2025.12.22

その他 植物科学 ストーリー

1994年|ペチュニアの青色遺伝子を入れたバラが開花、しかし…青くない

1994年|ペチュニアの青色遺伝子を入れたバラが開花、しかし…青くない
1994年|ペチュニアの青色遺伝子を入れたバラが開花、しかし…青くない

植物に遺伝子を入れる方法はいくつかありますが、青いバラプロジェクトでは「アグロバクテリウム」という土壌細菌の力を借りて導入する方法を採用しました。

本記事は2014年に弊社コーポレートサイトにて掲載された内容を、再編集したものです。記載の役職・部署名・写真などは、原則として掲載当時(2014年)の情報です。現在とは異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。

この記事の要約

青色遺伝子の取得に成功したあとも、研究チームはバラへの遺伝子導入と組織培養を何度も繰り返しました。そして1994年、ついに青色遺伝子を組み込んだバラが開花。しかし花の色は赤いままで、青色色素はまったく検出されず、思わぬ壁に直面します。「バラが青色色素を分解しているのではないか」──そんな仮説のもと、気の遠くなるようトライ&エラーの日々が続きました。本記事では、なかなか青くならなかった時期の葛藤と、それでもあきらめずに挑み続けた研究チームの歩みを紹介しています。

地道な組織培養を繰り返す

アグロバクテリウムは自分の遺伝子を植物の細胞に運ぶ能力があることから、多くの植物への遺伝子導入に利用されています。導入後、遺伝子を受け取った細胞だけをうまく選び出してバラの植物体に戻すには、植物ホルモンや栄養分の種類、濃度などを最適化しなくてはなりません。この作業を無菌的な条件で、試験管内の植物を用いて行うのが、いわゆる「組織培養」です。

バラの場合、遺伝子を入れてから花が咲くまでに1年ほどかかります。導入する遺伝子がどの程度機能するかは遺伝子組換えバラ1本ごとに異なりますから、できるだけ多くの遺伝子組換えバラを咲かせなくてはなりません。バラの品種によって遺伝子の入りやすさも大きく異なるので、試行錯誤を重ね、組織培養を続けました。

「青色遺伝子を入れたのに青くならない」謎

ようやく赤いバラに遺伝子が入るようになり、1994年に初めてペチュニアの2種の青色遺伝子を入れたバラが開花。ところが、遺伝子は確かに入っているにもかかわらず、花の色は赤いまま。青色色素は全く検出されなかったのです。

プロモーター(遺伝子の働きを調整する部分)の改変などの工夫を施してもうまくいかなかったので、今度はペチュニアではなく、別の花の青色遺伝子を導入することに。リンドウやチョウマメ、トレニアなど、青い花を咲かせるさまざまな植物から青色遺伝子を取得し、それぞれをバラに入れてみましたが、何度実験を重ねても「青色遺伝子が入っているのに青色色素ができていないバラ」しか咲きませんでした。

バラが青色色素を分解しているのかと疑ったことも…(田中良和上席研究員)

オーストラリアで資金集めに奔走

オーストラリアで資金集めに奔走
田中良和上席研究員

この当時、私はオーストラリアのフロリジン社で資金集めのお手伝いに奔走していました。最初は4年計画だったこのプロジェクトですが、バラに目的の色素ができずに時間はかかるばかり。最初の2年間はサントリーからの資金援助がありましたが、その後はベンチャー企業ならではの資金難が続いて、本当に大変でした。

投資家にしてみたら、半年で全部終わるソフトウェア開発と違い、何年もかかる青いバラプロジェクトには投資しづらかったのでしょう。最終的にはオーストラリアの研究開発優遇税制を利用して、資金を得ることになりました。

サントリーの了解を得ないと進められない話だったので、私がサントリーとフロリジン社の交渉を取り持ちました。

地道なトライアル&エラーの繰り返し

地道なトライアル&エラーの繰り返し
試行錯誤を繰り返す日々

かつて、バラの祖先が不要とみなした青色遺伝子を他の花から取ってきてバラの細胞に入れて組織培養するには、それこそ気の遠くなるほどトライアル&エラーを重ねる必要があります。

遺伝子を細胞に入れるには微生物の力を借りるのですが、どの微生物を選択するのがいいのかも実験しなくてはなりません。また、遺伝子を入れた細胞を植物に入れるにも、茎に入れるべきか、あるいは葉に入れるべきか、実際に試してみなくてはわからないのです。

植物に遺伝子を導入して育てるのは、青色遺伝子を探すよりも、いろいろなことを地道に何度も試さなくてはいけないので、ずっと根気の必要な研究になります。

几帳面さと忍耐が知かせない組織培養

几帳面さと忍耐が知かせない組織培養
さまざまな青い花の遺伝子をバラに入れる

バラに青色遺伝子が入っても青くならない──そんなことが何度も繰り返されたときには、もしかするとバラには青色色素を分解する仕組みでもあるのではないかとさえ疑ったこともあります。あまりまじめに考えると余計にしんどくなってしまうので、「研究開発はうまくいかないことも多いものだ」と考えるようにしていました。

そんな状況でも組織培養の研究者は、黙々とさまざまな青い花の遺伝子をバラの細胞に入れる実験を続けました。やはり、この研究を担当するには、性格的に几帳面で気が長い人でないと無理。組織培養をする人は机の上もきれいです。机の上が乱雑な私は、もちろん青色遺伝子を取るチームです(笑)。

失敗の連続…でも、いずれも次につながる失敗だった(勝元幸久主幹研究員)

熱意をアピールしてプロジェクトメンバーに

熱意をアピールしてプロジェクトメンバーに
勝元幸久主幹研究員

私は大学時代に植物の研究をしており、青いバラの研究に憧れて1991年に入社。最初の頃は研修も兼ねて、遺伝子や酵素の実験などさまざまなことに挑戦させていただきました。しかし、やはり生きた植物そのものに触れていたいという気持ちが強かったので、勤務時間が終わってから組織培養の実験をして結果を出し、当時の上司に直談判。念願かなって青いバラプロジェクトのメンバーに加わることができました。まさに「やってみなはれ」を地で行ったわけです。

青色遺伝子をバラの細胞に入れるのは、手間も暇もかかる地道な作業の連続ですが、そうまでしてやりたかった研究ですから、個人的には全く苦になりませんでした。

尊敬し合っているからこそのチームワーク

尊敬し合っているからこそのチームワーク
チームメンバー

青いバラ開発の道のりはまさに失敗の連続でしたが、いずれも次につながる失敗でした。青くならなかった花の中にもうまくいくためのヒントが毎回あって、それを見逃さないようにしながら次に向かうのが楽しくて、私を含め、周りのメンバーも日々の研究を続けていたんじゃないかと思います。

チームのメンバーは一人ひとり得意分野が違っていて、遺伝子が得意な人、組織培養が得意な人、化学分析が得意な人などさまざまです。一人では全部できませんから、それぞれの得意分野を持ち寄って、夢に向かっている充実感を大切にしていました。

年齢や性別は関係なく、プロの研究者として互いに認め合い、尊敬し合っているという実感を持てるチームだったので、メンバー全員が前向きでいられたのかもしれません。

結果が出なくても続けさせてくれた会社に感謝

結果が出なくても続けさせてくれた会社に感謝
「やってみなはれ」の精神を実感

メンバーは思うような結果が出なくても、あきらめずに絶対にできると信じて研究していましたが、会社がこれほど長期間のプロジェクトを受容して続けさせてくれたことに、改めて感謝しています。

ウイスキーの熟成と同様に良いものを創るには時間がかかるものだという理解もありましたし、「やってみなはれ」という言葉に象徴されるように、チャレンジ精神に富んだ社風はサントリーならではのもの。

入社1年目の新人を研究チームに抜擢してくれたのも、なかなか商業化の目処がたたない青いバラプロジェクトを14年もの間続けさせてくれたのも、まさに「やってみなはれ」の精神です。おそらく普通の会社だったら、とっくにプロジェクトは打ち切られていたのではないでしょうか。

Profile
田中良和
上席研究員
勝元幸久
主幹研究員
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