2025.12.22
その他 植物科学 ストーリー1991年|ペチュニアから青色遺伝子取得、特許出願
青い花を咲かせる植物は自然界にたくさんありますが、まず研究チームが青色遺伝子を取る対象として選んだのは、濃い紫色のペチュニアでした。
本記事は2014年に弊社コーポレートサイトにて掲載された内容を、再編集したものです。記載の役職・部署名・写真などは、原則として掲載当時(2014年)の情報です。現在とは異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。
青いバラを実現するために、研究チームは濃い紫色のペチュニアに着目し、青色遺伝子の特定に向けた研究に取り組み始めました。花が咲くまでの時間を短縮するため、植物ではなく酵母に候補となる遺伝子を入れて活性を調べるという手法を取り入れ、研究は一気に加速。その結果、1991年、ついに青色遺伝子の取得に成功し、ライバルチームに先んじて特許を出願することができました。本記事では、この遺伝子取得に至るまでの地道な研究の歩みを紹介しています。
酵母を活用し、研究スピードを劇的に加速させる

濃い紫色のペチュニアを選んだわけは、以前からペチュニアはアントシアニンなどの花色研究のモデル植物だったため、すでに次のような知見が集積していたからです。
- 青色遺伝子はチトクロームP450型水酸化酵素(肝臓で解毒を担っている酵素の仲間)遺伝子であること
- この遺伝子は花びらでは働いているが、葉では働いていないこと
- 青色色素を作らない赤いペチュニアには青色遺伝子がないこと
- 花弁が開く時に青色遺伝子が強く働くこと
- 染色体上の遺伝子座がわかっていたこと
これらをヒントに、ペチュニアが持つ2つの青色遺伝子の候補を3万種の遺伝子の中から300種ほどまでに絞り込みました。最初はペチュニアに候補の遺伝子を戻して花の色が変わるかテストし、青色遺伝子か否かを判断する計画でした。ところが、それでは花が咲いて色がわかるまでに数か月かかってしまいます。そこで、結果が出るまでの時間を短縮するため、植物ではなく酵母に候補の遺伝子を入れて活性をテストすることに。おかげで、一週間で答えが出るようになり、たくさんの遺伝子の活性を調べることが可能になりました。
青色遺伝子の取得に成功、特許出願へ

そして、1991年6月13日、ついに青色遺伝子の取得に成功します。
サントリーは、すぐにこの遺伝子の特許を出願。どのライバルチームよりも早く申請して特許を独占できたことが、この研究に単独で取り組む決め手となりました。このような活性を持つ遺伝子の特許申請はこれが初めてだったため、非常に広い範囲の特許が成立したのも幸運でした。実際に、この遺伝子をペチュニアやタバコに入れる実験をしたところ、青色色素の「デルフィニジン」の量が増えることが立証されました。これらの成果を記した論文は世界最高峰の科学雑誌「Nature」にも掲載されています。
青色遺伝子発見は、研究人生最大の喜びの瞬間だった(田中良和上席研究員)
グッドニュースを日本に届けたFAXの丸印
青いバラを生みだすカギとなる青色遺伝子を探す研究は、非常に単調な作業です。取りだした遺伝子を酵母に入れて育てては、青色色素の元になる化合物が作られているかX線フィルムに感光させて調べる──そんな地道な作業をひたすら繰り返すのです。
そんなある日、これまでとは明らかに違う活性を示すスポットがX線フィルムに現れました。ついに青色遺伝子の取得に成功したのです。
この時の喜びはとても言葉では言いあらわせません。すぐに日本へ大きな丸印を書いたFAXを送りました。なにも言葉は添えなかったにもかかわらず、日本の研究者たちはすぐに察してくれて「やった!!」と歓声を上げたそうです。
また、オーストラリアの研究仲間も私が「I think I got one」と告げると歓天喜地の大喝采。担当の女性役員も目を真っ赤にして喜んでくれました。その日のランチはフロリジンの社長のおごり。イタリアンレストランでパーティーをして、皆で成功を祝ったものです。
皆が大喜びするなか、私はこれから青色遺伝子をバラやカーネーションに入れていく作業が大変だなあ、と考えていました。青色遺伝子があっても、青い花が咲かなくてはどうしようもありませんから。
酵母を使って時短を図ったのが吉と出た


7月には青色遺伝子の特許を申請しました。後日わかったことですが、競合していた研究チームもほぼ同時期に遺伝子の取得に成功していたようです。ただ、幸運なことに私たちのほうが早く申請していたため、無事に特許権を取得することができました。
私たちは遺伝子の候補を絞り込む実験の際、結果を出す時間を短縮するために酵母を使っていましたが、これが功を奏したのかもしれません。酵母を使わずに植物で実験していたら、もしかすると申請が遅れて、特許権を取り損ねていたかもしれないですね。
植物の遺伝子を酵母で発現させるのには、サントリーの医薬事業で酵母の研究をしていた際に開発された技術を応用しました。このように過去に開発された技術が、後になって全く別の研究で役に立つこともあります。
候補の遺伝子をペチュニアに入れたところ、花びらの色は変わらず、一旦はがっかりしました。しかし、よく見ると花粉の色だけが青くなっていて「あたりや!」と皆で大笑いしたこともいい思い出です。その後、花びらも青くできることを確認しました。バラやカーネーションでも、いずれは青い花を咲かせることができるようになる──そう思えた瞬間でした。