SUNTORY CHALLENGED SPORTS PROJECT

#28 「健常者も加え、車椅子バスケを「共生のスポーツ」に」

#28 「健常者も加え、車椅子バスケを「共生のスポーツ」に」

車椅子バスケットボール 小瀧 修常務理事

日本車椅子バスケットボール連盟 常務理事

Q.競技との出会いは?

 18歳の頃、バタフライで泳いでいた時、背中にピッと痛みを感じ、それが徐々にひどくなって、ついには歩けなくなりました。背骨に血腫ができた脊髄損傷でした。
 約1年半の入院中、リハビリの一環で車椅子バスケを体験しました。もともとバスケット、サッカー、柔道などの経験があり、相手とぶつかり合って勝負するスポーツが好きだったので、はまりました。障がいがあっても燃えるスポーツがあるんだと、すごく新鮮でした。
 退院後、最初に入ったのは、今はもうない東京WBCというチームです。その後、26歳で千葉県の浦安市役所へ就職したのを機に地元の千葉ホークスに移籍し、そこで日本代表に選ばれて88年ソウル、92年バルセロナのパラリンピックに出場しました。

Q.選手からコーチへと歩まれました。困難に直面し乗り越えた経験は?

 私は障がいの程度が一番重い、持ち点1.0の選手でした。
 コート上の5人の選手の持ち点合計を14点以内にするのが車椅子バスケのルールですが、千葉ホークスは昔、5人の持ち点合計11点でしかチームが組めない苦境の時代がありました。1.0点の私が相手の2点台、3点台の選手の動きを封じなければいけない。頭を使って先を読み、なおかつパワーやスピードをつける必要もあるから、すごく勉強になった。それを経験した後で国際大会を戦ったら、1.0点の選手を抑えるのが本当に楽になりました。
 昨年10月、女子育成のため男女混成チームを可能にするルール改定がありましたが、女子選手も日頃から男子と一緒に練習すればシュートエリアが広くなり、パワーもついてくる。スピードが上がり、ディフェンスもうまくなる。苦境の時代の千葉ホークスで私が経験したのと同じ効果があると思います。
 1996年のアトランタ・パラリンピックは現役選手として臨むつもりでした。しかし、車椅子バスケ全体をもっと強くしたいという思いから、アトランタ大会の前にコーチに転身しました。
コーチになってからはハイポインター(障害の程度が軽い、持ち点3.0以上の選手)に負荷をかけるトレーニングに力を入れました。私が選手だったころは、ローポインター(持ち点が2点台以下の、障害の程度が重い選手)もハイポインターも練習メニューは同じでした。それだとハイポインターには負荷がかかりません。一人ひとり、ちゃんとトレーニングできているか、心拍数を計って追い込みました。この競技は、ともするとハイポインターが得点することに集中しがちですが、全体のバランスを見る必要があります。

Q.2020年に向けた強化の現状と課題は?

 現在、U23(23歳以下)の育成選手からA代表候補まで一貫した強化システムの構築を進めています。市職員を定年退職して連盟の仕事を引き受けた時、まずU23の育成選手を毎年計画的に、学校の長期休み期間に招集して合宿を行うことを提案しました。そして日本代表のアシスタントコーチをU23のヘッドコーチにして一貫した指導ができるようにしました。
 今、U23は、3月と8月、12月に必ず合宿をしています。昨年8月の夏合宿には中学、高校、大学合わせて過去最高の約30人が集まりました。選手たちに筋肉がついてきているのが分かるし、同世代で刺激し合って目つきも変わってきました。6月にカナダ・トロントでU23の世界選手権がありますが、体力が続けば頂点まで行くと信じています。

Q.今後チャレンジしたいことは?

 2020年の前に東京で国際大会を開催しようと思っています。大会前には自治体にお願いしてキャンプを張って、住民と交流するなどいろんな仕掛けを考えています。車椅子バスケのファンがさらに増えるよう、世界で活躍している選手も呼んで、日本がチャレンジしていく姿を東京から発信したいと思います。
 競技の認知度が上がり、ファンも増えてきていますが、選手の発掘は難しい。現在活躍しているプレーヤーは、障がい児を対象とした体験会事業や教室からの出身者も多くなってきました。今度は彼らが影響を与える側になるといいですね。全国的に広げていきたいと思っています。
 連盟では全国10ブロックに普及部を置いて、健常者の方々への体験会などを開いています。健常者も含めた車椅子バスケとの出会いを大事にしたい。今年の目標は、車椅子バスケのチームに健常者の参加を認めること。車椅子をツールに障がい者と健常者が一緒にできるインクルーシブ(包括的な)スポーツ、つまり「共生のスポーツ」にしていくことが理想ですね。

Q.読者の皆さんへメッセージをお願いします!

 5月3日~5日に東京・千駄ケ谷の東京体育館で日本選手権があります。昨年は決勝に約3000人が見に来てくれました。今年はもっと増えるでしょう。
 車椅子バスケのファンを獲得するためにはどうしたらいいかという議論を大学生と交わしたオリンピック・パラリンピック組織委員会のアイデアソンでは、「持ち点制度がわかりづらい」という意見がほとんどでした。今度の日本選手権では選手の車椅子の背もたれに数字と色で各選手の持ち点がわかるように工夫します。持ち点の側面から観戦を楽しんでいただくとともに、車椅子バスケの激しさ、一人ひとりの役割をしっかり見てもらいたいですね。

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小瀧 修常務理事OSAMU KOTAKI

日本車椅子バスケットボール連盟 常務理事

  • ●1954年10月19日生まれ

  • ●千葉県出身/在住

  • ●81年から浦安市役所に勤務。82年に車椅子バスケットボールチーム・千葉ホークスに入団。88年ソウル、92年バルセロナパラリンピックに出場。96年アトランタ、2000年シドニー大会日本代表ヘッドコーチ、日本車椅子バスケットボール連盟副会長などを経て、17年から同連盟常務理事に就任

PASSION FOR CHALLENGE
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