2025.01.20

サントリー“君は未知数”基金2024採択団体訪問記/一緒に過ごす時間が人を動かす。“指導者”も“支援者”もいない「京都わかくさねっと」の居場所づくり

サントリー“君は未知数”基金2024採択団体訪問記/一緒に過ごす時間が人を動かす。“指導者”も“支援者”もいない「京都わかくさねっと」の居場所づくり

「こどもたちを見つめる・支えるNPO等を応援する」ための公募助成プログラム「サントリー“君は未知数”基金」。2024年採択団体のひとつである一般社団法人京都わかくさねっとは、2016年から「すべての少女が自分らしく心豊かに生きられる社会」を目指し、虐待、貧困、いじめなど、困難な状況にある少女の居場所づくりをしています。安心できる場に通うことで次第に元気になり、人との関わりのなかでエンパワーされ、未来への希望を見出していく。そんな少女たちに寄り添う同法人の拠点となっている、京都市左京区にある「わかくさリビング・カフェ」を訪ねました。

求められているのは対等な人間関係と安心できる居場所

住宅街の一角にあるわかくさリビング・カフェは、少女たちが好きなように過ごせるシェアハウスのような場所。2024年4月に上京区から移転オープンしたこの拠点は、建物の1階はカフェとして地域にも開かれ、2、3階はプライバシーを守れる生活スペースになっています。少女たちが京都わかくさねっとと出会う理由はさまざまですが、これまで幾人もの少女たちが、わかくさリビング・カフェを通じて人とつながり、食事を共にしながら、時間をかけて社会への第一歩を踏み出していきました。

京都左京区にある一般社団法人京都わかくさねっとの拠点。1階カフェの扉を開くと、おいしそうな料理の匂いと温かさが出迎えてくれる
カフェスペースで活動について話す京都わかくさねっとのみなさんと、サントリー“君は未知数”基金事務局のメンバーたち。奥のソファは訪れる少女たちに人気のくつろぎスポットだ

同法人事務局を務める北川美里さんと奥野美里さん、渡部由紀子さんに、居場所を求める少女たちとの関わりや活動についての思いをお聞きしました。

——少女たちの居場所づくりを始めたきっかけを教えてください。

一般社団法人京都わかくさねっと事務局 北川美里さん(以下、「北川」):児童自立援助ホームのお手伝いで、そこに来る女の子たちと関わったことがきっかけでした。女の子たちと仲良くなるうちに、彼女たちが本当に孤独なんだということや、人とのコミュニケーションを求めていることを知り、同時に社会のなかで彼女たちが活動する場がないということにも気づきました。「わかくさリビング」や「わかくさカフェ」は、彼女たちの「もっと自分たちの居場所をつくりたい」という要望から始まっています。

わかくさリビングでくつろぐ利用者とスタッフ
少女たちがいつでも駆け込める場として、つながりをつくり主体的に関われる場として始まったわかくさリビングとカフェ(画像は移転前の居場所の様子)

——少女たちと関係性を築くなかで見えてきた、求められている居場所とはどんなものでしょうか。

北川:彼女たちに本当に必要なのは、支援や相談よりも、対等に話せる人とのつながりなのだと思います。それは、昔は家族や地域のなかにあった関係性ですが、今は人とのつながりが断絶された環境で成長してきた子たちもいます。本来ならいろいろな人とのつながりのなかで過ごすはずの思春期をおくれなかったことが、生きづらさの原因になっているのではないかと感じています。だからここで私たちは、一緒にごはんを食べて話を聞くということを続けてきました。ただそれだけのことですが、不思議なことに女の子たちは元気になっていくんです。
はじめは自分の食べたいものも言えなかった子が、夢を語るようになり、大学に入ったり、働き出したりする。ここでみんなとつながっていることで、失敗を繰り返しながらもチャレンジするようになっていきます。

一般社団法人京都わかくさねっと事務局 北川美里さん。保護司や更生保護女性会の事務局、児童相談所、DVに関する女性相談などの業務を経験し、少女たちの居場所づくりに取り組んでいる

——わかくさカフェやわかくさリビングには、どのような子たちがどうやってたどり着くのでしょうか。

北川:ほかの若者の居場所や友だちのつながりで、「あそこに行ったら無料で食事が食べられる」と聞いて来る子もいれば、ネットで検索して来る子もいます。また公的な機関で支援しきれないケースで、児童相談所や行政の福祉課、学校の先生が紹介してくれることもあります。家庭が崩壊して、寝る場所を求めて夜の繁華街にやってくる子たちは、犯罪に巻き込まれることもあります。そういう子たちにとっては最後の砦なのかもしれません。
ここに来る子たちは、自分を深掘りできる子が多いです。社会のなかでうまくやれなかった子も、きちんと自分で考えて自分の言葉で話してくれる。やはり対等な関係性のなかで自分のことを見つめる場所は必要なのだと感じます。

「ただいま」「おかえり」。ラベリングされない居場所の心地よさ

——家や学校などほかのコミュニティでは居場所が見つけられなかった少女たちが、なぜここでは自分の話ができるのでしょうか。

北川:生きづらさを助長しているもののひとつに「ラベリング」があると言われています。年齢や所属、障がい、家庭環境、犯罪歴などで、何らかの枠にはめられて自分というものを捉えられてしまう。ここに来る子たちの多くは、これまで何らかのラベリングをされて生きづらさを感じてきたのではないかと思います。私たちは基本的に名前も年齢も聞きません。何も聞かずに関係性が始まりますが、数回来ると大体みんな自分から話し出してくれます。
社会のなかではラベリングみたいなことがあるけれど、ここはそうではないということを徹底しています。それは女の子たちもわかっているようで、みんな配慮がある。新しくやってきた子に対しても、声をかけたり一緒にゲームをしたり、優しく接してくれます。

——スタッフのみなさんが少女たちと接するうえで大切にしていることはほかに何がありますか?

北川:ここではスタッフと利用者という線引きをしていません。ごはんを食べに来るうちにいろいろと手伝いもしてくれるようになった子たちが、新しく来た子の話を聞いたり、一緒にごはんをつくったりしています。私たちが意識しているのは、否定せずに話を最後まで聞くということ、そして「支援者」にならないことです。自分自身がこの場にいることを楽しむ。特に「支援者」という気持ちがあると、女の子たちはすぐに察しますし、対等な関係性にならなくなってしまいます。

一般社団法人京都わかくさねっと事務局 奥野美里さん(以下、「奥野」):ここでは関わる人同士は「友だち」みたいな感覚なのかもしれません。みんな割と最初から食事の準備など、お手伝いをしてくれますね。手が足りない、困っていると言うと、生き生きと動いてくれる。お客さんとしてただ座っているよりも、役割があって何かできることがうれしいのだと思います。

一般社団法人京都わかくさねっと事務局 奥野美里さん(写真右)。ソーシャルイノベーションを研究し、グラフィックレコーディングの手法を用いたファシリテーターやワークショップデザイナーとしても活動する

一般社団法人京都わかくさねっと事務局 渡部由紀子さん(以下、「渡部」):私はここでいつも食事をつくっています。入ってきたときにいい匂いがするでしょう。みんな家に帰ってきたときみたいに「ただいま」と言って入ってきますね。だからこちらも「おかえり」と応えます。ここに来るうちにそれが自然に出るようになりますし、まずはごはんを食べてもらえれば十分だと思っています。

——ただ一緒にごはんを食べるということや、ここで会う人同士の名前のない関係性が、少女たちにとって居心地の良さを感じる要因なのかもしれませんね。

渡部:福祉の支援や相談機関は、生い立ちからすべて自分のことを話さないといけないので、過去のことを思い出して辛いという子はいます。でもそれは公的な機関なのだから仕方がないことだと思います。そこではきちんと話さないといけないかもしれないけれど、ここでは話したくないことは話さなくていい。でもみんなでごはんを食べているうちに、「今日こんな嫌なことがあった」というような話が出ることがあります。

北川:私たちは専門家ではないので、診断したり進むべき方向性を説いたりはできません。悩み相談もお互いに言いたいことを言い合うようなざっくばらんな感じですが、そんな関係性が、女の子たちも「いろんな考えの人がいるんだ」と思ってちょっと楽になったりもするようです。

一般社団法人京都わかくさねっと事務局 渡部由紀子さん(写真右)。保護司や民生委員としても活動し地域に関わり続けてきた

人と関わり、地域と関わり、見いだしていく将来への希望

——1階のカフェ部分は地域に開かれていて、少女だけでなく地域の方も訪れると聞きました。

北川:女の子たちがここで人と関わるうちに元気になっていくという話をしましたが、大人でも話す相手がなく孤立し、生きづらさを感じている方はいます。それは、少女たちと同様、専門的な機関でなくとも、誰かと一緒にごはんを食べるだけで解決できる部分もあるのではないかと思ったんです。少女も大人もここに来て今日あったことなんかを話すだけで、明日への活力が少し湧いてくる。それでいいのではないかと思って、オープンなカフェにしています。

渡部:保育園帰りのお母さんが子どもと寄ってくれたときは、ちょうどハンバーグの日で、「ごはん食べて帰らへん?」って声をかけたらうれしそうに食べてくれましたね。天ぷらをつくった日はお父さんの分も持って帰らせたりして。あと、ひとり暮らしの学生さんが来たりもしますね。

奥野:小さなお子さんを連れて来る方がいると、女の子たちがその子どもと遊んであげたり、面倒を見てあげたりするんです。そういう光景が見られるのが、地域に開いている良さだと思います。

カフェの立て看板
京都わかくさねっとでは、「おとなこども食堂」や「わかくさモーニング」など、定期的に地域に開いたカフェもオープンしている
たくさんの人のお腹を満たしてきたカフェのキッチン。使い込まれた調理道具や食器から人の営みが伝わる

——2、3階のわかくさリビングはどういう場所なのでしょうか。

北川:家を飛び出して行き場がない子を受け入れることもあれば、ただ静かに休みたい子、勉強したい子など、いろいろな子が使う場所になっています。女の子たちが企画して、パーティーやイベントなんかもやったりしていますね。児童自立援助ホームでお手伝いしていたときから決めていたことですが、私たちは女の子たちがやりたいと言ったことは、基本的に否定せず全部叶えることにしています。

渡部:先日は、移転前の居場所に来てくれていた子たちの同窓会があって、30人以上集まりました。焼肉、お寿司にたこ焼きとリクエストがいっぱいきてすべてつくりました。ほかにもコーヒーを淹れてみたいという子がいたらコーヒー教室をしたり、成人式で振袖を着たいという子がいれば振袖を集めて着付けを習ってみたり。私たち自身も楽しみながらやっています。

わかくさリビングのみんなで過ごすリビングスペース(上)と滞在する人のための個室(下)

——一緒に食事をしたり、わかくさリビングに滞在したりした少女たちは、社会との関係性も少しずつ変化していくのでしょうか。

北川:本当にしんどい状況からよく立ち直るなといつも驚きますが、2、3年経つとみんな落ち着いて自立していきます。ここで過ごす時間のなかで自分を認めてもらえたという思いがあるようで、「この場所があったから進めた」と言ってくれたりします。

渡部:大学進学を目指すようになったり、看護師や弁護士などの目標を持って勉強を始める子もいましたね。私たちのところでスタッフをやるようになって自信がついた子もいます。学歴も生活環境もさまざまですが、自分のできないことをみんなの前でさらけ出しても、ここでは受け入れてもらえるんです。

北川:思春期から一歩を踏み出すチャンスがないと、生きづらさを引きずってしまうけれど、こういう場所があることで、抜け出せる子もいると感じています。ただ、やはり時間はかかります。長いと5年くらいかかる子もいる。その間に私たちと喧嘩して出て行ったり、自立したと思っていてもまた戻ってくる子もいます。それでも見放さない。これは行政の枠組みのなかではなかなか難しいことではないかと思っています。

「第14回国連犯罪防止刑事司法会議(京都コングレス)」に出展したときの集合写真
2021年に開催された「第14回国連犯罪防止刑事司法会議(京都コングレス)」にパネル出展。少女たちが200枚の写真とともに活動を紹介し、海外からの会議参加者らとコミュニケーションを図った

道筋もかかる時間も人それぞれの「生きづらさからの回復」をどう伝えるか

——現在の団体運営における課題はどのようなことでしょうか。

北川:資金と人材でしょうか。運営資金はほとんどが助成金でまかなっており、あとは寄付金です。現状では居場所やイベントなど現場を運営することにはしっかりと資金を使っていますが、広報活動など団体自体の基盤強化に資金や労力を費やすことができていません。私たちの大きな目的はこの活動を通じて社会課題そのものを解決していくことですが、目の前の現場にやるべきことが山ほどあり、その目的に向かって前進するというところになかなか力を注ぎきれないもどかしさがあります。でもやっぱり行政の支援などがなかなか届かない子たちが過ごせる場所が必要なのだということは、もっともっと社会に伝えていかなくてはならないと思っています。

奥野:私たちの活動は、時間をかけて話を聞いていただいてやっと伝わるようなところがあります。女の子たちの生きづらさからの回復や変化がわかりやすいストーリーにならないところに難しさがあると感じています。私たちはここで一緒にごはんを食べて過ごすだけ。それで力がついていく。そこに何があるのかを私たち自身がまだしっかりと言語化できず、「なんか知らんけどうまくいった」となってしまいます。でもその「なんか知らんけど」に、心理学などで裏付けができる部分もあるのかもしれない。自分たちの活動をどう伝えるかということも、今後女の子たちと一緒に考えていけたらいいですし、そういうところを一緒に研究できる方がいたら、もう少し説明しやすくなるのではないかと思います。

わかくさリビング・カフェの移転にあたり事務局が少女たちと一緒に作成したボード。自分たちの活動を振り返り、どんな居場所をつくりたいか、どんな社会を目指すかなどの声を出し合った

北川:そういう方も含め、人材は確かに不足しています。朝でも夜中でも、何かあったらすぐに駆けつけて話を聞くこともある。活動自体がスマートなものではないし、現場は今の自由で流動的な感じでいいと思っています。そのうえで組織として、現場と事務局をしっかり分けていく必要性を感じています。

民間だからできる、すべての人に必要な居場所づくりを社会に伝えたい

——抱える問題も必要な時間も一人ひとり違う少女たちに寄り添う現場は、本当に苦労も多いと思いますが、それでもこの活動を続けられるのはなぜでしょうか。

渡部:打てば響くということです。こちらが一生懸命にやっていればちゃんと返ってきます。その分、私たちは嘘をついたら絶対にダメですね。上辺だけの言葉では通じない。騙されることがあっても見放すことはしません。
私自身はもうすぐ80歳で、物忘れも早いしいろいろなことを失敗もします。でも女の子たちが、家に帰る前に忘れ物がないかチェックしてくれたり、思いを込めて接してくれるのが伝わってきます。だから私も何か役に立ちたいと思うし、ここに来ることが楽しいんです。

京都わかくさねっとのみなさん

北川:苦労がありながらも辞められないのは、やっぱりおもしろいのだと思います。私自身は福祉の専門家ではないので、自分がおもしろいと思ったことをやっていきたいと思っています。それから、ここでは私自身も否定されないということでしょうか。何かを思いついたら大変そうなことでも「こんなことやってみたいんだけど」と安心して言える。否定されるどころか、渡部さんや奥野さんがさらにアイデアを膨らませてくれて、最初の提案が輪をかけて大変になったりするんです(笑)。ここに来る女の子たちも同じで、安心して好きなことを言える場所なのだと思います。

奥野:私は大学院時代からときどき手伝いに来ていて、事務局にしっかり関わるようになったのは1年前くらいからです。そのころは私自身が悩みを抱えていたのですが、渡部さんがつくってくれた八宝菜を食べて、本当にとても温かい気持ちになったんです。ただ一緒にごはんを食べる、ただ話を聞いてくれる、私にちゃんと時間を使ってくれる。そういうことがすごくうれしかった。その経験があるので、ここに来る女の子たちも同じような気持ちかもしれないなと、年齢を超えた共通の意識を持っている気がしています。彼女たちと接しながら、あのときの私を助けてあげたいという気持ちがあるのかもしれません。

——「サントリー“君は未知数”基金」に期待することを教えてください。

北川:基金を使った具体的な取り組みは目下準備中ですが、私たちの活動を、この場所に来てくれる身近な子たちだけで終わらせてしまっては、採択された意味がないと思っています。嫌な目に遭わないように、騙されないようにと自分をガードしなくていい場所、そういう場所がすべての子に必要なのだということを、しっかりと見える化して社会に広めていきたいです。私たちが社会を変えるというよりも、違う生き方もあるということを発信していきたいですね。

奥野:たとえば今日のお話のなかでも出ていたような、「これはもしかしたらラベリングなんじゃないか」みたいなことを話し合う。その時間をつくっていくことも、“君は未知数”という取り組みを通じて、応援する人を増やすことにつながるのかもしれないと感じます。そうやって話す場をつくることで、たくさんの人がもう一度自分の胸に聞いてみたり、子ども時代のことを思い出したりすると、少しずつ人への接し方が変わっていくのかもしれません。

京都わかくさねっとのみなさんと、サントリー君は未知数基金事務局のメンバー

【一般社団法人 京都わかくさねっと】
京都府京都市左京区田中西浦町19(羊角湾カフェ)
075-202-3693
https://kyotowakakusa.net/

開所日時/水・木・金12:00~17:00 ※臨時休業あり
 おとなこども食堂 金17:00〜20:00
 わかくさモーニング 第2・4月10:00~12:00