2026年5月11〜13日、サントリー“君は未知数”基金の採択団体と協働事業パートナー、合わせて10団体の代表・事業責任者が、デンマークにおける若者の「居場所」を視察しました。子どもが健全に育つ環境があると評価されるデンマークで数多くの施設や学校を訪問し、その活動や理念・実態について学びました。参加者はそこで何を学んだのでしょうか。
ポイント:
- 「君は未知数」基金の採択団体・パートナー10団体が、若者支援の先進国であるデンマークの若者の居場所を視察。学ぶだけでなく、各団体のリーダー間の関係を強化し、将来日本で「コレクティブインパクト」の拡大につなげることを目指す。
- デンマークでは社会の基盤に「信頼」があり、教育現場でも大人と子どもも対等であると考えられ、対話が重視されている。
- 1日目午前に訪問したヘルシンガー市の公立中等学校「ユーススクール」には困難を抱えた若者も通い、実践型の学習や興味を引き出すプログラムで、自己肯定感を回復させている。
視察目的は「コレクティブインパクト」の最大化
デンマークは毎年、世界幸福度ランキングで3位以内に入り、幸せな国と言われます。さらに国連児童基金(UNICEF)による2025年の子どものウェルビーイング調査では世界43カ国中2位と、子どもが健全に成長できる環境が整っていると評価されています。
そんなデンマークを視察することに決めたのは、先進的な若者支援のやり方から学ぶとともに、取り組みのインパクトを最大限にするためだと、一緒に参加したサントリーホールディングスの一木典子CSR推進部長は説明します。
「デンマークは、学区ごとに思春期世代の居場所が複数整備されている先進地域です。そのあり方は、日本の若者支援にとっても大きなヒントになると思いました。人口の減る日本では子どもの成長を支える大人も少なくなり、思春期世代の居場所が圧倒的に足りていません。教育・福祉・医療の連携も不十分で、若者に必要な支援が十分届きにくいというのが現状です。しかし、デンマークではそれらがシームレスに連携し、若者の尊厳が守られることで知られます。また、民主主義の根付いたデンマークで若者との『対話』がどう重視されているのか、それがメンタルヘルスを守る上でどう役立っているのかを見るのは重要な学びになると思いました」
さらにこの視察は“君は未知数”が目指す「コレクティブインパクト」の拡大のためには不可欠だと語ります。
「“君は未知数”の大きな目標のひとつは、若者の成長を支えるユースセンターを全国の社会インフラとすることです。そのために必要となるのは、ユースセンターの意義を広く発信し、若者の居場所を作りたい人を全国に増やし、行政の支援や利用者を増やすことです。各地で若者の居場所を作るリーダー同士の横の連携が重要になります。
そこで今回の視察は、支援団体同士の関係強化ということも大きな目的としています。日常の多忙な業務から離れ、共通の体験を通じて『同じ言語』を持つことで、協働できる関係が築けると考えました。この視察で、信頼関係は深まりましたし、今後はもっと大きなインパクトを出していけると確信しています」
高税金高福祉のデンマーク
それでは「幸せの国」と言われるデンマークは、一体どのようなところなのでしょうか。面積は九州地方と同程度の4万3000平方キロメートルの半島と島から成る海洋国で、人口は600万人程度と小さな国です(自治領のグリーンランドとフェロー諸島を除く)。
一人当たりのGDPは世界10位前後となる約7万4000ドルと豊かです(国際通貨基金(IMF)データ、日本は約3万7000ドル)。税金は消費税が25%などと高く、収入の半分を納める代わりに、医療や教育は無料と手厚い社会保障が受けられます。
子どもの福祉も手厚く、保護者が学費を一部払う私立の学校も存在するものの、学費は大学まで無料です。家庭の経済的状況にかかわらずに教育を受けられるよう、高等教育在学中には政府から教育給付金が支給され、学業に専念できます。さらに18歳以下の子どもの声を政策に反映させ、ウェルビーイングを向上させるため、国連子どもの権利条約に定められる権利の遵守状況をモニタリングし、政府に提言をする「デンマーク国家子ども評議会」も設置されています。
ちなみに、デンマークは、1960年代にサントリー二代目社長の佐治敬三がビール事業再参入を目指し、その製造・販売ノウハウを社員と学びに行った地でもあります。デンマークから招いた技術者の指導の下、東京・府中にビール工場を開設し、1963年に「サントリービール」を発売。寡占だった市場への参入に当初苦戦したものの、デンマーク流の製法からヒントを得て開発した「純生」ビールが人気を集め、ビール事業への大きな挑戦を始めるきっかけとなりました。
画一的でないデンマークの公教育
デンマークでは子どもの健全な成長を多角的に支援するため、一人ひとりの特性や希望する進路によって、公教育も複数のコースから選べるようになっています。日本の小中学校に相当する義務教育の「国民学校(フォルケスコーレ)」を終えたあとは進路も分かれ、「10年生」として、次のレベルに進学する前にもう1年間過ごすことも可能です。
その後の後期高等教育に90%以上が進学しますが、大学進学を目指す3年制の高校以外にも、より実務的な高等教育を目指すための2年制の学校や、職業訓練学校もあります。
高等教育も卒業後の進路に応じて複数の種類の学校があります。より理論重視でアカデミックな研究をする大学以外にも、教員、ソーシャルワーカー、ITスペシャリストなどになるための実務的な高等教育を受ける大学カレッジ、2年制のビジネスアカデミーもあります。さらに、高等教育進学前に約90%の若者が1年程度のギャップイヤーを取り、海外生活や就労などを経験して自分の進路を考えられる自由さがあります。
「信頼」「民主主義」を重視する教育現場
そんなデンマークの教育の根底には、若者に対する「信頼」があると、事前のオリエンテーションで説明がありました。
「デンマークという国の基盤には『信頼』があります。教育においても、大人と子どもという上下関係ではなく、教員は生徒と対等な信頼関係をまず築こうとします。だからこそ子どもに考えさせ、対話を重視するのです。生徒たちも信頼され、任せてもらっているとわかるからこそ、自分が共同体に還元できると信じられるようになります。そして自分にあった社会貢献のやり方が何なのか、教育の過程で試行錯誤して理解できるようになっているのです」
対話重視は、民主主義の実現のためでもあるといいます。
「デンマークでは、学校教育関連法で教育目的に『民主主義国家を支える市民の育成』、学校は民主主義的に運営されるべきということが明記されています。つまり、学校は民主主義を学ぶ場でもあるのです。20世紀初めに『デンマーク式デモクラシー』を提唱した神学者ハルコックは、『民主主義には互いを尊重して聞く姿勢を持ち、責任を引き受ける成熟した市民が不可欠で、そのために教育が重要である。多数決は最後の手段であり、対話を通じて問題を解決するべきだ』と説きました。民主主義は対話を重んじる生活様式であって、それを次世代に受け継ぐのが教育の目的なのです」
あらゆる若者に用意された「居場所」の訪問
そんなデンマークの教育・若者支援について学ぶため、首都コペンハーゲンと、そこから北方に100kmほどのヘルシンガー市で、さまざまなユース向けの施設、学校を視察しました。
1日目はヘルシンガーで、前述の「10年生」を含め、国民学校で困難のあった13〜18歳も通う公立校「ユーススクール」、民主主義を学ぶためのデンマーク独特の「フォルケホイスコーレ」を視察。さらに地域の人が集まって一緒に食事をする、市民による「コミュニティダイニング」に参加しました。
2日目は、13〜25歳の若者のウェルビーイングのためにカウンセリングを提供する非営利団体「ヘッドスペース」、地域の子どもが思いきり自由に遊べる公園「マルチパーク」と、隣接する放課後クラブ「ヴィラ・フェム」を視察。
3日目は、修学も就職もしていない16〜25歳が次の進路に進めるよう準備をする準備基礎課程(FGU)の一校である、コペンハーゲンの「FGUブロンビュ」を訪問しました。
組織の形態や対象、活動こそ違うものの、若者一人ひとりの声を聞き、それぞれが興味のあることに取り組むことで、可能性を伸ばせるような支援がなされていました。
若者を信じ、興味に応じた能力を引き出す「ユーススクール」
1日目にまず訪問したのは、国民学校で困難を抱えていた若者も通う、13〜18歳対象の公立校「ヘルシンガー・ユーススクール(Ungdomskole)」です。発達障がいや学習障がい、家庭環境の問題を抱えていたり、学校教育から数年間離れていたりと、さまざまな理由で学業や社会面の課題を抱えた生徒が集まるコースもあります。市が運営するので学費はかからず、誰もが通えます。
ヘレ・ヨセフセン校長によると、学校の目的は、若者が充実した有意義な人生を送れるよう支援することです。そのために重視するのは、興味のあることを得意にすること、民主主義の担い手となること、共同体の一部となることの3点です。
困難を抱えた7〜9年生対象の「Xコース」責任者であるナジャ・ラー先生は、学業が苦手でも能力を伸ばせるよう、実践から学べるようにしていると話します。
「机でパソコンや本に向かう状態から離れ、授業をワークショップ形式にしたり、実際に触れたりして、物事を実感できるようにしています。外に出て、校外での授業や、他の欧州の国の学校との交流もしますが、それは世界を感じ、その中に身を置けるようにするためです。
それぞれのニーズにあった支援をするのですが、初めは『一人で良いから友達が欲しい』と話す若者が多いです。それより多くの友達を作れるよう、大小さまざまなクラスとアクティビティを通じて、サポートしていきます」
自己肯定感を回復させ、その才能を引き出すための工夫もあちこちでなされていました。
「ここに来る若者は、それまで学校などでネガティブな経験をしてきているので、ここでは温かく受け入れて居心地良く過ごせるよう、登校初日には生徒の名前をアスファルトに書いて歓迎します。ネガティブな行動や発言をする若者もいますが、それは彼らが生き延びるための戦略だったのだと捉え、アプローチを変えられるように働きかけていきます。ここに集まった教員も、そういった若者を支援したいという熱意と専門性のある人たちばかりです。
学習については、現在のレベルからどれだけ引き上げられるかを重視します。たとえば、数学が苦手という若者の多くは何か悪い経験から恐怖心を抱いていることが多いのですが、言葉遣いなどに気をつけ、本来の好奇心を引き出せれば、一気に学力が伸びることもあります。
そうして成長した若者は、最終日には卒業生として赤いカーペットの上を歩き、巣立っていきます。私たちは全員にそれぞれに首から赤いハートをかけ、その先の道を応援して送り出すのです」
放課後プログラムも充実しており、K-POPやeスポーツ、日本語クラスからダンスまでの多様なクラブ活動や、アルバイトを見つけるための支援、夕方・週末などのイベント、他のEUの国の若者との交流プログラムがあります。
「社会性に課題のあった若者も支援を受けながら興味のある活動に参加することで、居場所を見出していきます」と、放課後クラスの責任者であるサンドラ・シーリンガー先生は話します。さらに若者が自分たちのイニシアティブで始める活動もあります。
「特に『JA(はい)』というプログラムは、15〜25歳の若者が自分たちのアイデアで始める活動で、私たちは『ノー』とは言えません。過去には、このプログラムから、地元のライブハウスでフェスティバルが開催されたのですが、私たちはその提案を実現できるよう、費用や人手がどれくらい必要なのか、具体的な計画策定、資金調達などを支援しました。このプログラムの中では、より知識のある年長者が年下に教えるなど、若者が交流し合い、よく学び合っていますね」
生徒の可能性を引き出し、自己肯定感を上げる学校
視察に参加したLearning for Allの細田詠平さんは、生徒の自主性に任せるやり方が非常に印象的だったと話します。
「生徒の自主性を最大限重視するJAプログラムが非常に印象的でした。子どもを大人の都合やルールに合わせるのではなく、彼らがやりたいことを実行し、そこから学ばせるというアプローチは素晴らしいと思いました。私は元教員ですが、学校では今ある枠組みやルールを超えて生徒の希望を実現することは難しく、歯がゆい思いを多くしてきました。ここでは、その課題に対する一つの答えを得られたように思います。公立校として誰もが無料で通える仕組みというのが非常に重要だと思いました」
侍学園スクオーラ・今人の長岡秀貴さんは、このユーススクールが体現するような「公的に若者が愛されるという土壌」に感心したと語ります。
「うちの学校では、生徒たちに働く上で、『人に必要とされること』『人に頼られること』『人の役に立つこと』『愛されること』が大事だと教えています。そのうち愛されるというのが一番難しく、人間が常に求めていることだと思います。でも、デンマークでは、それが公的に実践されています。デンマークの幸福度が高いのは、公的に愛されるというスキルがあってこそではないかと思いました」
miraitoの上田彩果さんは、「運営体制こそ違うものの、実践していることは自分たちのやり方と似ていると思った」と話します。
「ここでの教育は、私たちが特別支援学校と共同で実践していることとよく似ています。違うのは、日本では市民による活動なのに対し、デンマークでは行政主導で公共サービスとして手厚くやれているということです。ユースにも、それを仕事にする大人にも、持続可能性の高いセーフティネットになっているのが羨ましいです。ただ、日本では市民活動として取り組んでいるからこそ、そこで完結せずに地域と連携し、地域の活性化につなげられる可能性もあると思います」
次の記事では、民主主義を学ぶ学校「フォルクスホイスコーレ」、若者の悩みを傾聴する非営利組織「ヘッドスペース」、子どもが自由に遊びながら可能性を伸ばせる公園「マルチパーク」と放課後クラブ「ヴィラ・フェム」がどんなところか、参加者はそこから何を学んだのかをお伝えします。