2025.12.22

サステナビリティ 水科学 ストーリー

「ひとしずくの格差」を目に見えるようにする

「ひとしずくの格差」を目に見えるようにする
「ひとしずくの格差」を目に見えるようにする

取水による環境負荷を、原料生産地の気候や水資源の状況、取水地域での環境影響度合いも反映し、ひとしずくの格差を目に見えるようにしました。

本記事は2016年に弊社コーポレートサイトにて掲載された内容を、再編集したものです。記載の役職・部署名・写真などは、原則として掲載当時(2016年)の情報です。現在とは異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。

この記事の要約

世界的に水不足が深刻化するなか、サントリーは「ひとしずくの格差」に着目。製品製造における水の利用が環境に与える影響を客観的に評価するため、ISO規格に対応する新たな指標が必要でした。そこで東京大学などと共同で、水資源の希少性や利用可能性の地域差を考慮して、水の環境影響を評価する手法「water unavailability factor」を開発。本記事では、この手法により水利用の環境影響を可視化し、企業全体のサステナビリティに貢献する研究を紹介しています。

同じ水でも環境負荷の大きい水と小さい水がある理由

日本にいると想像しがたいが、27億もの人々が水不足にさらされている(WWF, 2012)
日本にいると想像しがたいが、27億もの人々が水不足にさらされている(WWF, 2012)

日本は世界と比べると豊かな水資源に恵まれています。世界平均の約2倍の雨が降り、一級河川だけでも約14,000もの川が流れています。「湯水のように使う」などという表現があるほど、水は空気のように“あって当たり前の存在”です。そんな日本にいると想像しがたいかもしれませんが、世界には安全な水へのアクセスがない人が6億人以上もいるとされ、27億もの人々が 1年のうち少なくとも1カ月以上の間、水不足にさらされていると言われています。

水は地球規模で循環する資源ですが、地球上のどの場所にも同じように水がめぐってくるわけではありません。国や地域によって水事情は大きく異なります。例えば乾燥地帯の中には、雨がほとんど降らず、数百万年前に地面の下に封じ込められた水が唯一の水源になっているところもあります。このような水は化石水と呼ばれ、現在の水循環から切り離され涵養機構を持ちません。まさに化石燃料と同じように、使えば枯渇してしまうのです。

こうした化石水と私たちが普段目にするような常に循環している水とでは希少性がまったく異なるため、「ひとしずくの格差」があると言えます。同じ量の水でも、どこのどんな水を使うかによって環境に与える負荷に大きな差が生じることになります。

水利用による環境負荷を測るものさし「ウォーターフットプリント」

水利用による環境負荷を測るものさし「ウォーターフットプリント」
ウォーターフットプリントは、水の利用量ではなく環境影響の指標(ISO 2014)

その水を採取したのが、渇水期なのか豊水期なのか、砂漠なのか熱帯雨林なのか、あるいは化石水なのか河川水なのか、水源の上流で保全活動が行われているのかいないのか……。そうした様々な条件によって、ひとしずくの格差は生まれます。原料や製品を作る際、できるだけ環境負荷の少ない水を使う、あるいは環境負荷を減らす取り組みが持続可能な企業活動に繋がりますが、そのためには水の利用による環境影響を測ることが必要です。

皆さんは、「ウォーターフットプリント」という言葉をご存知でしょうか。これは2014年にISO(国際標準化機構)が定めた国際規格で、製品やサービスを造るための水の利用による環境影響を知るための「ものさし」のようなものです。つまり、資源の採取から製造、使用、輸送、廃棄などの段階を通してどれだけの水を使い、どれだけの負荷を環境に与えているのかを客観的に評価するための指標なのです。

ここで重要なのは、使った水の量ではなく、環境に与える影響を評価しようという考え方です。

工場も農場も水を使う

工場も農場も水を使う
使用する水の量に水の希少性を反映し環境への影響を評価する

例えばサントリーの工場でビールを製造する際、仕込みだけでなく洗浄や殺菌、冷却にも水を使いますので、大瓶1本当たり3〜4ℓの水が必要です。さらにホップや大麦といった原料を生産するための水を試算すると、200ℓという桁違いに多くの水が必要だという結果が出ます。

この情報は非常に重要ですが、あくまで使用する水の量を表した数字ですから、水源の豊かな地域で作っても、砂漠地帯で作っても結果はあまり変わりません。ISOが定義するウォーターフットプリントを測るためには、場所や水源によって異なる水の希少性の違いを反映し、環境への影響を評価しなければなりません。しかし、国際規格では評価の枠組みこそ規定されているものの、具体的な評価方法は定められていませんでした。

採水する時期や場所によって異なる水の希少性を反映し、環境影響を評価する手法が必要

水の希少性を加味して環境への影響を測る新手法を開発

水の希少性を加味して環境への影響を測る新手法を開発
「世界中の地域での水循環を計算し、取水地域での水の希少性と環境影響を評価するためには、全球規模でのコンピュータシミュレーションが必要でした」

私は世界のどこでどんな水がどのくらい循環しているのか、それによってどのくらい希少性の違いが生じるのかを定量化し、企業の水利用を評価する新たな手法が必要だと考えました。そこで東京大学などと共同で研究を行うことで開発した指標が「water unavailability factor(水の非利用可能性を表す係数)」です。この指標は、地球上の陸地を約67,000に分割し、すべてのメッシュでの気候条件や栽培される作物を考慮して計算された水循環の結果が組み込まれています。各地域の水の希少性を反映しているため、水利用の環境影響を客観的に評価することができるのです。地球上の陸地を2014年に公開して以降、省庁や企業などでの評価に活用されています。

時間や場所、水源、保全活動の有無といった条件をすべて反映して水利用の影響を計算できるのは、現時点ではこの手法だけです。企業の水源涵養活動や節水の効果の評価にも有効なので、ゆくゆくはサントリーグループ全体の水のサステナビリティにも活かしたいと考えています。

企業全体のサステナビリティのために

企業全体のサステナビリティのために
「総合的な視点で環境影響を評価し、企業全体のサステナビリティに貢献したいです」

私たち人間が地球の資源を過剰に使う現在の生活を続けると、2030年には地球2つ分の資源が必要になる可能性も指摘されています。そのような状況を回避するには、どうすれば環境負荷を軽減できるか、持続可能性を高められるかといったことを、総合的に考えることが大切です。

例えば海水から淡水を作ることは技術的には可能ですが、エネルギーが必要です。水不足を解消できたり、水利用の環境影響を軽減できるからと言って、どれだけ二酸化炭素を排出してもよい──ということにはなりませんから、総合的な視点が必要なのです。

私が開発した指標も、水利用が環境に与える影響という1つの視点を提供しているにすぎません。他にも温室効果ガスの排出による地球温暖化、水質の悪化による生物多様性の損失といった環境影響や、貧困や教育など社会全体の持続可能性の観点、あるいは経済発展との両立など、考慮すべき視点はたくさんあります。1つの製品を作るために様々な場所で生産された原材料を使いますが、どの場所のどの環境影響が大切で、どのような順序で持続可能性を高めるべきなのかを知るためには、幅広い視野と知識が必要になります。どうすれば企業全体で持続可能な事業を展開できるのかという問いに対する答えは、非常に複雑でなかなか正解が出ないものなのです。

だからと言って何もしないわけにはいきません。全体からすればほんの一部に過ぎませんが、水の利用が及ぼす影響の評価は適切な対応をとるためにとても重要なヒントを与えてくれます。水のサステナビリティ実現のために必要不可欠な研究なのです。

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矢野伸二郎
 
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