Liqueur & Cocktail

カクテルレシピ

「エンジェル・フェイス」Recipe Angel Face

ビーフィーター
ジン47度
2/4
カルヴァドス ブラー
グランソラージュ
1/4
ルジェ クレーム ド
アプリコット
1/4
シェーク/カクテルグラス
シェークして、カクテルグラスに注ぐ
*1 : 1 : 1の比率で紹介されている場合が多い

慈善事業をしたギャング

人間は遊びながら働く。善事をしながら悪事もしてしまう。悪事をはたらきながら、知らず識らず善事を楽しむ。

池波正太郎は、こんな内容の台詞を火付盗賊改方長官、鬼の平蔵こと長谷川平蔵(鬼平犯科帳/谷中・いろは茶屋)に語らせている。

鬼平の台詞は、100年前のアメリカ禁酒法時代(1920-1933)のアルフォンソ・ガブリエル・カポネの所業にそのまま重なる。ご承知の通り、酒の密輸、密売で大儲けしたギャングのボスである。

カポネにはニューヨークでの駆け出し時代にケンカで負ったナイフの傷跡が頰にあったことから、スカー・フェイス(scar face/傷跡)という別称があった。そんな彼が禁酒法施行と波長を合わせるかのようにシカゴに移る。すると1920年代半ばには影の市長といわれるまでの存在となり、いつの間にか街を牛耳ってしまう。敵対する組織への残虐さは凄まじく、組織間の抗争では市民が巻き添えになることもあった。

その一方で、貧困にあえぐ者や失業者のために食料の無料配給をおこない、抗争に巻き込まれて負傷した一般市民に対しては医療費や生活費を負担し、損害を受けた商店には修繕から品揃えまで、すべて元の状態に復旧させた。他にもさまざまな慈善事業をおこない、大衆には人気が高かったのである。

当然のことながら、善事を楽しんでも、天使の梯子(はしご)が降り注ぐことはなかった。

同じ1920年代、デトロイトにはエンジェル・フェイスと呼ばれながら悪行だけが伝えられている男がいた。

デトロイトにはパープルギャングと呼ばれる組織があった。酒の密輸においてはシカゴのカポネに加担している。デトロイト川を挟んだ対岸のカナダから酒の大量密輸に励み、シカゴへ供給した。

エイブ・カミンスキーはそのパープルギャングの一員だった。敵対者への銃やナイフでの恐喝は数知れない。その彼の別称がエンジェル・フェイスだった。何故、エンジェル・フェイスと呼ばれたかはよくわからない。写真が残っているのだが、エンジェルというほどの愛らしさはないような気がする。

彼のプロフィールを先に知ってしまったために、写真からはどことなく狡猾そうな香りが漂っているように感じられる。童顔が残る、といえなくはない。残忍さの裏返しで、にやけた顔を見せたならエンジェル・フェイスになったのかもしれない。

ギャングのイメージから生まれたのか

さて、「エンジェル・フェイス」というカクテルがある。日本の多くのカクテルブックには、ドライジン、アップルブランデーのカルヴァドス、アプリコットリキュールをすべて同量でシェークするレシピが掲載されている。

レシピは1930年に出版された『The SAVOY Cocktail Book』での掲載が初出のようだ。ただし、この『サボイ』のカクテルブックは、アプリコットリキュールではなくアプリコットブランデーである。

アプリコットのジュースを使って発酵、蒸溜してつくるアプリコットブランデーのアルコール度数は40%以上あった訳で、ジン、カルヴァドスも40%以上だから、極めて高い度数のカクテルということになる。

アプリコットブランデーはいまでもヨーロッパで人気がある。日本ではスピリッツにアプリコットを浸漬するリキュール(EUではアルコール度数15%以上)が主流で、ブランデーのほうはほとんど見かけない。またリキュールのつくりながらブランデーを加えているからアプリコットブランデーと名乗っているものもあり、なかなか説明が面倒である。

カクテルに話を戻そう。誕生説に、ロンドン時代のハリー・マッケルホーン(1923年よりパリ『ハリーズ・ニューヨーク・バー』オーナーバーテンダー)創作説がある。

1919年7月19日、ロンドンで第一次世界大戦(1918 年11月11日終結)の戦勝パレードがおこなわれた際、マッケルホーンがパレードを記念して考案したというものだ。ただし、ネーミング意図が不明である。

他にはマッケルホーン以外の誰かが、アメリカはデトロイトのエンジェル・フェイスこと、カミンスキーに触発されて創作した、との見解もある。主張の強い酒だけでまとめているからかもしれない。

味わいは、りんごと杏(あんず)のフルーティーな甘みが調和し、ジンがその甘みをしっかりと支えている、といった感覚だ。アプリコットブランデーを使った場合、その甘みとは裏腹に高アルコール度数。だからカミンスキーのイメージに触発されたのではないか、と言いたいのだろう。

とはいえ、アメリカ説は捨てがたい。アメリカにはカルヴァドスではなく、アップルジャック(アメリカ東部の地酒/連載第24回に詳細)を使用して、オン・ザ・ロックのスタイルで飲ませるバーテンダーもいるようだ。このことから、よくわからんが、アップルジャックがヨーロッパでカルヴァドスに代わったんじゃないのか、と勘繰ってしまう。

 

では、「ビーフィータージン47度」「カルヴァドス ブラー グランソラージュ」「ルジェ クレーム ド アプリコット」の3品で「エンジェル・フェイス」を味わっていただきたい。すべて同量ではなく、2 : 1 : 1の比率のレシピもあり、こちらのほうが現代的な香味といえ、おすすめする。

ジンの比率を高くすれば、すっきりとした甘み、しなやかさが生まれる。口中でのキレもいい。

それでもわたしのこころはすっきりとしない。アップルジャックを使って、「スカー・フェイス」とネーミングしたほうが、まだ理解できるような気がする。鬼平も、苦笑いくらい浮かべてくれそうだ。

イラスト・題字 大崎吉之
撮影 児玉晴希
カクテル 新橋清(サンルーカル・バー/東京・神楽坂)

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ビーフィータージン47度
ビーフィータージン47度

カルヴァドス ブラー グランソラージュ
カルヴァドス ブラー
グランソラージュ

ルジェ・アプリコット
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