2008年6月25日
「少年サンゴリアス」 Vol.13 曽我部 佳憲
『おかあさんといっしょ』
小さい頃の自慢というか、僕の人生の自慢でもあるんですけれど、NHKの「おかあさんといっしょ」というテレビ番組がありましたが、その中に『ぞうさんのあくび』という体操があるんです。じゃじゃまる、ぴっころ、ぽろりと体操のお兄さんとお姉さんと、でっかいステージでやる最後の締めのコーナーなんですが、それに出たことがあります。
たぶん母親がはがきで応募したら当たったんですね、昔は東京の三鷹に住んでいたことがあったので。僕の記憶にはないですけれど、家にビデオが残っていて、それを中学ぐらいまではたまに見ていました。だからその時の記憶はないんですけれど、ビデオで見てよく覚えています。幼稚園になるかならないかぐらいでしょう。
ちょっとだけ、番組の終わりごろに風船が落ちてくるところしか記憶にありません。ビデオで見るとじゃじゃまるやぽろりの作ったトンネルをくぐっているシーンがあったりしました。自分ではかわいいとは思わないですし、その時からラグビージャージを着ているのを見て「ウワァッ」と思いました(笑)。
小学校時代の自分は大嫌いで、よく友達とかをいじめてました。だから今でも小学校の友達とかには、あまり会いたくないですね。悪いことしたな、ほんとにと思って。そんなに凄いいじめとかはないんですけれど、仲間はずれにしたりとか、何でそんなことしたんやろうと思う、しょうもないことばっかりしてました。
クラスで何か悪いことが起きたら、まず僕が先生に「おう、お前何か知らんか?」と言われる感じでした。先生が出張で自習中に教室の蛍光灯が割れたんですけれど、それは僕がサッカーしてたからです。反省していますが、小学校の自分はあまり好きじゃないですね。
小学校は最初、兵庫県の小学校へ行って、次は大分でした。父親の仕事の関係で結構転勤が多くて、兵庫県のときはみんな仲良くやっていたんですけれど、5・6年で転校した大分ではそういうことをし始めた感じです。親の前では「いい子ちゃん」でしたけれど。
何でそんなことしたんだろうと考えてみると、常にみんなといたかったからかなと思います。仲間を作りたかったのかな。自然とその作り方が悪くなって、でも僕は不良とかじゃないですしそんなことしたことないですが、あまりいい友達作りができてなかったなと思いますね。
中学校からは大阪なんですけれど、そこで気持ちを入れ替えようというか、自分がやられて嫌なことはせんとこうと思いました。変わったきっかけは、中学校の時に引っ越してきたばっかりで少しだけいじめられたことがあって、「あっ!こういうことか、これはいけないな」と思ったんです。それから自分がやってきたことを思い返すと、「あぁほんとに申し訳ないことしたな、ゴメンな」って思います。
中高大になるともうそんなことは気にせず、いい友達に会えたなという感じです。それぞれの場所でラグビーができて良かったなというのが、いい方の思い出ですね。大阪の中学校はたまたまで、高校は親の考えは大阪工大高へ行って明治大学へ行ってほしかったんだと思います。
中学の時は7人ぐらいしか部員がいなくて、一時期辞めようかなとも思ったんですけれど、続けていたおかげで最後は部員も結構多くなって、その後今では有名な啓光学園というところに入れて、そこから大学も早稲田にいけてという感じで、自分が行きたかったところとは違うかもしれないけど、結果良かったなと思います。
隆道さん(佐々木)は高校の1年先輩ですが、怖くてしゃべれなかったですね。大学の時から普通にしゃべれる様になった感じで。僕は下に対しては怖くなんかしないですし、上下関係はどうでもいい、一緒ぐらいに考えてくれていいよという感じです。
必ず通信簿に書かれるのは「落ち着きがない」。基本的に今もそうですけれど、目立ちたがり屋ですね。落ちつきなくてうるさくて目立ちたがり屋だと思います。小学校ぐらいまではリーダータイプでしたが、小学校時代の自分の様ににはなりたくないですね。
写真は、僕が子供の頃、僕のお爺さんとお婆さんが酒屋さんをやっていましたが、その時のものです。今サントリーにいることには何か不思議な因縁を感じます。