「サントリー“君は未知数”基金」2025年採択団体のひとつである「特定非営利活動法人 侍学園スクオーラ・今人」は、民間教育施設の運営を中心に、社会的孤立や困難を抱える若者支援に20年にわたり取り組んできました。今回採択された「10代の成長支援プロジェクト〜つながる場所と未来づくり事業〜」では、高校内に開設する居場所カフェ「SAMUカフェ」の拡充と、新たな就労体験型の「デモンストレーションカフェ」の開設を目指しています。今回は侍学園スクオーラ・今人のある長野県上田市を訪問しました。
支援の手からこぼれる若者と「生きる力」を育む学校
侍学園スクオーラ・今人が同名の教育施設(以下「サムガク」)を開校したのは、2004年。理事長の長岡秀貴さんが母校である上田西高校で教員をしていた26歳のときの元教え子4人と共に立ち上げました。現在上田本校と沖縄校の2校があるサムガク。全年齢が対象の「オルタナティブスクール」を名乗り、従来のフリースクールとは一線を画した独自のアプローチを取っています。
スタッフの志摩治男さんは「設立当初から、不登校児童生徒だけでなく高校を卒業したグレーゾーンの若者も対象にしていました。高校までは教育体制が整っていますが、卒業後に福祉サービスを受けるまでには至らない『社会参加不全状態』の方々のためにつくられた学校です」と話します。
現在、サムガクには29名の生徒が在籍(2025年12月現在)。通学している16名に加え、サムガクを休学しながら就労を目指す生徒が13名います。年齢層は思春期から青年期まで15〜46歳と幅広く、20代が中心です。北は岩手、南は沖縄と全国から生徒が集まっており、自宅から通学する人のほか、8名の寮生が共同生活を送っています。受け入れ年齢の幅広さは、社会的孤立が10代で始まり、成人後も継続するケースが多いことを物語っています。
サムガクの大きな特徴は、「学校形式」であることと、授業内容へのこだわりです。
生徒たちは朝9時半に登校し、決められた時間割に沿って授業を受けます。ただし、科目は英語や数学といったものではなく、不動産屋での家の借り方、お金の貯め方、身だしなみの整え方など、卒業後も自立して生活していくために必要な「生きる力」を身につけるための実践的な内容が中心です。それだけでなく、農業体験や筋トレなど、身体を動かす活動も組み込まれています。これらは、進学・就労だけでなく、詐欺・搾取・有害な人間関係から身を守るための基礎スキルとしても機能します。
寮生活も重要な教育の一環です。昼食は専門のスタッフが用意しますが、朝と夕方の食事は生徒たちが分担して準備。メニューは決まっていますが、食材の買い出しから調理まで、すべて自分たちで行います。
「寮生活は集団生活ですし、調理なども覚えることになります。生活リズムが整いやすく、対人技能も自然に身につくため、通学生よりも入寮した生徒のほうが成長が早く、卒業までの期間も短くなる傾向があります」と志摩さん。
スクールの在籍期間は個人のペースに応じて柔軟で、なかには10年近く在籍している生徒もいるそうです。
卒業要件は、「経済的自立の可能性」「精神的自立の可能性」「自己選択・自己決定能力」の3つ。本人が希望し、スタッフ全員が合意することで卒業となります。ある程度就労して自分の必要な費用を賄えること、家族との関係を修復できること、生活をしながら自分で決断できることが重視されています。
学校のなかに生まれた生徒と先生をつなぐ「居場所」
今回採択された事業の柱のひとつが、公立高校を中心とした学校の中で開くカフェ「SAMUカフェ」の拡充です。
孤立しがちな生徒にとっては、学校に行くこと自体がハードルになることも。SAMUカフェは、そうした生徒たちが「まず学校に来る」きっかけをつくる場所として機能しています。親や先生以外の大人との会話や、学年を超えた生徒同士の交流を通じて、安心して過ごせる居場所を提供しています。
SAMUカフェを導入している長野西高校望月サテライト校の丸山明久副校長は「生徒たちと関係性を築いてくれるのはありがたい。なかなか学校に来られない生徒も多いなかで、ここをきっかけにまずは学校に来ようと思ってもらえるならうれしいです」と話します。
授業に出席するのは難しくても、カフェには来られる。そこから少しずつ、学校との距離を縮めていく生徒もいるそうです。
SAMUカフェは、今回訪れた長野西高校望月サテライト校(通信制)以外にも、上田高校(定時制)、東御清翔高校(多部制)などで実施。ほかの高校への展開も模索しています。
「うっかり労働」で若者に稼げるという自信を
採択事業のもうひとつの柱が、「デモンストレーションカフェ」。月曜日と木曜日の15〜18時、上田市役所前のメインストリート沿いにある飲食店のアイドルタイムを活用して営業しています。
上田高校から徒歩1分という立地を活かした特徴のひとつは、若者がカフェ店員の就労体験ができること。ドリンクの提供や接客、清掃など、カフェの運営に必要な業務を担当します。
この日就労体験をしていた上田高校の生徒は、高校に掲示されたポスターを見て参加したそう。「もともとアルバイトを探していたわけではありませんでしたが、興味を持って参加しました。『働く』を体験できるのがいいと思います」と話します。
長岡さんがデモンストレーションカフェで重視するのが「中間就労」という考え方。いきなり本格的な仕事をするのではなく、緩やかな形で働く経験を積んでいくことを大切にしているのだといいます。
「就労には、働いて賃金を手にすることで自己効力感を得たり、自分にお金を稼げる力があることに気づけるというメリットがあります。でも若者たちと会話するなかで、彼らが賃金を手にすることに恐怖を感じていることを知りました。お金をもらった瞬間に責任が生じますが、自分にその責任を取れるだけの仕事をする力があるのかわからない。だからビビっているんだと。責任を負うことへの不安が、働くこと自体のブレーキになっている若者が多いのです。
こうした背景から、デモンストレーションカフェでは働くことへのハードルを下げ、『楽しくカフェ体験をしていたらお金をもらえた』という“うっかり労働”を目指すことにしました。これは、責任の重さを段階的に調整できるため、就労への恐怖を抱える若者にとって画期的なアプローチです」
また長岡さんは自身の経験から、「生徒に働ける自信を持ってもらうには一般のお客さんが来る飲食店が適している」と話します。
「孤立しがちな若者の多くは、自分の意見や信じているものに対するこだわりが強く、違う意見に対する抵抗感を表情や態度に出してしまう。これが人間関係のトラブルのきっかけになってしまうんです。これを解消するために、みんな話す力を磨こうとしますが、むしろ話を聞いているときの表情や姿勢など、聞く力を訓練することが大切。飲食店での接客はそうした訓練にすごく有用だと考えています」
また、デモンストレーションカフェでは「ENめぐりチケット」というユニークなサービスがあります。1000円でこのチケットを購入すると、コーヒーを500円で飲むことができます。残りの500円はほかのお客さんが使えるチケットとして提供。買い手はどのような人に使ってほしいかメッセージを添え、該当する方がドリンクを飲めるという仕組みです。
「最初は買ってくれる人がいるのかと不安でしたが、すごく反響がありました」と長岡さん。チケットが、お客さんがカフェに訪れるきっかけにもなっています。
スタートから2カ月を迎えるデモンストレーションカフェ。すでに2名の高校生が就労体験に参加し、問い合わせも増えているといいます。
26歳の決断が育んだ支援哲学
若者支援に20年以上取り組んできた長岡さん。その支援の根底には、独自の哲学があります。
長岡さんがサムガクの生徒たちに伝えているのが「この仕事で食べていく、ここでもらった対価で自分の命を今日から明日につないでいく」という「ライスワーク」の考え方。ライスワークさえできていれば、好きなことに自由にトライしていいと伝えているそうです。
ライスワークの考え方は長岡さん自身の経験から身についたといいます。
長岡さんは26歳のとき、高校教員を辞めてサムガクを立ち上げました。「高校の教員は決まった時間に出勤をして、授業をして、決まった日に給料が入る。この仕事なら続けられると感じた一方で、本当にこれでいいのかとも思っていました」と当時を振り返ります。それは大学時代に生きづらさに苦しむ子どもや若者たちの現状を知り、「公教育で見放されがちな若者が生きる力を手に入れる学校をつくりたい」という夢を持っていたからです。
その後覚悟を決めて教員を辞め、サムガクを開校。当初はなかなか生徒が集まらなかった時期もあり、「家族はどうやって養うんだ?」と人に聞かれたときは「家族を養うためにライスワークとして8時間働く。どんな労働でもする」と答えていました。
実際に飲食店の経営で収入を得ながら、サムガクの活動を続けてきました。利益にならないアウトリーチやカウンセリングに費やす時間は、将来への投資と捉えて取り組んだそうです。
課題に向き合い、若者が社会とつながるゲートを増やす
現在、サムガクが直面している課題もあります。
ひとつは、公的支援の不足です。障がい福祉サービスであれば公費が出るため生徒の利用料はほとんどかかりませんが、サムガクは対象外。そのため、生徒側に授業料や寮費などの金銭的負担が生じます。「利用したい生徒のなかには経済的に厳しい方も多いので、マッチングが難しい」と志摩さんは話します。
行政との連携も課題です。長野県の東信地区では、不登校の生徒がサムガクに通うことで「出席扱い」になる自治体もある一方、一部では認めていない自治体もあります。この制度差は全国的な課題であり、自治体とフリースクール等との連携体制の整備が求められています。
また、若者の社会的孤立も深刻です。上田市内には無業状態の若者が2000名程度いると推計されています。これは長野県で人口的に第三の都市としては非常に高い数値であり、早期のアウトリーチと就労体験の重要性を示しています。「子どもに関する問題には行政も素早く対応しますが、若者や大人となると自己責任論もあって対応が進まないことも多い。でも20歳を過ぎている若者は、ちょっとした気づきと経験があれば次に進める即戦力です。若者への投資は地域の財政的な問題も解決しうる社会投資になるのです」と長岡さんは指摘。こうした若者を社会と接続させるには行政との連携が欠かせません。
そうしたなか、サムガクは地域や企業との連携に注力してきました。
毎年4月に開催される学園祭「今人祭」には多くの地域住民が訪れます。最近はマルシェも開催し、100名以上の地元住民が来校しました。志摩さんは「こうした機会を通じて、地域住民のみなさんへの認知や理解を広げたい」と話します。
企業連携では、株式会社バリューブックスなど就労受け入れに協力的な企業と連携し、生徒の経済的自立を支援。多くの生徒が、就労支援を通じてアルバイトとして働き、経済的な自立を目指しています。
「若者支援はゲートを通過させることが大切」と長岡さんは指摘します。社会とつながるゲートをくぐれば支援の手はありますが、そこを通れない、あるいは通るきっかけがない若者が大勢いるといいます。
そこで、社会のあちこちにそのゲートを用意して、支援の手を届ける。サムガクの活動の根底にはこうした考え方があるのです。
サントリーとの協働について、長岡さんは「サントリーのような知名度の高い企業が若者の課題について発信してくれるだけでなく、そういった企業と協働することで私たちの活動が広がり、社会的認知が高まることも期待しています」と話します。
カフェという誰もが訪れることのできる場所を「ゲート」として活用し、若者が社会とつながるきっかけをつくる。働く経験を通じて自己効力感を育み、自分らしく生きる力を身につける。そして地域全体で若者を支える文化を醸成していく。サムガクの取り組みは、単なる若者支援を超えて、新しい社会のあり方を示しています。そのアプローチは地方都市だけでなく、都市部にも適用可能なモデルとして注目されています。
【特定非営利活動法人 侍学園スクオーラ・今人】
長野県上田市本郷1524-1(上田本校)
https://www.samugaku.com/