2025.09.05

未来をひらく挑戦と対話。サントリー“君は未知数”基金 第2回合同レビューを開催

未来をひらく挑戦と対話。サントリー“君は未知数”基金 第2回合同レビューを開催

サントリー“君は未知数”基金は、「子どもたちを見つめる・支えるNPOを応援する」ための公募助成プログラムです。今回は、第2期として7つの団体が採択されました。

2025年7月17日、第2期の採択団体への2年間の助成期間の開始にあたり、「サントリー“君は未知数”基金の合同レビュー」が開催されました。採択団体やフェロー、事務局スタッフが一堂に会した本イベント。団体の課題や悩みについて意見を交わすミートアップや、2024年度の採択団体も交えて行われた、アドバイザーである山極壽一さん(総合地球環境学研究所所長)とのダイアログの様子をお届けします。

「やってみなはれ」の精神で、諦めることなくチャレンジできる世の中に

合同レビューは、2025年採択団体による自己紹介からスタート。それぞれの取り組みと採択事業の概要、さらに現在抱えている悩みや2年後の目標などを共有しました。

続いて、“君は未知数”を担当するサントリーCSR推進部長の一木典子が挨拶しました。この取組みには、サントリーのバリューである「やってみなはれ」と「利益三分主義」の精神が色濃く反映されています。思春期世代への支援は、サントリーのパーパスにもある「人間の生命(いのち)の輝き」を目指す環境づくりのための取り組みだと説明。一木は、「“君は未知数”を通じて、NPOのみなさんと一緒に社会的なインパクトにつなげていきたい」とあらためて呼びかけました。

サントリーCSR推進部長の一木典子

また、今回の合同レビューには、山本未生さん、藤井基貴さん、水谷衣里さん、谷真海の4名のフェローが参加しました。今年フェローに加わった谷は、サントリーホールディングス CSR推進部在籍のパラリンピアン。19歳のときに脚の一部を失ったという谷は、運に恵まれて活躍できるフィールドと出会えたといいます。「困難な状況にある子ども・若者たちがその運命で諦めることなく、チャレンジできる世の中を一緒につくっていきたい」と語りかけました。

フェローの谷真海

各団体が事業に込めた「未知」への挑戦

2025年度は7つの団体が採択されました。採択団体のみなさんに、それぞれの活動内容や採択事業に込めた想い、そしてサントリー“君は未知数”基金への期待や今後の意気込みについて伺います。

■アートで自己肯定感を育む「EGAKU」メソッドを全国へ

「一般社団法人ELAB」は、アーティスト谷澤邦彦さんが考案したメソッド「EGAKU」を通じて、子どもたちの自己肯定感向上に取り組んでいます。不登校やいじめ、自殺などの課題が深刻化し、子どもたちの不安と無気力が広がるなか、自分の感情を知り、取り扱う学びの機会を全国の約30校の公立学校に提供。今回の採択事業では、教育・福祉の現場での教職員による「EGAKU」活用支援と、育成メカニズムの検証・発信や政策提言を通じて、全国展開を目指します。

事業採択について、代表理事を務める石井美沙子さんは「社会的な意義や活動の大切さを深く感じていただき、団体として勇気をいただいた。心から感謝しています」と語りました。また、“君は未知数”基金では2年間という長期的支援を受けられるため、本質的で深いアプローチに取り組めることを期待しているといいます。「『自分のことが好きだ』という自己肯定感をはじめとした非認知スキルは、一般的に、数値で測ることが難しい領域です。今回のプロジェクトでは、アートによる学びが子ども・若者の自己肯定感や他者とのつながり、ウェルビーイングにもたらす効果とメカニズムを学術的視点からも検証し、それを多くの人に知ってもらいたい」と意気込みを示しました。

ELABの石井美沙子さん

■10代の育ちと身体表現を掛け合わせた事業の体制を強化

1999年の設立から四半世紀にわたり、プロの芸術家と子どもたちの出会いの場を創出してきた「特定非営利活動法人芸術家と子どもたち」。言語によるコミュニケーションが難しい子どもたちに対し、身体的なアプローチを通して「自分が自分であっていいんだ」と感じられる場づくりに取り組んでいます。今回、「アートによる10代の心身の回復支援事業 事務局体制強化」の事業が採択されました。

理事長を務める堤康彦さんは、採択されたことで「成果だけでなく『団体の基盤強化』を評価してもらい、『やってみなはれ』とチャレンジを促してもらえた」といいます。また、アドバイザーである山極壽一さんの「身体的な体験や身体感覚の重要性」に深く共感しており、それが活動のベースになっていることも示しました。堤さんは「活動が広がるなか、『ステージを上げる』ための大事な2年間だと感じている。『10代の育ちと身体表現の掛け合わせ』はほかにない取り組みで、今回の応援を機に未知の価値や可能性を社会に広げる事業にしていきたい」と語りました。

芸術家と子どもたちの堤康彦さん

■公益性を武器に若者の居場所の拡充を目指す

「若者の自死ゼロ」を目指し2004年に設立して以来、社会的孤立や困難を抱える若者支援に取り組んできた「特定非営利活動法人侍学園スクオーラ・今人」。今回採択された「10代の成長支援プロジェクト〜つながる場所と未来づくり事業〜」では、長野県内の孤立しがちな高校生を対象とした「高校カフェ」の拡充と、新たな就労体験型「デモンストレーションカフェ」の開設を計画しています。

今回の応募について、理事長の長岡秀貴さんは「大人の事情でこうした事業の継続が妨げられないよう、公益性を持たせたかった。採択を受けることで、行政が『ノー』と言えないようなアドボカシーを確実にしたかった」と戦略的な思いを明かしました。

ほかの採択団体と肩を並べることについて「褌を締め直す思いだが、ワクワクしながら事業を展開していきたい」とし、「今回提案した『種』が『畑』になったと言えるような成果を出し、それが20年後、子どもたちにとって『かっこいい』憧れの仕事になることを目指したい」と長期的なビジョンを語りました。

侍学園スクオーラ・今人の長岡秀貴さん

■「晴れ舞台」での就労体験で10代の可能性を広げる

「特定非営利活動法人ピープルデザイン研究所」は、「心のバリアフリー」をクリエイティブに実現する「ピープルデザイン」を提唱し、ダイバーシティ/インクルージョンなまちづくり活動を展開しています。今回、「就労に困難を抱える10代のやってみたいを実現する就労体験」事業として、障がいやひきこもり等で就労に困難を抱える10代に対し、JリーグやBリーグの試合、ロックフェスなどの「晴れ舞台」での働く体験の場の創出を目指します。

同事業はこれまでも実施しているものですが、今回の採択を機に、これまで以上に子ども・若者に向けて深く取り組むことになります。代表理事の田中真宏さんは「採択の指標として『思い』の部分を汲んでくれたと感じている。今回の採択がなければ、ここまで10代に目を向けて事業を行うことにはならなかったので、団体としても事業としても、とても良いきっかけをいただいた」といいます。

ピープルデザイン研究所の田中真宏さん

■「越境」と「夢中」を生み出すワークキャンプで子どもたちの将来の選択肢を広げたい

宮城県気仙沼市を拠点とする「一般社団法人まるオフィス」は、「10代が『夢中』を見つけられる社会」をビジョンに掲げ、教育とまちづくりに取り組んでいます。今回の事業では、高校生を対象としたボランティア合宿プログラム「01(ゼロイチ)ワークキャンプ」を実施。能登半島地震の被災地支援をきっかけにはじまったこのワークキャンプは、参加者全員が役割を担いながら主体的にプログラムを企画・運営。大人たちが引率者ではなく「サポーター」として意思決定を参加する高校生や大学生に委ねることが特徴です。

代表理事の加藤拓馬さんは「『夢中』になるポイントは、普段いる場所から知らない場所で誰かのために活動し、自己決定することにある」と分析しているそう。この事業は「新しいチャレンジで、途中で方向性が変わっていく可能性もあるなか、目標到達の仕方も相談しながら進められる形にワクワクしている」といいます。そして「将来の選択肢が広がり、何度でも選び取れるようになる社会を目指したい」と意気込みを語りました。

まるオフィスの加藤拓馬さん

■多様な声が響き合う「ポリフォニック・ユースセンター」で若者に表現の可能性を

「一般社団法人未来の準備室」は、福島県白河市を拠点に活動。築90年の古民家を改装し、2015年から高校生が無料で過ごせる「コミュニティ・カフェ EMANON」を運営しています。採択事業では、「ポリフォニック・ユースセンターの実現プロジェクト」として、従来のコミュニティカフェに、合理的配慮や表現ワークショップ、アドボカシー活動、アーカイブ活動の4つの機能を拡充。音楽用語で「多声部」や「多声音楽」を意味するポリフォニックの要素をユースセンターに取り入れ、10代の若者たちに表現の手段を届けることを目指します。

理事長の青砥和希さんは「まだ出会っていない未知のものが、子どもや若者のなかにも、私たちのなかにもある。普遍的な問いを探求しようという雰囲気があり、活動できることを楽しみにしている」と共感を示しました。理事でキュレーターを務める佐々木郁哉さんは、アートや表現の効果測定は難しいなか、“君は未知数”が「身体性」を重視していることに共感しているといいます。そのうえで、「子どもへの支援は学力や貧困などわかりやすいテーマになりがちだが、アートや表現が人生を豊かにすると信じている。このチャレンジを通じてその可能性を若者にも社会にも届けたい」と話しました。

未来の準備室の青砥和希さん

■部活動の地域移行を機に地域で学ぶ子どもたちを増やしたい

子どもや若者が「どうせやっても無理」という考えを乗り越えて新しいチャレンジができるよう支援する「特定非営利活動法人リベルタ学舎」。今回取り組む「中学校部活動地域移行を活性化させるモデル事業」では、神戸市で先行実施される部活動の地域移行に合わせてユースセンターを立ち上げ、中高生の主体的なチャレンジを支援します。

“君は未知数”基金について、代表理事の松田康之さんは「使用用途が緩やかで、ほかの助成金のような縛りがなく、NPOにとって使いやすくありがたい」「目標達成のためなら制限がなく、『やってみなはれ』という精神を感じる」と評価しています。松田さんは「拠点のある神戸市も部活動の地域移行を手探りで進めている。決まりきったプロジェクトではなく、中学生の声や地域団体の声を聞きながら形を変化させていきたい」と柔軟なアプローチで臨むことを語り、さらに「部活動の地域移行を機に、地域と中学生が密接につながり、地域で学ぶ子どもたちが増えるポジティブなイメージを描きたい」と話しました。

リベルタ学舎の大福聡平さん

その後、採択団体とフェローによるミートアップを実施。各団体に対してフェロー一人ひとりから、事業課題に対するアドバイスを受けました。

具体的なアドバイスに採択団体のみなさんも感銘を受けつつ、各テーブルでは白熱した議論が相次ぎ、活気に満ちあふれていました。

ミートアップの様子

生物学が解き明かす思春期世代の課題と可能性
~総合地球環境学研究所所長の山極壽一さんとのダイアログ~

後半は、2024年に事業採択された6団体も加わり、“君は未知数”のアドバイザーを務める、霊長類学者で総合地球環境学研究所所長の山極壽一さんをゲストに迎えダイアログを実施しました。

山極さんは、長年の霊長類の研究を通じて、人間の思春期にはほかの生物にはない大きな特徴があることがわかったといいます。人間の脳はほかの類人猿と比べて身体の成長を遅らせ、脳の成長を優先させることで発達しました。しかし、この時期は「人間の生命にとって危ない時期」であり、死亡率がもっとも高まる時期であると指摘します。

山極さんとのダイアログの様子

12~16歳ごろになり、脳の成長が止まると身体にエネルギーが集中しますが、そこで急速な身体成長を伴う「思春期スパート」が起こります。この時期は心身のバランスが崩れ、事故や精神的な問題、大人とのトラブルに巻き込まれるリスクが高まるため、時代や国にかかわらず死亡率が上昇する傾向にあるというのです。

人間は子どもの成長が遅いという弱みを補うために、母親以外の複数人が子育てに関わり、食料を与えることで、子どもが親以外の他者への信頼感を築くようになりました。これが人間の強みとなり、「共感力を高めて社会力を強化」する選択につながったといいます。

合同レビューの内容がまとめられたグラフィックレコーディング

特に注目すべきは、脳の大きさが成人並みになってから発達する「メンタライジング」という能力です。これは他者の心の状態を推測し、状況に応じて柔軟に行動を理解する力で、複雑な社会で生きるために不可欠な能力だと山極さんは説明します。

さらに山極さんは、「人間は言語が発達する以前から、『音楽的コミュニケーション』を通じて社会を形成してきた」といいます。「音楽のような遊びを通じて相手の身体と同調させることを覚える」など、人間にとって非言語コミュニケーションが根源的に重要だという考えを明らかにしました。

山極さんは現代社会について、情報技術の発展により身体を通じたコミュニケーションが減少し、情報だけのやり取りが増えたことで、「情緒的社会性が弱まっている」と指摘。また、自死もほかの生物には見られない人間だけの特徴的な行動だといいます。山極さんは、言葉が「もしこうだったら」という思考を可能にしたことで、不幸や死の衝動を呼び起こす側面も持ったと指摘します。

また、「人間は自分を定義できない。誰かが定義してくれないと不安でしょうがない」と述べ、他者からの承認と信頼できる仲間による「期待」が、人間の自己定義において重要だと強調しました。

山極さん

現場の実践と学術知見が交わる対話

山極さんの講演後、一木がファシリテーターを務め、採択団体と山極さんとの間で質疑応答が行われました。

ELABの石井さんは、アート活動を通じてコミュニケーションが苦手な子どもたちが内面を表現することで言葉が増える現象について紹介。現場で感じている非言語コミュニケーションと言語コミュニケーションの密接なつながりについて質問しました。

山極さんに質問をするELABの石井さん

山極さんは「絵はメッセージであり、言葉では伝えにくいものを直接的に伝えられる」と応じます。言葉は「意味」を伝えるが、絵や音楽といった非言語表現は感情や不在のものを伝え、他者との「同調」を生み出すことができると解説。特に遊びを通じて身体を同調させ、役割を真似て交代するプロセスが、相手の身体を知り、共感を育むうえで重要だと語り、アートを通じた学びの有効性を示しました。

芸術家と子どもたちの堤さんは、自閉スペクトラム症の子どもたちがアート表現において独特の才能を持つ一方で、その感覚や表現が周囲に汲み取られにくい現状と、身体との関係について問いかけました。

山極さんに質問する芸術家と子どもたちの堤さん

山極さんはゴリラや狩猟採集民の例を挙げ、「リズムを同調させる」ことの根源的な重要性を強調。人間の言葉はメロディであり、抑揚やピッチ、トーンで感情が伝わるとし、自閉スペクトラム症の子どもたちはリズムに長けている可能性があるため、パーカッションなどを通じた音楽的コミュニケーションが周囲とのアクセスを容易にする可能性があると示唆しました。さらに、言語の獲得が「意味」に焦点を当てすぎた結果、人間が本来持っていた身体的感覚やメロディとの同調能力が欠落した側面もあると指摘し、身体表現の重要性を再確認させる内容となりました。

2024年採択団体である特定非営利活動法人miraito(旧:SET)の上田彩果さんは、ユースセンターに来る子どもたちがSNSで友達をつくることが多い現状に触れ、それが「本当のつながり」なのか危うさを感じると提起。SNSやAIの発展が止められないなかで、リアルなつながりをどう育むべきかについて質問しました。

山極さんの言葉を聞くmiraitoの上田さん

山極さんは、昔の子どもたちは「なんの意味もなく群れて」いましたが、いまの子どもたちは友達の意味を考えすぎると答えます。真の友達とは「猿真似のできる存在」であり、目的のない群れのなかで互いに通じ合えるようになる環境が重要だと強調しました。また、SNSは子どもたちが真剣に向き合いすぎる傾向があるが、友達とはもっと「気楽に群れていられる」存在であるべきだとし、「食べる」など日常的な行為を通じて自然に集まる機会をつくることが重要だと指摘。そして、スマホは「真に必要なときに自分本位で使いこなせるようになるべき」だという考えを示しました。

続いてまるオフィスの加藤さんは、ワークキャンプで高校生が予測不能な被災地の現場に「越境」し、困難を乗り越える経験について述べ、この「越境」が人間特有のものなのか、その価値はどこにあるのかについて問いかけました。

山極さんは「越境は人間だけが行う」と断言。人間は集団を自由に渡り歩き、見知らぬ場所に行っても歓迎される能力を持つと説明しました。これは、人間が自己犠牲を払ってでも集団のために尽くすと誰もが思っており、異なる役割を演じつつも自己を失わない「演技力」に人間の本質があるためだといいます。このような能力が、信頼に基づいた共同体形成や、争いを解決するための「調停」の力につながると指摘。今回のダイアログを締めくくりました。

山極さん

子ども・若者支援の新しい価値観を織りなし社会に広げたい

イベント終了後、一木は「山極先生の講演や採択団体との対話は、まさにこの場だからこそ生まれたもの」とこの日を振り返りました。そのうえで、各団体の活動が、人間本来の在り方やいまの時代に求められている「幸せに生きる力」にとっていかに重要であるかを生物学的・哲学的な視点から示されたことで、心強く感じたと話します。

最後に、今期の採択団体に対して、「幸せに生きる力を発揮していくための成長プロセスに必要なこと、芸術的アプローチや集団生活、ともに食卓を囲むコミュニティ活動を実践している点に期待している」と一木。「昨期の居場所という『縦糸』と、今期もたらされる新しい関わり方という『横糸』が新しい価値観を織りなし、みなさんとともにその意義を力強く社会に広げていきたい」と語りました。

合同レビューの感想を語る一木

これから、“君は未知数”基金の第2期として2年間の事業期間が始まります。各団体がどのように取り組んでいくのか、これからの活動に引き続き注目していきたいと思います。

集合写真
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