Whisky Smiles Gently ショートストーリー ウイスキーは物語を映す Short Story

第46回
「吉祥」

作・達磨信

 手にしたグラスを真剣な顔で見つめていた津嘉崎さんのお母さんがおもむろに微笑んだ。たしか80代後半のはずだが、目元はすっきりと若々しく、何よりも気品がある。大袈裟ではなく、姿勢も驚愕するほどに美しい。
「あなたのお見立てですか。おめでたい、素敵なロックグラスですね」
 お母さんの言葉に愛の表情は夏のひまわりのように明るく輝き、「ありがとうございます」と頭を下げた。
 今夜、津嘉崎さん親子をもてなしているグラスには唐草文様があしらわれている。アラビア文様なのかどうか錦一にはよくわからないが、愛は「アラベスクのグラス」と呼んでいる。
「これは唐草文様なのかな。縁起物だ」
 津嘉崎さんが応じた。アラベスクのロックグラスにはクラッシュドアイスがぎっしりと詰められ、響が満たされている。氷の粒のせいで文様に気づきにくい。お母さんはグラスを見つめ直してから、ゆったりとじっくりと味わい、しばらくしてこう語った。
「とても美味しい。細かく砕かれた氷に冷やされているのに、華やぎのある響の味わいはしっかりと伝わってきます」
 極めて自然体の飲み方である。本物のウイスキー飲みだな、と錦一は感じ入る。長年ウイスキーを愛飲してきた人だけが醸しだす姿といえた。

 毎年、津嘉崎さんは年明けに奥様、友里さんのご実家へご挨拶にいらっしゃる。以前はその度に友里さんのご両親である越水画伯ご夫妻、そして津嘉崎さんのお嬢さんの杏実さんも錦一の店にお越しいただいて和やかな新年の食事会をされていた。近年は杏実さんがご結婚されたのと同時期に画伯の体調がすぐれなくなり、津嘉崎さんご夫妻の二人きりの新年会になっていた。
 ところが今年は違った。まず杏実さんが一歳半の息子さんを連れてロンドンから一時帰国されていた。ひ孫に会えた喜びからか、画伯はお身体の調子が俄然よくなられたらしい。越水画伯ご夫妻、津嘉崎さんご夫妻に杏実さんとそのベイビーという賑やかな顔ぶれとなり、さらには津嘉崎さんのお母様もはじめてお見えになられたのだった。
 錦一の父である二代目はもちろんのこと、愛も従業員も、皆この顔ぶれにこころが満たされる。二代目は昔を想い出して涙ぐんでしまったほどだ。そしてご一同に、いつもの越水画伯スペシャルと呼んでいる和牛ステーキコースを味わっていただいた。
 なんといっても今夜のスターは杏実さんのお子さん、友章ちゃんだった。随分としっかりとした歩きぶりに驚かされる。
 愛には特殊能力がある。赤ちゃんがすぐさま懐いてしまうのだ。彼女にあやされると、ケタケタと笑いはじめる。単純な一語を発する他は、言葉にならない声で嬉しそうな反応を示してくるから愛は可愛くて仕方ない。今夜は仕事を忘れて友章ちゃんのそばから離れないので錦一は注意しようとしたが、黙って見守ることにした。これは愛へのお年玉なのだ、と想い改めた。

 賑やかな時間が過ぎ、津嘉崎さんとお母さんのお二人だけとなる。他の皆さんは先に越水邸へとお帰りになった。いつもは食後にカウンター席でご主人の津嘉崎さんとウイスキーを飲みながら寛がれる友里さんだが、今夜は高齢のご両親、そして娘とそのベイビーの傍にいらしたほうがよろしいのだろう。
 もちろんそうではあるが、友里さんは気を遣って津嘉崎さん母子だけの時間をつくってあげたような気がする。錦一はそう感じていた。
 カウンター席に落ち着き、すぐに植樹活動の話題となった。
 年末、津嘉崎さんがプロデュースして世界を巡回している戦争報道写真展に関する記事が新聞に掲載された。特別インタビューのなかで、個人的にはミズナラの植樹活動の支援をはじめたこと、さらには森林資源について語られていた。その支援活動に愛が興味を示したのである。
 食事中は越水画伯愛飲のローヤルのオン・ザ・ロックだった。お二人だけになると響のミストに変わった。
 愛が新聞記事を読んで、年明けにお見えになったらミズナラ樽熟成モルトをブレンドした響を飲んでいただこうと決めていたのだ。グラスは植樹活動の話から、自然、草木をイメージさせるものがいいと、繁栄や強い生命力を象徴する葉や茎、つる草文様が施されたものを用意したのだった。
 ミストにしたのは津嘉崎さんが以前いらしたときに気に入っていただいたからだ。細かな氷の粒で唐草文様がわかりづらくなってもいい。でも、きっと気づいていただけるはずだ、との想いがあった。
 津嘉崎さんが戦争写真を通じてのグローバルな活動をしながらも、日本の森林、身近な自然についても目を向けられていることに愛は感嘆している。
「ウイスキー好きだから、樽材にも活用されているミズナラなんですか」
 恐る恐る愛が質問した。錦一も聞いてみたかったことである。
「ええ、もちろんそうです。ウイスキーから植樹へとつながりました」
 森林資源の問題だけでなく、熊の出没をはじめ多くの問題を抱えている現状を憂えてのことでもあるようだ。
「それとね、横にいる母の言葉がきっかけにもなりました」
 戦争報道写真展を企画しはじめた息子にお母さんはこう語ったそうだ。
 戦争の愚かさは伝えつづけなければならない。ただし、人間は同じ過ちを繰り返す。戦いは、また戦いを呼ぶ。悲しいかな、終わりのない仕事であるとの覚悟がいる。世界の大事を動かそうとすれば巨大な力に打ちのめされ、あるいは裏切られて、無力さを痛感することもあるだろう。そんなときに、身近に裏切らない、安らぐことができる何かがあるといい。
「そのときも二人でこうしてウイスキーを飲んでいました。そこからモルトウイスキーの熟成樽やミズナラの話へと発展したんです」
「そんなこと、ありましたかねぇ」
 お母さんは照れたように言う。
「ありました。清澄な空気に満ちた静かな森は、真実を教えてくれる。必死に駆け抜ける人間の一生なんて、一本の木の寿命にはまったくおよばない年月でしかない。行き詰まったら、森に入って大樹の前に立ってみなさい。何も語る術もなく、自分を知ることがあるから、って言いましたよ」
 津嘉崎さんの語りに、錦一は胸が熱くなるのを感じた。若くしてご主人を亡くされ、看護師をしながら一人息子を育て、その息子は世界に名を知られる学者となった。この母にこの子あり、津嘉崎さんにこの母あり、と感服する。
「それは、己の器を知る、己に正直に生きる、ってことですかい」
 二代目も姿勢を正してお母さんへそう質問した。お母さんは二代目に向かって照れたようにほんの少しだけ頷いたように見えた。しかしながらその問いに答えることなく、こう言った。
「美味しい時間をありがとうございます。そして永遠の生命を象徴する吉祥文様のグラスでの響。きっと、よい1年になります」
 お母さんの言葉につづき、再び津嘉崎さんが語った。
 ミズナラが樽になる木に成長するには100年では足りない。200年、300年という膨大な年月がかかる。それを伐採し、丸太を製材した板を天日乾燥させたりして、製樽へとすすんで貯蔵樽に仕上がるまでに数年が費やされる。その樽にモルトウイスキーが詰められて熟成する。何度か使用されるから、50年以上もウイスキー樽として活躍する。森に生まれて育ち、ウイスキーの樽としての役目を終えるまで、いろんな立場の人間が何世代も関わっている。
「反戦活動にしても、世代を超えてつづけなければならない。途方もない時間を費やす、果てしない活動となります」
 言い終わると、津嘉崎さんはアラベスクのグラスをじっと見つめた。

(第46回了)

絵・牛尾篤 写真・児玉晴希

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