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2025年12月

世界に誇る日本の画工 葛飾北斎のものづくり

世界に誇る日本の画工 葛飾北斎のものづくり世界に誇る日本の画工 葛飾北斎のものづくり

SPECIALIST

世界に誇る日本の画工
葛飾北斎のものづくり

北斎館 館長
安村敏信

自らを「画狂人」と称し、生涯で約3万点もの作品を残しただけでなく、ヨーロッパの芸術家たちにも多大な影響を与えた、葛飾北斎。
北斎の創作には、日本のものづくりの根底に流れる、職人の意地と誇り、飽くなき向上心があるという。
長野県小布施町の北斎館を訪ね、安村敏信館長に話をきいた。

水に生命を吹き込んだ「男浪」「女浪」の天井絵

北斎館 祭屋台天井絵。貴重な作品を多くの人に見てもらいたいと、この展示室のみ、年中無休で公開されている(12月31日のみ休館)

――葛飾北斎の作品は、時代も国境も越えて多くの人に愛されています。北斎は、どんな人物だったのですか。

安村ひと言で言うと、日本には珍しい個性的な絵描きですよね。構図とか色彩とか、いろいろな技法に凝るし、他の絵描きにはちょっとできないような表現もするし、何をやりだすかわからないおもしろさもある。僕が一番惹かれるのは、北斎のしつこさですね。

――しつこさ、ですか。

安村そう。北斎は目の前を通るいろいろな事象に興味を持って、それを追っかけるんです。とことんのめりこんで突き詰めるんだけど、やがて他のものに目が移って、そっちに突き進んでいく。90年の生涯で30回以上改名し、93回転居しているのも、北斎の性(さが)から来るものだと思います。

――かなりの奇人ですね。小布施とは、どんなゆかりがあるのですか?

安村80代の頃、小布施の名士である髙井鴻山(こうざん)の依頼で小布施に逗留し、いくつかの作品を残しています。その代表格が、当館にある上町と東町の祭屋台の天井絵です。北斎は小布施でしか祭屋台の天井絵を描いていません。小布施が世界に誇る遺産を大切に保存、公開するため、1976年に当館が開館しました。

――上町の祭屋台天井絵「男浪図」「女浪図」は迫力満点ですね。

安村北斎は水に命を感じ、30代からいろいろな水の絵を描いてきました。皆さんご存知の、大波の波頭を描いた「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」は70代の作品です。そして、最後の境地に達して描き上げた、いわば水の表現の最終形が「男浪図」「女浪図」なんです。天井絵を下から眺めると、渦巻き状の波に巻き込まれて宇宙空間に突き抜けていくような感覚になります。ああいう波の表現は他にはない。さすが北斎!と思いましたね。

北斎館 祭屋台展示室 「男浪図」、「女浪図」

北斎は芸術家ではなく、まちの職人

版画の制作工程を説明する安村館長

――北斎は生前から、芸術家として高い評価を得ていたのですか。

安村人気の絵師でしたし、画料も高かったようです。でも当時、絵師の扱いは「職工」。つまり職人でした。明治以降、美術という概念が日本に入り、北斎や他の浮世絵師たちは芸術家として扱われるようになりましたが、私は彼らを職人、つまり生活者の視点で捉える方がおもしろいと考えています。実際、北斎は幼い頃から絵を描くかたわら、木版画を彫る練習もしていたので、職人の世界を経験しています。

――木版画の彫り師、摺り師と同じく、下絵を描く絵師も職人だったのですね。日本の浮世絵はヨーロッパで印象派の画家たちに影響を与えますが、どんな背景があったのですか。

安村ヨーロッパでジャポニズムが起きたのは、やはり北斎や浮世絵師たちの技術が極まっていたからだと思います。実は浮世絵師たちは、オランダの銅版画から西洋画の遠近法を取り入れていて、北斎は銅版画の画風を真似した木版画を何枚も作っています。僕は、日本の技術でヨーロッパ風の作品を作ったところに、北斎の意地、職人魂を感じます。ただ、北斎も他の絵師も、遠近法の理論をきちんと学んだわけではないので、透視図の線を引くと消失点がずれていたりする。だからこそ、西洋人にとっては新しく感じられて、「なんでこんな絵になるの?これはすごい表現だ!」ということになったんでしょうね。特に北斎の作品はロダン、ドビュッシー、ラヴェル、ガレなど多くの芸術家に影響を与えました。

西洋の銅版画を模した「くだんうしがふち」は、「創意工夫にあふれた、もっとも北斎らしい作品」と安村館長。左上には欧文の署名と見せかけて「ほくさゐえがく くだんうしがふち」と平仮名で書かれている。
葛飾北斎 くだんうしがふち
出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-636

職人が本気を出すと、おもしろい

――北斎にも通じる、日本のものづくり精神が宿るビールとして、今回、安村館長にマスターズドリームをお届けしました。いかがでしたか?

北斎館 館長 安村敏信

安村おいしかったですね。泡のキメが細かいし、味は濃いけれど苦味がほど良くて飲みやすい。なんだかロンドンのパブで出てきそうな雰囲気もあって、なかなか凝ったビールだな、と思いました。

――ロンドンのビールがお好きなのですか?

安村いえいえ、お酒と名が付くものなら何でも好きです。世界各国、その国の料理に合うおいしいお酒がありますから、料理に合わせて飲んでいます。でもこのビールは、どんな料理にも合いそうですね。料理の味を打ち消すようなしつこさがなくて良い。

――マスターズドリームは、やわらかな苦味、深いコク、ほのかな甘味、心地よい香りが特長ですので、肉や魚など、幅広い料理との相性が良いと好評をいただいています。

安村納得です。僕はこのビールを、フランスパンにキャビアをのせたものと合わせたいですね。それからローストビーフと合わせても絶対おいしいと思う。(缶を見つめて)デザインも凝っていますね。「夢」ですか。

――「心が震えるほどにうまいビールをつくりたい」という日本発“夢”のビールですので、書家の武田双雲さんに書き下ろしていただきました。

安村実際に飲んでみると、こだわりの末に生まれた新しいもの、という印象を受けました。酒好きとしては、よく、ここまでビールを突き詰めたな、と嬉しくなります。

――マスターズドリームは、素材、製法、設備のすべてにおいて生産性や効率よりもおいしさだけを追い求め、「なぜ、そこまでやるのか」というほどのこだわりを貫いて誕生したビールです。安村館長が、北斎に「なぜ、そこまでやるのか」と感じたエピソードはありますか。

葛飾北斎 富士越龍図 / Photography OOIGAWA MOHEY

安村北斎は「100まで生きたら真の画工になれて、神様のような線が引けるようになれるんじゃないか」という内容の言葉を残しています。亡くなる年、90歳で描いた「富士越龍図」(北斎館所蔵)は、完全に神がかった作品ですが、本人は満足できず、もっと突き詰めたいと願っていました。

――最期まで、技の上達を願っていたのですね。

安村上達というより、真実に迫りたかったのではないでしょうか。僕は北斎にとっての真実は、やはり生命感だったと思います。森羅万象のあらゆるものに命が宿っているように描こうと努力していたように見えるんです。

――こうしてお話を伺うと、北斎の、極めてなお上を目指すという姿勢は、日本のものづくり精神に繋がっていることを感じます。

安村北斎が亡くなるまで挑戦を続けたことを思えば、サントリーの醸造家の方たちには、まだまだおいしさの追求にチャレンジしてもらいたいですね。ひとつ言えるのは、ものづくりをする職人が本気を出すとおもしろい、ということ。優れた職人は一般の人がすぐには気づかないところに手間暇をかけて、仕掛けをするでしょう。だからこそ私たちが、そういう仕掛けに気づいたときの感動は一入なんです。

大胆な構図に北斎らしさが光る「凱風快晴」タオルハンカチ

北斎館監修 「凱風快晴」(通称「赤富士」)タオルハンカチ

――12月からは、マスターズドリームの景品として、北斎館所蔵の「冨嶽三十六景 凱風快晴」、通称「赤富士」をモチーフにしたタオルハンカチが登場します。

安村汗を良く吸いそうだし、ポケットにおさまるサイズで使いやすそうですね。何より、富士山の裾野の森のまだらな感じを、よくタオルで表現されたな、と思います。この部分の再現にこだわったところに、タオルを製作された方々の職人魂も感じます。

――「凱風快晴」は、北斎の代表作のひとつですが、数ある北斎作品の中で、この作品が有名になった理由はありますか。

安村北斎は「冨嶽三十六景」で、江戸や日本各地から見える富士山を描いていますが、その大半は遠景の中に富士山を描いています。ところがこの「凱風快晴」(通称・赤富士)と「山下白雨」(通称・黒富士)は、富士山そのものを大きく描いた特異な絵なんです。絵のインパクトが強かったからここまで人気が出たのでしょうね。
しかも、この作品は使われている版木が少ないんです。北斎の時代の木版画はだいたい15~20枚の版木を使っていますが、「凱風快晴」は7枚のみです。背景のうろこ雲と青い空が非常に平面的なので、逆に赤富士の立体感が強調されています。裾野はグラデーションがかかっていて、こちらも立体的に見えますよね。平面と立体的なものの対比という決して単純ではない表現を、たった7枚の版木で指示できるのが、北斎の優れたところです。

――そうした作品づくりの背景がわかると、楽しみ方が深まります。安村館長は今後、北斎館をどんな場所にしていきたいですか?

安村先ほどお話した通り、当館には世界に一つしかない北斎の画業がありますので、それを日本中だけではなく世界中に広めていきたいですね。北斎館の認知を高め、北斎の高い技術を多くの方に見ていただきたい。小布施町とも協力しながら、世界の人々が来てもらえる場所にしたいと考えています。

――ありがとうございました。

北斎館 館長 安村敏信

1953年富山県生まれ
東北大学大学院博士課程前期修了。1979年以降、板橋区立美術館にて江戸文化シリーズと銘打ち、江戸時代美術史のユニークな企画を開催。他館やデパートでの企画も手がける。2005年より2013年3月まで同館館長。同年4月より江戸探偵、萬美術屋として日本美術の普及活動を展開。2017年から北斎館館長。

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