2025年10月24日(金)
Vol.3 "違い"は悪いことじゃない。 「人生に必要なものはすべてに日本に揃っている」
「他の国ではすべてが違って見える」
今シーズン、サンバーズに文字通り"大きな"戦力が加わった。ロシア出身の身長209cmのアウトサイドヒッター、イゴール・クリュカである。ROC(ロシアオリンピック委員会)として出場した2021年の東京五輪では銀メダル獲得に大きく貢献。サンバーズで8シーズン目を迎えたドミトリー・ムセルスキーともロシア代表で共にプレーした経験がある。長年ロシアの国内リーグでキャリアを重ねていたクリュカが、初めての海外移籍先に日本のサンバーズを選んだのは、きっとムセルスキーの影響もあったはず。そこで、ムセルスキー、クリュカの2人に、お互いの関係性や日本での生活について語ってもらった。
ー クリュカ選手が今季、SVリーグでプレーしようと思ったのはなぜですか。
クリュカ:
ずっと長くロシアでプレーしていましたが、その中で「何か変えたい」と考えるようになりました。以前から日本でプレーしたいという夢がありましたし。バレー選手としてスキルや経験を上積みしたり、これまでとは違う視点を身につけるためには、ロシアとはまったく違うバレースタイルの日本でプレーするのがいいんじゃないかと。例えば、ロシアでは1回スパイクを打ったら1点取れるという感覚でしたが、日本は非常にディフェンスがよく、ラリーが続く。そうなるとメンタル的にも我慢が必要になる。もちろんディマ(ムセルスキーの愛称)と一緒にプレーしたいという思いもあったので、今回サンバーズに来ました。
ー ムセルスキー選手とクリュカ選手の出会いは?
ムセルスキー:
最初は違うクラブにいて、試合で対戦したのが最初だったよね?
クリュカ:
そうです。たぶん僕が19歳の時だったと思います。
ムセルスキー:
じゃあ僕は26歳だ。その時の彼の第一印象は、まず若い!(笑)。それにジャンプ力がすごくて、非常にいいスパイクを打っていました。
クリュカ:
そのあとロシア代表で一緒にプレーすることになりました。
ムセルスキー:
それは2015年ぐらいだった?
クリュカ:
2015年ですね。
ムセルスキー:
ナショナルチームではずっと彼と同部屋だったんですが、彼はすごくいい人で、一緒にいて快適でした。今は友人であり、非常にリスペクトしています。
ークリュカ選手にとっては、ムセルスキー選手はどんな存在でしたか。
クリュカ:
僕は若い頃から彼の試合を見ていて、憧れの存在でした。彼はロシアバレーボール界のレジェンドですから。彼と出会う3年前の2012年ロンドン五輪で、彼が金メダルを獲得する試合ももちろん見ていました。だから初めて対戦した時は信じられない気持ちだった。「テレビで見ていた彼と、今一緒にプレーしている!」って。
"レジェンド"は決して大げさな表現ではない。
ロンドン五輪決勝のロシア対ブラジル戦。ブラジルが第1、2セットを連取して迎えた第3セット、ロシアのウラジーミル・アレクノ監督は賭けに出る。それまでミドルブロッカーとして出場していたムセルスキーを、オポジットに据えたのだ。当時のムセルスキーはオポジットの練習をほとんどしておらず、ぶっつけ本番だったと、かつてインタビューで明かしていた。
そのムセルスキーが、ブロックの上から次々にスパイクを決め、ブラジルはなすすべがなかった。ロシアは3セットを連取し、劇的な逆転勝利。ムセルスキーが金メダルの立役者と言っても過言ではない。当時17歳だったクリュカがテレビに釘付けになり、憧れを抱いたのも自然なことだろう。
ー 出会ってからのムセルスキー選手の印象はどうでしたか。
クリュカ:
僕もナショナルチームに入って一緒に過ごすようになってからは、彼の人柄や考え方をより深く知ることができました。僕たちはバレーに対する考え方やメンタリティがすごく似ているなと感じて、すぐに親しくなりました。
ー ムセルスキー選手は日本やサンバーズの話をよくしていたのですか。
ムセルスキー:
していましたよ。人生やキャリアにおいて必要なものはすべて日本に揃っている、と。チームの雰囲気はいいし、選手とスタッフの関係性もすごくいい。バレー以外の面でも、安全な生活が確保されているし、息子にとっていい学校があったり、僕にとってすべての面でよかった。イゴールには、僕が日本で経験したことはすべて伝えました。
ー 日本に来るにあたってのアドバイスはしましたか。
ムセルスキー:
最初に言ったのは「すべてが違うよ」ということでした。メンタリティも言語も生活環境も、練習方法も、すべてが違う。でもそれは、よくないということではなく、単なる違い。そういう違いに適応できるよう挑戦すればいい。一番のアドバイスは「慣れることが大事だよ」ということでしたね。ロシアでしていた生活スタイルを日本で実現するのは難しい場合もあるけど、頑張って適応していくことが大事です。
ー クリュカ選手は日本に来て驚いたことはありましたか。
クリュカ:
もちろん練習のやり方が違いますし、練習前後にやることも違いますね。例えばマッサージのやり方。日本では、体の上にタオルを敷いて、その上からトレーナーがマッサージをしますが、ロシアではオイルを肌に塗ってマッサージをするんです。もちろんその違いが悪いとか文句があるというわけじゃなく、初めてだったので少し驚いたというだけなんですけど。これまでの人生で一つの国にしか住んだことがない人が、他の国で暮らしたら、すべてが違って見えますよね。
ムセルスキー:
彼は今新たな経験をしていて、それをオープンマインドな姿勢で取りこもうとしています。
ー ムセルスキー選手が8年前、初めて日本に来た時はどうでしたか。
ムセルスキー:
僕が来た時は1人でしたからね。友達はいなかったし、ロシア人のコミュニティも知らなかった。最初到着したのが夜中で、そこからアパートに案内してもらいました。通訳の方が「お腹空いたよね?」と、一緒にマックスバリュに行ってくれたんですが、店に入った瞬間、まったく知らない食べ物が目に入って、一体何を食べたらいいのかわからなかった。当時はGoogle翻訳もなかったから(笑)。今だったら、文字の写真を撮るだけで翻訳できる機能がありますが、当時はそんなことはできませんでした。
タクシーを呼びたくても、当時の箕面にはUberタクシーはなかったので、電話で呼ばなきゃいけない。もちろん日本語で。乗れてもクレジットカードで支払うことができなかったり。お店や駅の自動券売機の使い方もわからなかったし、家の中でも、エアコンのリモコンや、お風呂のコントローラーの使い方もわからない。その都度写真を撮って通訳さんに送って、「これどうやって操作するの?」と聞いていました。挙げればキリがないほど難しいことはたくさんありましたが、少しずつ適応していって、半年ほど経ったあたりから快適な生活を送ることができるようになりました。
ー 今季で8シーズン目になりますが、なぜこれだけ長くサンバーズでプレーしているのですか。
ムセルスキー:
僕はチームを変えたり、国を変えるということをあまりしたくないんです。サンバーズではすべてが整っていて、私も家族もよくしてもらっているので、変える必要がない。毎回契約更新の際に、この生活を来季もできるという承諾を得られたら、そのまま続けるという形にしています。
2人にとって"バレーボール"とは?
ー今季はクリュカ選手の他にもセッターの関田誠大選手、リベロの小川智大選手が加わりました。関田選手とコンビを合わせ始めて、どんなことを感じていますか。
ムセルスキー:
僕はこのチームで7年間ずっと大宅真樹(今季から日本製鉄堺ブレイザーズ)と一緒にプレーしていました。僕らはお互いのことをよく理解していて、目を閉じていてもどこにトスが来るのかわかったぐらい。関田と一緒にやるのは初めてで、まだコンビを合わせ始めたばかりなので、もちろん時間が必要です。でも経験のある選手だから楽しみだし、ただ時間が必要なだけ。僕はピンポイントで絶対にここにトスが欲しい、というタイプではないから、いいコンビを見つけることはすぐにできると思います。
クリュカ:
まずロシアと日本のバレースタイルは違うので、僕はおそらくディマよりも時間は必要だと思います。
ムセルスキー:
ロシアはより高くて、スロー?
クリュカ:
スローとは違うかな。ロシアではセッターもかなり身長があって、高いところでセットアップするので、スパイカーまでのトスの距離が短くなる分、打つまでの時間が速くなるんです。そうした違いにどうやってアジャストしていくかですね。時間は必要ですが、できると思います。
ー 今季はリーグ3連覇に挑むシーズンです。ムセルスキー選手は毎年チャンピオンシップやファイナルなど、特に優勝するために負けられない試合で確実に得点に結びつけてきました。そういう試合に臨む際に心がけていることはありますか。
ムセルスキー:
特別なことは考えていません。もちろん普段の試合より責任の重さを感じていますし、みんな勝ちたいと思っている。試合の前には入念にやるべきことをやります。でも試合が始まったら、目の前の1点、一瞬のことしか考えていない。例えばトスが上がった時に、「ワオ、これを決めたら優勝だ!」なんて考えていなくて、ただその1ポイントを取ることだけを考えています。
ー プレッシャーに押しつぶされて自分のプレーができないといった経験はあるんですか。
ムセルスキー:
たくさんあります。それが普通だと思います。バレーを長くやっていて、失敗しないなんてことはあり得ないですから。
ー お二人にとって"バレーボール"とは?
ムセルスキー:
"人生"です。
クリュカ:
僕も同じです。"人生"です。
ムセルスキー:
もちろん一番大事なのは家族ですが。
クリュカ:
同じです(笑)。バレーはやれる限りやりたいと思っていますが。
ー 最後に今季の目標を聞かせてください。
ムセルスキー:
(日本語で)1位取りたいです。
クリュカ:
同じです(笑)。
ムセルスキーはよく「自分のプレーについて話すのは好きじゃないんです。それは周りの人が評価するものなので」と言うが、クリュカも、「ご自身の強みや、観客の皆さんに注目して欲しいプレーは?」と聞くと、「自分でそれを言うのは恥ずかしいので、今季の試合を見てもらって、シーズン後に皆さんに教えてもらえたら嬉しいです」とはにかみながら答えた。
ちなみに、サンバーズの他の選手たちにクリュカの印象を尋ねると、「とにかくヤバい」「エグい」といった言葉が帰ってくる。どうヤバいのか。
キャプテンの髙橋藍は、「とにかく高い。それにあれだけの身長があるのにすごく器用」と話し、練習でクリュカとマッチアップすることの多い甲斐孝太郎は「ブロックが、高いだけじゃなく上手い。すごく嫌ですね」と言う。
こうしたコメントをヒントに、新戦力クリュカのプレーや、大砲2人が揃った際の迫力あるバレーに、ぜひ注目してみて欲しい。