バーボンウイスキー・エッセイ アメリカの歌が聴こえる

ウエスタン・サルーン(3)

前回、アメリカ東部のイギリス植民地時代のパブリックハウスについて少しだけ述べた。現在は短縮されて一般的にはパブという酒場だが、大昔は食べて飲むことができ、雑貨屋でもあり、しかも泊まれる旅籠(はたご)、居酒屋旅館のような施設をパブリックハウスと呼んだ。そしてタバーン、イン、オーディナリも似たようなものだと述べた。つまり、明確な区別はない。

その歴史を簡単に説明すると、最も古いとされているのがイン(inn)。ローマ帝国が街道整備とともに生んだ旅行者用施設のことで、飲食、宿泊、牛馬を休ませる厩舎があったとされている。ブリテン島にはローマ人がイングランドを征服した起源1世紀には存在していたらしい。

しばらく後にイギリスではタバーン(tavern)が生まれた。ラテン語のタベルナ(taberna)が語源で小屋とか店舗のことを意味するらしい。派生してフランス古語ではワイン店舗を指したが、taverneと転じて居酒屋となった。そしてイタリアではtavernaであり、スペイン、ポルトガル、ギリシャなどでも小料理屋的な店をタベルナと呼ぶ。イギリスのタバーンはインの性格が強かった。

そしてもうひとつ、オーディナリ(ordinary)。これは普通の、通常の、といった意味だが、英古語では“定食”のことも言ったらしい。またエールハウスという名の施設も古くから存在していたようだ。

こうした施設が発達していくなかでイギリスでは公共の家としての役割が強くなり、13〜14世紀にはパブリックハウスの原型が生まれていたとされる。

イギリス植民地初期のアメリカ東部のとくに南の地域ではオーディナリがよく使われていたようで、定食屋旅館としてタバーンと同様の役割を担っていた。パブリックハウスという呼び方だとあまりにもイギリス的だったので、当初は移民たちが使うのを避けた、と書いた文献もある。

 

では、アメリカの話をしよう。イギリス植民地から13州が1776年に独立を宣言し、1783年パリ条約によって正式に独立国家として国際的承認を得たのだが、まずはアメリカ合衆国首都を早く決める必要があった。

ワシントンD.Cという首都が誕生した理由は、13州の北部と南部の駆け引きや、人口増加と経済発展が見られるニューヨークを首都にしたいアレクサンダー・ハミルトンと一極集中を嫌ったトーマス・ジェファーソンの政策対立などがあり、妥協案として13州南北の中間点にどこの州にも属さない特別区が設けられたのだった。メリーランド州とバージニア州の境を流れるポトマック川の北岸に新都建設がすすめられる。

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