バーボンウイスキー・エッセイ アメリカの歌が聴こえる

ウエスタン・サルーン(3)

その間は、1789年の1年間、暫定的にニューヨークが首都となり、次に新都誕生(1800)までの10年の建設期間だけフィラデルフィアが首都となった。

1789年に初代大統領に選出されたジョージ・ワシントン(任期〜1797)は、国内の実状を知るために13州すべての視察にまわった。彼は各地の有力者の家には宿泊しないで、パブリックハウスのみを利用する。当時13州の北のニューハンプシャー州から南のジョージア州まで2,000マイル(約3,200km)。騎乗での過酷な長旅だった。

ワシントンは視察を日記にまとめている。宿に関しても記しており、設備の祖末さを嘆き、国家として改善しなければならない、と実感したらしい。

ペンシルベニア州フィラデルフィアは1750年代にはボストンを抜いて北米最大都市となり、イギリスの全領土においてもロンドンに次ぐ規模であった。そして独立宣言が採択され、リバティ・ベル(自由の鐘)が高らかに鳴り響いた象徴的な地である。

加えてフィラデルフィアには3階建て、20部屋の当時アメリカ最良のパブリックハウス「シティ・タバーン」(1772年創設)があった。ここに13州の代表を一堂に会すことができる。いまでいえば唯一の高級ホテルであった。

10年間だけフィラデルフィアが首都となった理由にはこうした宿泊施設の問題も含まれていた。そのためワシントンD.C.には国会議事堂やホワイトハウスの他に、首都にふさわしいパブリックハウス(ホテル)建設が求められた。

そして1794年、まずニューヨークに全74室の近代的な「シティ・ホテル」が誕生する。当時、ホテルというワードは豪華で大きく立派な建物にしか使われていなかったようで、ヨーロッパにもわずかしか存在していなかったらしい。

有力者たちのビジネス交流の場、事務所開設というようにホテルが活用されるようになり、バーという明確に仕切られた空間が設けられた。居酒屋の機能を中核とした旅籠からの脱皮のはじまりだった。

これによりインフラのひとつとして主要都市に大型ホテルを建設すべきとの機運が高まっていく。近代的ホテルの登場が酒場、パブリックハウスの形態を変化させたのではなかろうか。

 

さてこの時代、バーボンウイスキーが産声を上げる。まずケンタッキーは1792年、バージニア州ケンタッキー郡が独立して15番目のケンタッキー州(14番目はバーモント州/1791)となった。

ニューヨークに「シティ・ホテル」が誕生した翌1795年、バーボン王朝を築くビーム一族の初代当主、ジェイコブ・ビームが樽詰めバーボン「オールド・ジェイク・ビーム」を売り出し、本格的な蒸溜業をはじめる。

1796年にはベイゼル・ヘイデンがバーボン蒸溜を開始した。彼の情熱は現在でもバーボン「オールドグランダッド」に継承されている。

そしてビーム家6代目ブッカー・ノウはこの偉大な先人に敬意を表して、200年後1992年にクラフトバーボン「ベイゼルヘイデン」を誕生させた。ライ麦の配合比率が高く、8年超の熟成による滑らかな舌触りの逸品だ。心地よいライ麦のフレーバーはハーブティーのような感覚が印象的である。

このように現在に継承されるバーボンづくりの第一歩が18世紀末に踏み出され、アメリカの歴史とともに歩み、21世紀のいまも前へとすすみつづけている。

(第53回了/次回へつづく)

for Bourbon Whisky Lovers