦う最後のセミファイナル、ファイナルにはどんな思いで臨みますか。
このメンバーでやれるのが本当に最後なので、僕は間違いなくこのメンバーで優勝したいですし、やっぱりディマが引退するというところで、自分はディマに最後いい思い出で、バレーボール人生を締めくくって欲しい。自分自身、そこに貢献したいという思いもあります。たぶんディマは、そんなん気にすんなって言うとは思うんですけど(笑)。やっぱりディマから学んだことも多いですし、ディマにお世話になっているので、チーム全員が思っていることだと思います。本当にこのチームで最後、勝ち切るということを成し遂げたいなと思っています。
このインタビューのあと、5月9、10日に行われたウルフドッグス名古屋とのセミファイナルは、初戦にセットカウント3-0で勝利。しかし第2戦は、サーブが走り、ブロックディフェンスで仕掛けてきたWD名古屋に苦しめられ、第1セットを奪われる。第2セットも一時は3点差をつけられたが、イゴール・クリュカやムセルスキーのスパイク、小野寺太志のブロックなどで追いつき、デュースに。このセットを取るか取られるかが、ファイナル進出に大きく関わることは誰の目にも明らかだった。
ここでサンバーズの選手たちのギアが上がる。毎年、優勝がかかる場面で見せてきた勝者のメンタリティ。リベロ小川智大の好守備をムセルスキーが得点に繋げ30-29とセットポイントを握ると、一気にたたみかけた。髙橋藍が1枚ブロックで、WD名古屋のオポジット・宮浦健人の強烈なスパイクの勢いを殺し、ムセルスキーがワンハンドで繋ぐと、小野寺が丁寧にレフトにトスを託す。十分な助走は取れなかったが、藍は2枚ブロックを渾身の力で弾き飛ばし、31-29。右拳を力強く握り、髪を振り乱して雄叫びをあげるキャプテンに呼応し、観客も絶叫した。
「あそこでしっかり決め切るのが自分の役割だと思っていました」
実はこの日、スパイクでは厳しいマークにあい苦しんでいた。特にS1と呼ばれるセッターがサーブを打ったあとのローテーション、藍がライト、ムセルスキーがレフトから打つことになるローテは、藍のライトスパイクの決定力が高いゆえに、相手は徹底的にマーク。ブロックに捕まる場面もあった。しかしセッターの関田はそれでも上げ続けた。
「S1では、藍のライトが、僕の中では強みというか、武器として捉えていますし、そこを決めてくれると、藍がサーブでも乗ってくると思うので、そういう意図も込めてトスを集めました」と関田は明かした。
第3セットを奪い王手をかけて臨んだ第4セットも接戦となるが、22-23の場面で、関田はライトの藍に託し、この日初めてライトからのスパイクを決めて勢いづく。筋書き通りと言うべきか、そのままサーブに下がった藍の好サーブから連続ブレイクし、25-23と一気に試合を決めた。
「ホッとした、というのが一番でした」と、藍は2年連続のファイナル進出を決めた瞬間を振り返る。だが安心感に浸ったのは一瞬で、頭の中はすぐに切り替わった。
「ここがすべてではないので。ここを通過した中で、次ファイナルにどういった気持ち、どういったコンディションで臨んでいかないといけないのかという考えになりました」
ついに、ファイナルがサンバーズでのラストステージとなる。
「自分自身はすごくこのチームに感謝しているので、やっぱり優勝して、みんなで笑って終わりたい。チームにも、ファンの皆さんにも、家族にも、それが恩返しになると思っているので」
サンバーズの顔として躍動し続けた2シーズンの集大成と、感謝の思いをすべてぶつける。
(取材・文 米虫紀子)