CLUB HOUSE

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サンゴリアスをもっと楽しむコラム

2008年9月25日

「少年サンゴリアス」 Vol.16 野村 直矢
『直矢、かばんは?』『捨てて来た』

少年サンゴリアス 野村直矢写真1

小学校に上がる前に埼玉から群馬に移り住みました。幼稚園がちょうど終わるぐらいで、幼稚園も移って、群馬のお父さんの実家に行ったんです。小学校もそこから通うということになって、実家が群馬県と埼玉県のちょうど県の境だったんですが、住所は群馬で学校は埼玉なんです。凄い!遠いんですよ。

小学校1年生と6年生の差って目茶目茶あるじゃないですか。こんな小っちゃい1年生から結構でかい6年生まで、一緒に歩いて往きはみんなで学校へ行くんです。ぜんぶで15人ぐらいなんですが、1年生はその歩きについていけないんですよ。

少年サンゴリアス 野村直矢写真2

それが1年生、2年生の頃はしんどくてしんどくて、ランドセルを下校の途中の周りの畑に捨てて(笑)、何も荷物がない状態にして、家に帰って来ました。お母さんも働いていて、お婆ちゃんが家にいたけど気がつかない。お母さんが帰って来てから「直矢、かばんは?」「捨てて来た」って言って(笑)。

いつも捨てて来るんですよ、重いから。そうすると、お母さんが車で取りに行くんです。僕は一緒についていかない(笑)。いつも同じところに捨てていた記憶はなくて、その時に辛かったところでかばんを捨てていました。

お母さんは「またかよ」みたいな、でも「しょうがないわね」という感じでした。50分ぐらい歩くんですよね。それで登校の時は6年生が背中を押してちゃんと行かせるけれど、低学年の時って、タラタラタラタラ、フラフラしながら帰るから、50分ぐらいかかっていました。ほんとしんどいんですよ。

捨てなくなったのは、3年生ぐらいですかね。でも毎日捨てていたわけではないですよ。夏とか暑くてしんどい時とか、そういう時だけですよ。4年生からサッカーとかを始めたので、体力的にもついてきたし、4年生ぐらいになってからは、毎日走って帰りました。早く帰って遊びたくて。

早く帰って来てサッカーボールを自転車に入れて、走って帰った道をまたすぐに小学校へ戻って、サッカーをやっていました。それでボールを毎日蹴っていました。ゲームとかすぐに飽きちゃうので。

どうしてランドセルを捨てられたのか?小さい頃なのでその心境はあまり覚えていませんが、「もう、いいや」みたいな感じです(笑)。「こんなの持って時間かけて帰れないよ」という感じで、持って帰らなかったんですね。

もともとちょっと、おっちょこちょいなところはありました。先生に「職員室に行って何なにを取って来て」と言われて、「はぁーい」と言って職員室に着いたら、「あれ?何を頼まれたっけ?」ってことで戻って、「何持って来いって言いましたっけ?」みたいなことです。

6年生になってサッカーをやっていた時に、「コーナーキックを直接入れる」と友達とやりあっていて、ゴールの線ギリギリのところでボールが止まっちゃったんですよ。力がないからポーンと蹴れないんですよね。「これを何とかして入れたい、どうすれば俺の力なしに入れられるかな」と考えて、「石を当てれば転がるな」と思ったんです。

友達も直接入れることができなかったので、僕のだけラインの上に乗っていて、「これ入れたら勝ちじゃん」と思って、近くにあった小石を拾って、投げてボンって当てたんですよ。そうしたら、ポン!ポン!って跳ね返ってきて、眉間に当たって血だらけでおおさわぎ。になった。サッカーの試合の休憩中だったのでユニフォームを着ていて、黄色いユニフォームが血で真っ赤になって、ちょっとの傷なのに夏だったからよけいに血が出て、周りは大騒ぎでした.........馬鹿っす。

そういうおっちょこちょいなガキでした。おっちょこちょいは今も治っていません。社会人になって、そういうところがなくなったら、「僕じゃないかな」みたいな(笑)、そう思います。

少年サンゴリアス 野村直矢写真3 少年サンゴリアス 野村直矢写真4

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