SUNTORY CHALLENGED SPORTS PROJECT

谷真海の「チャレンジ、再び」 第7回「チャレンジド・スポーツのアンバサダー就任で思うこと」
パラリンピックや聴覚障がいのデフリンピックなどを目指し、障がい者スポーツに打ち込むアスリートの活動を支援する「サントリー チャレンジド・スポーツ アスリート奨励金」はこのほど、第3期の採択先が決定しました。
私も今年からサントリーチャレンジド・スポーツのアンバサダーに就任しました。1月22日には、サントリーホールディングスで、発表記者会見が行われ、私も出席し、第3期で採択された76人のアスリートと20の団体をメディアの皆さんの前で読み上げました。
以前のコラムでも紹介しましたが、この事業は2022年9月から、それまでの東日本大震災の被災地での活動を全国へと支援の対象を広げてスタートしました。第2期までに延べ154人のアスリートと61の競技団体などへ総額5600万円を支給し、今回の支給額2850万円を合わせると、約8500万円になります。東北地方での支援から合わせると10年が経過し、総額2億円を超えます。サントリーのCSR活動の一環として、その視線がチャレンジド・スポーツ(パラスポーツ)へと向けられていることに喜びを感じています。
会見に同席された日本フィランソロピー協会の高橋陽子理事長が「サントリーさんは、現場で一緒に応援しながらスポーツ団体とも密にコミュニケーションを図りながら、選手に寄り添ってご支援をいただいている。企業理念でもある『やってみなはれ』の真髄がこんにちの広がりにつながっていると思います」とおっしゃってくださいました。
アスリートに寄り添う、手を携えてともに歩んでいく―。部署のメンバーが全国各地のアスリートに出来る限り会いに行き応援するのも、私が採択したアスリートや団体の名前を読み上げたのも、それぞれのアスリートに、チャレンジする気持ちを応援しています、というメッセージを伝えたかったからです。
今回は、奨励金を受け取る対象となった2人のアスリートも会見で登壇しました。
一人はデフバスケットボール日本代表候補選手で、秋に日本で開催されるデフリンピックで上位入賞を目指す21歳の高山和也選手、そしてもう一人は、私と同じパラトライアスロンで次代を担う選手として期待される28歳の金子慶也選手です。
高山さんは2018年にU-21の世界選手権で2位になった実績がある実力者で、金子選手は東大、東大大学院に在籍した文武両道を貫いた異色の「二刀流アスリート」です。2人のことは改めて、何かの機会に紹介したいと思っているのですが、とても魅力的なアスリートです。2人だけではありません。それぞれのアスリートにはその人だけがたどってきた軌跡があります。そのことを、もっともっと取り上げられるようになればと願っています。
パラリンピックの世界に目を向けると、2021年東京大会や昨夏のパリ大会では盛り上がるものの、注目度が継続しない状況にあります。私も携わった東京大会の招致が実現した直後には、パラへの注目度が急上昇し、多くの企業がアスリート支援にも手を差し伸べました。多くのアスリートもメディアに取り上げられました。しかし、残念ながら、やや一過性のものだったのかなと思うこともあります。パラアスリートを取り巻く環境はまだまだ厳しく、国内外の遠征に多くの自費負担を強いられています。
どうすれば、パラリンピックに、そして、世界の舞台を目指してチャレンジをしているアスリートに関心の目を向けてもらえるか。そこにアンバサダーとしての役割があると信じています。
肩書きが付く以前からも、自分自身にできることの一つとして情報発信の重要性は認識していましたが、このほどサントリー社内の昇格試験を受ける機会があり、このときの論文テーマ「ステージが上がったらやりたいこと」に、チャレンジド・スポーツへの課題意識と、自らがアンバサダーになって発信する役割を担う決意を記していました。さっそく、「やってみなはれ」で出番が回ってきたのだと思っています。
もちろん、支援を必要としているアスリート当人たちの高い意識も必要です。この奨励金は競技実績があれば、受け取れるものではありません。自ら推薦書を書き、使途を明確にした競技計画を作成することも求められています。高山選手も金子選手も、そして76人のアスリートは、自らの目標をしっかりと持ち、こうしたハードルを乗り越えたアスリートです。
私自身は2004年アテネ大会から3大会連続でパラリンピックに出場し、途中には東日本大震災で実家が甚大な被害を見舞われる経験もしました。その後の招致活動など、いつも「背伸び」をしながら、目の前の壁を乗り越えるために前を向いて挑戦をしてきました。そのときどきにおいては、重圧で胸が苦しくなることもありましたが、かけがえのない経験を積む中でメディアにも取り上げられ、また新たな任務と向き合う日々を過ごしてきました。いまは、マスメディアに取り上げてもらうという受け身の立場にならなくても、個々がSNSなどで積極的に自分をプロデュースできる時代でもあります。
東京大会の前後では、日本におけるパラスポーツの認知度は高まりましたが、この程度で「成熟期」に入ったとは思いたくありません。たくさんのアスリートとともに、もっともっとパラスポーツの魅力を伝えていきたいと思っています。
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このコラムでは、アスリートたちの無限大の可能性への挑戦を応援する「サントリー チャレンジド・スポーツ プロジェクト」の取り組みと合わせて、私自身の日々のスポーツとの交わりや楽しさを綴ります。(掲載不定期)