福島県白河市の旧奥州街道沿いにある「コミュニティ・カフェ EMANON」。ここは震災復興と地方創生を背景に、築90年の古民家を地元の高校生とリノベーションして生まれた“高校生びいき”のカフェです。誰でも利用できるカフェであり、高校生の居場所や活動拠点としても機能するEMANONを運営するのは「一般社団法人 未来の準備室」。サントリー“君は未知数”基金採択事業では、「ポリフォニック・ユースセンターの実現プロジェクト」として、すべての高校生が思いを表現する手段に出会える場、多様な若者の声を聴き地域社会に届ける役割を担う場へとEMANONをアップデートします。
仲間と出会い地域とつながり自由に過ごせる“高校生びいき”のカフェ
2016年にオープンしたコミュニティ・カフェ EMANONを皮切りに、東白川郡内唯一の公立高校での学校内居場所、地域の関係案内所の役割を担う民泊施設など、まちの中にさまざまな場を開いてきた未来の準備室。場づくりのほか高校生主体のマイプロジェクトや、高校生と地域をつなぐボランティア中間支援など、幅広い切り口でユース世代の地域社会参画の入口を生み出してきました。
法人の立ち上げから2025年度末まで同法人の理事長を務める青砥和希さんは、白河市内にある県立高校の卒業生です。高校を卒業したほとんどの若者が進学などのために地元を離れてしまう白河市の地域性を背景に、地元で過ごす最後の3年間となる高校生に焦点を合わせプロジェクトに取り組んでいます。そこには自身の後輩となる白河市の高校生世代へのこんな思いがありました。
「この地域には大学がありません。小学生は自分たちの“先輩”として中学生の姿を見ればいい、中学生は高校生を見ればいい。でも高校生が頼ることのできる先輩がまちにいないんです。それが大学のない地方のまちの課題で、高校生が出会える大人の数を増やしたいと思い、EMANONを立ち上げた当初から高校生にこだわって取り組みをしてきました」
EMANONは、高校生はドリンクが半額ですが、注文しなくても無料で滞在することができます。やってみたいことや困りごとなどの話し相手となるスタッフもいます。同時に地域のカフェとしてさまざまな人が訪れ、同じ空間で各々の時間を過ごしていきます。「多様な年齢層が入り混じる場の方が、自分自身の多様性に気づくことができる」と青砥さんは考えます。
最初は友だち同士でカフェを利用しにきた高校生が、自分の居場所として時間を過ごしにくるようになったり、スタッフとの何気ないやり取りの中で自分のことを口にしたり、地域の大人との接点が生まれたりする。バンド活動をやってみたかった高校生が、EMANONで音楽好きの仲間を見つけ、学校や学年の枠を超えたバンドをつくり、さらに地域の人たちも巻き込んだライブイベントを成功させたこともあったといいます。オープンから10年が経ち、EMANONではそうした光景が日常の風景となっていました。
未来の準備室の理事であり、キュレーターとして演劇やダンスの表現ワークショップを企画する佐々木郁哉さんは、EMANONで生まれるつながりや活動についてこう話しました。
「誰かが活動し始めると、その姿を見て仲間が増えていくんです。本当に小さな一歩でも、ここでやりたいことができるという発信をすることで、ほかの誰かが勇気づけられて、最初のステップの後押しになっているのだと感じます」
10年経っても変わらない高校生の悩みと高まるリアルな場の価値
2025年度だけで新たに250人を超える高校生が利用会員となったEMANON。2016年のオープンから数えると、高校生の利用者は通算でおよそ3,000人となりました。10年の間に白河市の高校生の状況はどう変わったのか、立ち上げ当初からの変化を青砥さんに聞きました。
「全体的な変化としては、通信制高校に通う子が増えたという点があります。通信制高校は今やごく一般的な選択肢のひとつになりましたが、大人がまだその感覚に追いついていない印象です。また10年前の高校生はこの土地でリアルに震災を経験していて、共通言語としての“震災”があった。でも今の高校生は当時まだ小さかったので、学校や自治体の取り組みなどで『震災からの復興のために』といわれても、同じ感覚は共有できていないんじゃないかなと思います。ただそれらは大枠の変化であり、ここに来る高校生一人ひとりの話を聞いていると、家族や学校、同級生との関係で悩んでいたり、家と学校だけではつかれてしまう、やりたいことができないなど、相談される内容としては変わらないことの方が多いのかもしれません」
また10年前との違いとして、ITの発達やSNSの普及も挙げられました。SNSでは大人の想像を超えたつながりが生まれることがあり、そこに自分の居場所を見出す若者も増えています。手軽で便利なツールである反面、常にリスクにさらされていることも事実であり、だからこそ「対面で相談できる人がいる場の価値は高まっているはず」と青砥さん。
思春期であり他者との関わりに敏感な年頃の高校生との接し方や関係性の構築について、佐々木さんは「決めつけないこと」を意識しているといいました。
「大人でも子どもでも、その日の気分によって居場所に求めることも違います。一人ひとりが違うというのはもちろん、訪れた子の目的を決めつけず、なるべく言葉を交わしながら『今日何を求めているか』をキャッチするようにしています。普段はどちらかというとアクティブな子でも、本当に休みたいときもある。そういうときはそれまで取り組んでいた活動があっても、無理に進めようとしたりはしません。また、高校生との関わり方や、利用する高校生の状態をスタッフ間で共有する伴走ミーティングを定期的に行っています。情報を共有して複数の目で見ることで、高校生それぞれに対する見立てが偏らないように気をつけています」
高校生を取り巻く課題を地域社会全体の課題にするために。必要な大人の意識改革と組織連携
現在、未来の準備室ではサントリー“君は未知数”基金を活用し、たくさんの高校生の居場所であり活動場所として機能しているEMANONを、さらに多様な価値観を持った多世代の人たちのさまざまな声が響きあう「ポリフォニック・ユースセンター」としてアップデートさせることを目指しています。
ポリフォニック・ユースセンターとしてEMANONが掲げる軸となる方針は、「声を上げられる場へのアクセシビリティ保障」と「聴いた声を確かに社会に届けるアドボカシー保障」の2つ。白河市に根差し10年活動を続けてきても、EMANONが出会えていない高校生はまだまだたくさんいます。そこでより多様な高校生へのアプローチとして、午前中からの居場所オープン、「みんなでご飯を食べる会」の開催、遠くから電車でアクセスする若者に向けた交通費補助などの仕組みづくりに取り組んでいます。
また高校生と地域の人をつなぐプラットフォーム「うずうず」でのボランティア活動や、公立高校での学校内居場所も、高校生とつながるきっかけのひとつです。同法人ではあらゆる視点で高校生と地域のニーズを捉えながら、高校生にも地域にも変化をもたらす接点をつくり続けています。
「主体的に活動できる場がほしい子もいれば、完全に受け身でいていい居場所が必要な子もいます。そのどちらでもなく、求められたら力を発揮できる場、誰かの役に立てる場であれば入りやすい子もいる。また公立高校の学校内居場所には、EMANONとは違う多様性があります。だから本当にいろんなアプローチが必要なんだろうと感じています」と青砥さん。
さらに高校生たちが自分の思いを表現する手段をつくるとして、プロの演劇家などによる表現ワークショップの開催も始まりました。身体を使い架空の物語を人に伝える演劇の手法は、自分自身の置かれている状況や感情を表現する手段となっていきます。演劇ワークショップを担当する佐々木さんは、高校生向けのワークショップと同時にスタッフ研修にも演劇の手法を取り入れ、演劇の専門家たちと議論しながら、より幅広い表現手段の創出に取り組んでいます。
「文化芸術や演劇の手法は、『これがルール』『これが自分』と思い込んでいるものから自由になって、自分自身に価値を見出すためにとても役に立ちます。もっと楽しいと思える学びや、自分らしく表現できる手段があるかもしれない。自分のイメージも自分が思い込んでいるだけかもしれない。そういうことから試行錯誤して、自分がまだ出会えていない自分に出会う場をつくっていきたいと思っています」
こうして高校生たちが発した声を、地域社会全体の課題として大人が受け止め、地域をより良く変えていく。そんな循環をつくっていくためには、まず地域の大人が変わっていく必要があると、未来の準備室ではこれまで以上に地域への発信や地域の中での連携に注力しています。組織の枠を超えた協働の重要性を、青砥さんは強調しました。
「現在、EMANONを利用する高校生の10人に1人は通信制高校の生徒です。市立中学や県立高校で何かしらつまずいたり傷ついたりしてきた子も多い。そうした子たちと話していると、僕らだけでは受け止めきれない課題もあると感じます。高校生のために何ができるか、どういう環境が必要かなど、公立・私立の教育機関、行政、僕たちなど、組織同士で目線を合わせた対話や連携の仕組みをつくっていかないといけません。また僕たちはユースワーカーであり、課題解決が先に来ないようにするということを前提としています。まず高校生一人ひとりと僕たちとの関係性がある。お互いが心地よく過ごせる関係性があるからこそ、ふとしたタイミングで彼らがモヤモヤしていることを話してくれたりするんです。そこで気になることはスタッフ間で共有し、深刻なケースであればソーシャルワーカーやスクールカウンセラーなど、地域の中で価値観を共有する専門家の方に相談することもあります。だからこそ地域の中でいろんな領域の人や組織とつながる必要性を本当に感じています」
仲間を受け入れる仕組みをつくり持続可能なポリフォニック・ユースセンターに
高校生の居場所づくりや活動の支援に取り組んできたこれまでの経験を基盤とし、高校生の声を地域に届け、地域全体を変えていくことを目標に掲げた未来の準備室。ユースワーカーであるスタッフだけでなく、行政職員や教員、地域住民みんなが高校生の声に耳を傾けるスキルを身につけた地域にするため、ワークショップや意見交換など、継続性のあるさまざまな取り組みが求められます。さらにこれまでの取り組みで積み重ねてきたノウハウや仕組みを、ほかのエリアにも活かせるような汎用性のあるモデルにすることも視野に入れているといいます。事業のアップデートにあたり、目下の課題となっている人材と仕組みづくりについて青砥さんに聞きました。
「うずうずの取り組みなどは、ほかの地域からも依頼が来るようになりましたが、職員が限られているのでニーズに応えられていない現状があります。コーディネートを任せられる人材も増やしていきたいですが、活動を広げるための仕組みが未構築なので、やりたいと言ってくれる人がいても受け入れることができない状態です。またEMANONにはスタッフと話をしたくて来てくれる子も少なくないのですが、スタッフが足りず対応しきれないことも出てきています。近隣地域から電車で通ってくれる大学生も、やはり大学があると来られなかったりもするので、EMANONという居場所の価値をもっと地域に伝えて、この場所を一緒に支えてくれる地域の方を増やしたい。と同時に一緒にやりたいと言ってくれる仲間をどう受け入れていくか、その仕組みを構築する必要もあると感じています」
そこには単なる人材不足ではない、大学生がいないまちの課題が浮き彫りになっていました。うずうずの立ち上げや高校生主体のマイプロジェクトの枠組み構築に携わってきた理事の湯澤魁さんは、2026年度から青砥さんに代わり法人の理事長に就任します。来年度からの課題への取り組みについて、湯澤さんはこう話しました。
「これまでEMANONの中で響きあう高校生の声に意識を向けてきましたが、そこからこの地域全体で声が響きあうように、いかにEMANONの役割を拡張していけるか。それが来年度からのミッションだと思っています。僕は尼崎にあるユース交流センターの職員もしていますが、尼崎のユースカウンシル事業では、行政に対して5年間にわたり若者の声を伝え続けてきました。その結果、市役所のみなさんの捉え方が少しずつ変化し、働きかけに対する本気度が増していきました。この変化は本当にすごいことですが、それだけ地域社会を動かすエネルギーが若者にはあるということです。そのエネルギーを白河市でも見える化していきます。
またEMANONを10年やってきたというのは、僕たちの強みでもあります。立ち上げ当時高校生だった子たちはもう20代後半になっていて、そのうちの何人かは地元に戻って、仕事終わりにEMANONに高校生とおしゃべりをしに来てくれるんです。それは僕たちにとって希望であり、そういう人たちやその友だちなどに、この居場所のつながりを広げていったり、東京など都市部在住で活躍の場を求めている学生が来るような流れもつくれたらと思います。そのためにもフルタイムのスタッフを増やし、仲間を受け入れる仕組みづくりにエネルギーを注いでいきたいです」
現在、未来の準備室の運営は、白河市の「コミュニティ・スペース運営事業」など行政からの委託業務のほか、100名ほどのマンスリーサポーターからの支援にも支えられています。今後は地元の企業などとのつながりを構築していくことも目標のひとつであると湯澤さんはいいます。
「私たちの活動エリアにある企業や工場などには、地元の人材が勤務しています。そういうところとは地元の高校生のために必要な支援をするという感覚は共有できる気がしています。今後は地元の企業ともしっかり連携した取り組みができるよう働きかけていきたいです」
最後に今後の展望を聞くと、青砥さんが「学芸会をしたい」と切り出しました。
「これまで高校生の探究活動の発表や大学生の卒論発表など、“学”を発表する場はつくってきたんです。ただ学びと遊びが分かれていると感じていました。本来は楽しいから学ぶし、学ぶと楽しい。今新しい取り組みとして演劇のワークショップなどもやっているので、その集大成として学びと遊びがどちらもあるような学芸会をやりたいと思っています。EMANONは普段は安心安全な中で自分を表現できる場ですが、年に一度くらいは、普段とは違う人たちも見られるような発表の場をつくり、この取り組みの価値を伝えていきたいです」
【一般社団法人未来の準備室】
福島県白河市本町9
https://pj.emanon.fukushima.jp/
コミュニティ・カフェ EMANON
営業時間/月・金15:00〜20:00、木10:00〜20:00、日12:00〜17:00
https://www.instagram.com/cafe_emanon/