2025.12.22
その他 植物科学 ストーリー2004年|ついに開発成功を発表
2004年6月には世界初の青いバラ開発成功の広報発表を行い、会見場で実物をお披露目しました。
本記事は2014年に弊社コーポレートサイトにて掲載された内容を、再編集したものです。記載の役職・部署名・写真などは、原則として掲載当時(2014年)の情報です。現在とは異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。
2004年6月、世界で初めて青いバラの開発に成功したことを発表すると、そのニュースは瞬く間に世界中へと広がりました。しかし、国内でこのバラを生産・販売するためには、カルタヘナ法に基づいて「生態系に影響がないこと」を証明し、国の認可を得る必要がありました。研究員たちは、野生のバラと交雑しないことを確かめるため、荒野での試験をはじめとしたさまざまな実験を、4年もの歳月をかけて行いました。本記事では、異例のかたちで行われた発表会見の様子や、2008年に認可を得るまでの知られざる努力とその舞台裏を紹介しています。
成功発表がもたらした影響

反響はすさまじく、新聞各紙の一面を飾り、海外でも大きく取り上げられました。一般のお客さまの間でも大きな反響を呼び、小学生からお年寄りまでたくさんの温かい声が寄せられました。青いバラ開発ストーリーは理科などの教科書に掲載されたり、国立科学博物館などで展示されたり、多くの教材としても利用されています。開発の科学的な内容に関しては論文発表を行い、日本植物生理学会の論文賞 を2009年にいただきました。
青いバラを国内で生産・販売するための障壁
とはいえ、青いバラをお客様にお届けするには、もう1つのハードルを越えなくてはなりませんでした。サントリーが開発した青いバラは遺伝子組換え技術を用いて開発されたものなので、一般に栽培、あるいは販売するためには、「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物多様性の確保に関する法律」(通称カルタヘナ法)に基づき、農林水産省と環境省から認可を得る必要があります。
そのためにはさまざまな実験を行い、今回開発したバラを国内で生産・販売しても生物多様性に影響しないことを証明しなくてはならないのです。例えば、青いバラの花粉を野生バラなどに受粉させるなどの交雑試験を行い、導入した遺伝子が野生バラに広がる心配がないことを実証するために4年もの時間が費やされました。認可が下りたのは、2008年1月31日のことです。
青いバラ誕生のニュースが全世界を駆け巡った(田中良和上席研究員)
ハラハラし通しだった異例尽くしの記者会見

青いバラ開発成功の広報発表は社長同席の上、実物を飾って六本木ヒルズで行われることになりました。この時点では未認可のため、青いバラを研究室の外にそのままで持ちだすことはできず、飾るのも難しい状態でした。
そこで文部科学省と相談の上、花を密封容器に入れ、会場を臨時の遺伝子組換え実験室に仕立てて、通気口にフィルターを付けるなどして対応。ところが当日、豪雨の影響で新幹線が不通となり、バラが届かないという事態に。
あわや会見中止となるところでしたが、飛行機に乗り換えて会見直前に会場に到着。私自身は初めての体験だったのでこんなものかと思っていましたが、後日聞いたところでは異例尽くしの会見で、広報関係者は寿命が縮まる思いをしたそうです。
思わず言ってしまった「紫です」

研究に携わる人間が記者会見に出るなど、普通はありえないこと。まさか自分が人前で注目を浴びるなど夢にも思っていませんでしたから、不慣れゆえの失敗もありました。
マスコミの方の「青ではなく、紫では?」との質問に、本当ならば「バラの世界ではこれが青なんです」と答えるところを、つい「紫です」と。おかげで、「紫」の文字が太字で強調されたテロップがニュースで流れてしまいました。自分が作ったQ&Aは頭に入っていたのですが、それ以外の模範解答を忘れてしまったのです。
それでも会見の反響はとても大きく、大々的に報道され、海外でも話題になりました。私自身、翌日からは嵐のような取材への対応に大わらわでした。
認可取得のために北海道の荒野まで飛びました(中村典子研究員)
考えうる限りの実験で生態系への影響がないことを証明

ハチの行動をビデオカメラで撮影している

遺伝子組換え植物である青いバラを生産・販売するためには、生態系に影響を及ぼさないということを可能な限り証明し、農林水産省と環境省の認可を受けなくてはなりません。しかも花粉をほとんど作らないカーネーションと違って、バラには稔性のある花粉(交配によって子孫を作る能力のある花粉)がたくさんあること、日本にはバラの野生種が多く自生することなどから、農林水産省からは100%影響がないことを示してほしいといわれ、その審査は非常に厳しいものとなりました。
温室内の実験では、実際にハチを放して青いバラから野生バラにどのくらい花粉が運ばれるかなどを調査。また、実験ほ場の周囲の野生バラの分布を調べて、実際に500m圏内の実を採取して、何千粒もの小さな種を交雑していないか一つひとつ調べるのは本当に大変でした。野外実験の際には周辺住民の方々の協力が必要不可欠でしたが、皆さんとても好意的に応援してくれました。
「クマに注意」の看板の横で行った交雑試験

最も大変だったのが野生バラに青いバラの花粉を受粉させて導入した遺伝子の拡散性を調べる「交雑試験」。最初は代表的な野生バラ3種を調べていたのですが、遺伝子の構成が近ければ交雑しやすいという可能性を考慮し、自生している場所で検証することになりました。
そのバラは東北以北にしか自生しない希少種(オオタカネバラ)で、探すのも一苦労。バラ愛好家の方に北海道のある栽培場を紹介してもらったのですが、そこは「クマに注意」の看板があるような荒野の一角。花に群がるハチが飛び交う中、虫のキライな私も、せっせと青いバラのもとのバラ(宿主)の花粉を野生バラのめしべに付けました。
よほど、その姿が珍しかったのか、傍らでずっとキタキツネが見守ってくれていました(笑)。
大勢の人々に支えられて取得できた認可

販売に必要な認可を受けるためにさまざまな実験をして身に染みたのが、実験ほ場の周辺住民の方々をはじめ、どれだけ多くの人に支えられたかということ。バラ愛好家の方々のネットワークにもずいぶん助けられました。栽培場を紹介していただいただけでなく、希少種の実の形などを図鑑で調べてコピーしてくださったことも。
前例がないので慎重に判断すると農林水産省から伝えられていたのに2007年以降発売予定と広告が出てしまったため、プレッシャーも大きかったですし、山をかき分けての野生バラの分布調査も非常に大変でしたが、決して孤独な闘いではありませんでした。サントリー以外の方々も青いバラプロジェクトを応援してくださっているのが伝わってきて、心強かったです。