SPIRITS of SUNGOLIATH

スピリッツオブサンゴリアス

ロングインタビュー

2025年8月15日

#971 安田 昂平 『「やったろう」という気持ちになる時』

足の速さは先天的と言う新人・安田選手。話を聞いていると、グラウンドを縦横無尽に駆け巡るその姿が思い浮かんできます。(取材日:2025年7月中旬)

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◆やらざるを得なかった

――ラグビーを始めたキッカケが、武道的強さより野性的強さが欲しかったとのことですが、武道的には強かったということですか?

いや、武道的には強くなかったですけれど(笑)、空手はやっていて、そこそこ強かったと思います。

――それに野性的強さを加えたかった?

ラグビーは心・技・体がすべて鍛えられますよね。なので、当時の自分は、それでラグビーを選んだんだと思います。

――身体は強かったんですか?

いや、ぜんぜんです。空手をずっとやっていたので、技術面的なものはあったんですけれど、身体はガリガリで、フィジカル的には強くなかったですね。運動神経には自信はあったかもしれないですね。

――そこになぜ野性的な強さを求めたんですか?

僕もよく分からないですね(笑)。サッカーくらいしか球技をやっていませんでしたが、父親が御所実業高校で教師をしていたこともあり、小さい頃に御所実業高校に有名な空手の師範がいて、その方は定年退職をされていましたがもともと教師で、とても有名な方でした。その方にずっと教えていただいている時に、御所実業高校には全国でも強いラグビー部があるということを知って、空手をやりながらラグビー部にもちょこちょこ顔を出していました。気づけば御所実業に入学する時期だったので、そのまま無条件でラグビー部に入ったという感じです。

――自分でもラグビーという球技をやってみたいと思ったんですか?

そうですね。小学5年、6年の時に少しだけラグビーをしたことがありましたし、父親が御所実業の教師ということ、また当時の監督とも仲良くさせてもらっていたので、やってみたいという気持ちよりも、やらざるを得なかったという方かもしれません。

――その頃の自分の中でのラグビーのイメージはどんなものでしたか?

喧嘩みたいな、激しいスポーツですね。

――激しいスポーツでもやらざるを得なかったわけで、嫌ということはありませんでしたか?

初めは嫌でした。激しいスポーツだと思いましたね。空手をやりながら、御所実業のラグビー部にちょこちょこ顔を出していたので、当時の高校生とも面識がありましたし、「先生の息子さんや」みたいな感じがあったので、逆にラグビー部に入るのが嫌でしたね。

――期待されていると感じたんですか?

期待されているというよりは、ちょっと居づらくなるんじゃないかなと、分かりかけていました。

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◆人間関係が作れた

――実際にラグビーをやってみてどうでしたか?

とてもシンドかったんですけれど、振り返るとやって良かったなと思っています。

――どの辺が良かったんですか?

他のスポーツはどうか分かりませんが、ラグビーは横との繋がりとか先輩との繋がりが強固というか、そういう繋がりが出来ます。ラグビーをやって良かったというよりは、そういう先輩だったり同期や後輩が出来たことが嬉しかったですし、やって良かったと心の底から思いましたね。

――空手は個人スポーツということもありますか?

そうですね。それに加え、ずっと空手は競り合っているようなスポーツだと思っていました。どこまでもひとりでの鍛錬系ですからね。それとぜんぜん毛色が違うスポーツをやってみて、ラグビーというスポーツも面白かったですし、それ以上に友だちや先輩、後輩の人間関係が作れたということが良かったですね。

――競技としてのラグビーの面白さは?

初め僕がラグビーをやる時に、当時の監督から「鬼ごっこだと思えばいい」という感じで言われて、「ボールを持ったら、とにかく鬼ごっこみたいにタッチされんかったらええから」と言われ、それでボールを持って逃げようと思ったら、とんでもないタックルをされました。それが僕のラグビー人生のスタートでした。

見る人からすると単純なスポーツに見えて、案外奥が深いですし、十人十色じゃないですけれど、15人全員が違う仕事を全う出来るということが、対格差関係なしに誰でも活躍できることが、とても良いスポーツだと思いました。当時の僕はめちゃくちゃ細くて体重が60kgくらいしかなくて、けれど足には自信がありました。そういう選手でも活躍する場があったり、僕の同期には小さい選手もいたんですけれど、そういう選手でも高校に入ってきた時に「大阪一のスクラムハーフ」と紹介されていました。本当に誰でも対格差関係なしに、努力すれば出来るスポーツということを知ってからは、素敵なスポーツだな、やりがいのあるスポーツだなと感じました。

スポーツの内容的には、高校、大学と結構な大舞台でプレーさせてもらって、自分がボールを持って抜けた時とかトライした時に、みんなが駆け寄ってくれたり、歓声が上がっているところは、とても気持ちが良いですね。

――ラグビーを始めて最初にとんでもないタックルをされてから、タックルをされないようになったのはいつ頃からですか?

御所実業に入学していろいろと経験を積ませてもらっている時に、自分のターニングポイントになったのが、僕が高校1年生の時に出た国体(現 国民スポーツ大会)でした。奈良県代表として御所実業がチームを組んで出たんですけれど、ずっとスタメンで出させていただいて、その大会が自分の中で「もっと真剣に向き合おう」と思ったターニングポイントでした。

――どうしてそう思ったんですか?

当時、優勝できたんですけれど、僕は監督からひどく怒られて、ボロボロにされた大会でした(笑)。プレーもそうでしたし、もっとガムシャラに行けばよかったのに、自分の中でセーブしたというか、1年生だから遠慮してしまう部分もありました。自分の100%の力を出しても歯が立たなかったかもしれませんが、3年生には良い選手がいたのに僕を出してくれたのに、自分のプレーはあまり良くなかったんです。そこに責任を感じて「真摯に頑張ろう」と思いました。

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◆期待と思いが上手いこと噛み合った時

――それをきっかけに真摯に向き合うようになって、2年生からは変わったんですか?

変わりましたね。マインド的なことかもしれませんが、2年生の時からというよりは、国体が終わった直後からは、スタメンで出るということに責任を感じましたし、それが糧になって、思い切ってプレーが出来るようになりました。高校2年からはU17日本代表などに選んでいただいて、自分に対する注目度が上がってきていたので、その分「頑張ろう」というか、自信に繋がっていきましたね。それが積み重なっていきました。監督はずっと信頼して使ってくれていたので、僕の恩師ですね。

――心境が変わるとプレーも変わりますか?

僕は結構、変わるタイプだと思います。僕の性格上、何をすることでもマインドの部分が大きいと思っています。「いける」とか「やったろう」という気持ちになる時は、ラグビーの調子も良いと思います。

――そういう気持ちになる元はどんなものですか?

試合の重要性はあまり関係なくて、責任感ですかね。

――期待されることが責任感にもなり喜びにもなるという感じでしょうか?

たしかに、そうかもしれないですね。僕はキャプテンとかリーダーのような性格じゃないんですけれど、そういうことを求められるというか、いろいろな人の支えがあって注目されるような選手になりつつあった時だったので、高校生の時も大学生の時もいろいろ役職を与えていただきました。ラグビーのことだけじゃなく、グラウンド内外のことも、「どちらもしっかりと考えろ」と言われてきたので、試合中も「このチームを勝たせたい」という思いにさせてくれたと思います。その思いをいちばん強く思ったのが高校3年の時で、そういう責任感から、そのマインドでラグビーをやっているんだと思います。

――期待を力に変えられるんですね

そうですね。僕は期待に潰されるということは絶対にないと思います。周りからの期待と「絶対にこれをやりたい」という自分の思いも出てきます。そのふたつが上手いこと噛み合った時がベストなんです。

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◆自信が前面的に出るラグビー

――最初にそのベストが出た時はいつですか?

高校生の時は周りからの期待の方が大きかったです。高校の時は小さい頃から周りが顔見知りということであったり、父親の影響がありいろいろな期待やいろいろな目があって、結果を出さなければいけないという責任感がありました。大学に入ってからは、期待もしていただいていたと思いますが、高いレベルの各高校の選手が集まっていたので、試合に出られなくても何とも思わないと思っていました。責任感もありましたけれど、より自分のやりたいことをやったり、自信が前面的に出るラグビーを4年間を通して出来たと思っています。

――やりたいこととはどんなことでしたか?

ラグビーで言うと、高校の時はスタンドオフもやらされていて、特殊なことをやらせれてきました。大学ではずっとやってきたポジションでプレーしていたので、自分を信じて走ったり、リスク覚悟で相手の裏に蹴って自分で追いかけたり、他からの目など関係なしに、自分のやりたいことを前面に出して出来たのが大学だったと思います。

――やりたいこととは、走る、抜く、トライする?

ラグビーの中で言えばそうですね。

――その喜びはどこにありますか?

もちろんチームが勝つことがいちばんだったんですけれど、他の大学の選手と比較されることが多かったので、「負けたくない」という気持ちもありました。けれど、やっぱりいちばんはこのチームメイトと共に勝ちたいということですね。1年生から4年生まで、先輩に恵まれたと思っていて、試合に出られていない先輩もそうですし試合に出ている先輩も、「本当にこの人たちのために勝ちたい」という気持ちがありました。人に対してそんな思いになるのは高校の監督に対して振りくらいで、「素晴らしいところでやらせてもらっている」、「人のために頑張るとはこういうことだな」と思って、4年間ラグビーをしていました。そういう思いが強かったんですけれど、裏では「トライを取りたい」という、我が強いところも出てしまっていたと思います。

――大学で、なぜこの人たちのためにという思いになったんですか?

全寮制で、特に大学の時の先輩や同期は、本当に家族みたいで、四六時中一緒にいました。ひとりになる時間がないくらい、みんなが常にどこかにいるような状況でした。自然と絆じゃないですけれど、朝、昼、晩と一緒にご飯を食べて、お風呂に入って、ずっと一緒の分、「この人たちのために勝ちたい」と思いましたね。情じゃないですけれど、みんなの頑張っている姿を知っていますし、全員がお互いのことを知っているので、そういう思いがより強かったと思います。

――そういう中での自分の役目である走ってトライを取ることを追及した?

はい、全体練習が終わった後に同じポジションの選手と練習したりしていました。僕には「こんな選手になりたい」というラグビー選手はあまりいなくて、誰かのプレーを見て勉強するのではなく、自主練を先輩たちとやったり身体を大きくしたりすることがの方が多かったと思います。

――小さい頃は細かったけれど、身体を大きくすることで速くなったり強くなったりすると考えていたんですね?

僕はそう思っています。今もガリガリですけれど(笑)。

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◆多機能な選手になっていく

――速く走れるということの価値を大切にして、ずっとそれを突き詰めている感じですか?

ここから更に足が速くなるということはないと思うので、大学の時はウエイトトレーニングでフィジカルを上げて接点でも勝てるようにしたり、ハイボールキャッチの練習をしたりしていました。自分の中では、大きく「速く走ること」がまずあって、そこから枝分かれして行っているというイメージです。根本には走ってトライを取るということがありますが、大学やサンゴリアスに来て感じましたが、ランニングだけは都合良く空いていることなんてないので、いろいろなことが枝分かれして自分の強みを伸ばしていく、一つだけじゃなくて多機能な選手になっていくことが大事なのかなと思いました。

――根本的に速く走れるということは、先天的なものだと思いますか?

いろいろな人がいるので分かりませんが、僕は先天的なものだったと思います。練習して速くなる人もいると思いますが、僕はもともと足が速かったと思います。

――もっと速くなるために、走るフォームを変えたりとかは?

僕はあまりやってこなかったですね。大学の時にスピードコーチもいましたが、ランニングフォームを変えると足が遅く感じてしまいました。なので自分のフォームは、変えずにやっていこうと思っていました。

――何が自分の足の速さを引き出しているんでしょうか?

自分としては先天的なものだと思っているので、それは分からないですね。だから人に教えることも出来ないと思います。今まで感覚でやってきた人間なので(笑)。

――日々、速くなっていますか?

大学生くらいからは変わっていないと思います。

――大学の時は学年が上がるにつれて速くなっていたんですか?

速くなっていたかは分かりませんが、身体の使い方みたいなものは分かってきたと思います。

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◆いちばん「すげー」と思ったのはディフェンス

――サンゴリアスでも大学時代みたいに出来ていますか?

それはもちろん。僕からしたら、同じポジションでは尾﨑晟也さんなどからいろいろなことを教えていただいていますし、僕はまだ試合に出られる立場じゃないので「勝ちたい」というところはないんですけれど、見ていて「すげーな」と思いました。ラグビーを見ていて「すげー」と思ったのは、晟也さんが初めてでした。

――尾﨑晟也選手のどこにそう感じましたか?

ラグビーをやっている人間が見ると「そこで外に切るんだ」とか、僕だったら絶対に内に逃げてしまうところで外に行って勝負したりするところですね。僕がいちばん「すげー」と思ったのはディフェンスです。僕は1対1ではあまり抜かれたことがないんですけれど、相手が2人で僕が1人となった場合、その状況では自分が抜かれたというよりも、その前の段階で問題があるので、そこで抜かれても「抜かれるな」と思いながらディフェンスするんです。けれど、晟也さんの場合は両方ケアして、こっちに行くふりをして違う方で止めるとか、抜かれそうになっても追いついて止めるとか、自分ではまだ出来ないようなプレーをしていますし、晟也さんはそういうプレーが多いと思います。晟也さんは身体が大きいわけじゃないのに、それを感じさせないくらい超仕事人ですし、どこにでも顔を出します。だからこそトライ王になれたりするんだろうなと、一緒に練習してみて感じました。

――自分がこれから更に成長するための課題は?

身体作りもそうで、あと少しくらいは大きくしたいと思っていますが、ラグビー選手はずっと続けられるものではないですし、ウイングは選手寿命も短いと思っています。試合中には声を出すことを意識しているんですが、まだ細かい的確なコミュニケーションが取れていないので、そういうところを磨きたいと思っています。あとは自分からボールを持って、どんどんアタックしても良いと思っています。

アーリーエントリー時期は、サインは分かっていましたが、正直、パッと言われてすぐに出来るかと言われたら、そうじゃなくて、自分の中で整理をしてからやっていたので、そういう部分をしっかりと自分に馴染ませて、ラグビーをしていると思われるようなラグビーをしたいですね。

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――次のシーズンへの目標は?

もちろんラグビーをやるからにはスタメンで出たいですし、リーグワンのキャップを取りたいと思っていますが、やっぱりいちばんは自分が出ている出ていない関係なく、このサンゴリアスで日本一を取るということが、僕としては価値のあるものだと思っています。次のシーズンでは日本一を取って、それで自分も試合に出られたらベストかなと思います。

――高校や大学での日本一の経験は?

ずっと2位ですね。1位になったのは、高校の時の国体くらいですね。ただ、国体では母校のジャージじゃなくてぜんぜん違うジャージでしたし、都道府県の代表で優勝しただけなので、日本一はまだ経験がないですね。日本一になりたいですね。

――ポジションは14番?

11番、14番、15番が出来ます。その中で得意なのは11番と14番ですね。

(インタビュー&構成:針谷和昌)
[写真:長尾亜紀]

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