やってみなはれ精神が生み出したフロンティア製品

「やってみなはれ」精神とは?

創業者鳥井信治郎は、どんな苦境に陥ちこんでも自身とその作品についての確信を捨てず、そして、たたかれてもたたかれてもいきいきとした破天荒の才覚を発揮しつづけた人であった。 それを最も端的に伝える言葉として彼がことあるごとに口にした日本語が『やってみなはれ』である。
冒険者としてのチャレンジング精神がサントリーのDNAとして創業100年以上経た今もなお、生きている。
現状に甘んじることなく、異分野・新しいことへの挑戦を続ける。
ここに、「結果を怖れてやらないこと」を悪とし、「なさざること」を罪と問う社風に根ざした主な商品をご紹介します。

フロンティア製品発売の歴史

甘味葡萄酒「赤玉ポートワイン」

1907年(明治40年)甘味葡萄酒「赤玉ポートワイン」

「日本人に飲んでもらうには、美しい色や適度な甘酸っぱさ、ころあいの酒精分が必要だ。本場のポートワインとは味も香りも色も違うかもしれない。しかし、この酒は世界のどこにもない日本の葡萄酒。日本のポートワインやで。」それは独自の味と品質、創意で信治郎がつくりあげた製品への思いであり、同時に事業の成功のためにはあらゆる努力を払う企業家魂の発露であった。

サントリーウイスキー白札
国産第一号ウイスキー
白札発売を記念して撮影

1929年(昭和4年)サントリーウイスキー白札

京都郊外、天王山の懐に抱かれた山崎の山峡に原酒を仕込んで5年。技術者をスコットランドに派遣し、信治郎自身も山崎工場に泊まりこみ、原酒の改良とブレンドに没頭した。そして遂に、日本では不可能、前人未踏と言われた、本場のスコッチウイスキーに負けない国産ウイスキーをつくる夢を実現した。

サントリーウイスキー12年もの角瓶(亀甲型)と現在

1937年(昭和12年)サントリーウイスキー12年もの角瓶(亀甲型)

1924年の蒸溜開始以降、熟成された原酒も豊富になり、遂に日本人の繊細な味覚に合った豊かな香味を備えた国産ウイスキーが完成。薩摩切子から発想を得た発売当初からの「亀甲紋」のボトル形状から、「角瓶」という愛称で親しまれる。1937年の発売以来、70年を超えて愛され続けているロングセラー 商品。

1950年発売のオールドから2006年発売のTHE サントリーオールドまで

1950年(昭和25年)サントリーウイスキーオールド

戦前である1940年に発売を発表しながら、戦争の影響で1950年に発売。 戦後人々の生活が豊かになっていくなか「オールド」は憧れの酒であり、日本のウイスキーの代名詞となった。そして2006年、最高のオールドをつくるという意味を込めて「THE サントリーオールドウイスキー」として新発売。キーモルトは山崎シェリー樽原酒を使用し、口当たりよくまろやかな味わいを実現した。

武蔵野ビール工場でのミクロフィルターろ紙の交換

1967年(昭和42年)サントリービール「純生」

アメリカのNASA(航空宇宙局)が開発したミクロフィルターの技術を利用し役目を終えた酵母を完全に除去することに成功。ビールを高温で熱処理しなくても、日持ちがするおいしい生ビールをつくる技術を生み出した。熱処理ビール一色の業界に、強烈なインパクトを与え、新しいビール時代幕開けへのパイオニアとなった。

オレンジ50

1974年(昭和49年)オレンジ50

ミカンを加熱すると独特の臭いが出る。中央研究所(現研究センター)では初めてこの臭いを抑え、しかもフレッシュ感を失わない技術を開発、日本のミカンを飲料にすることに成功した。この技術開発が濃縮ジュースが主だった当時の市場で、果汁飲料ブームを引き起こした。

ノーブルドール1975、ノーブルダルジャン1975 貴腐葡萄

1978年(昭和53年)ノーブルドール1975、ノーブルダルジャン1975

貴腐ワインは世界的に「ワインの帝王」「帝王のワイン」とも呼ばれ、素晴らしい香りと甘美な風味がその希少性とともに珍重されてきた。1975年、日本で初の貴腐ブドウを獲ることができた。その年の9月は5日晴れては2日雨が降るという天候で、ワイナリーのスタッフたちは腐敗を恐れて葡萄の一房一房の細かい観察を怠らなかった。ある日褐色化した房を試食し検査をしたところ、貴腐ワインを作るボトリティス・シネレア菌があることが分かり、早速日本初の貴腐ワインを作ろうと考えたが、収穫中に単なる腐敗に変化する恐れもあり大激論。ここで、「やってみなはれ」の精神を発揮し、適切な収穫を経て見事な貴腐ブドウを得ることができた。長い発酵期間と3年に及ぶ眠りを終えて、1978年にノーブルドール1975とノーブルダルジャン1975が世に送り出された。

ウーロン茶

1981年(昭和56年)ウーロン茶

当時、ペットボトルや缶入りの茶飲料はほとんど無く、急須で淹れた緑茶を飲むのが一般的であった。しかしウーロン茶独特の香り、深い味わいと切れのよさに大きな可能性を感じた川口一男と松井陽吉は、缶入りの飲料化への取り組みに猛進、茶葉の品質、抽出・製造方法、品質保持を徹底的に研究し、日本人の嗜好にあった冷たくて美味しいウーロン茶を開発した。食生活が脂っこいものに変化していくなか、ウーロン茶は食事中にゴクゴク飲めるお茶としても広まった。発売から20年。「お茶を買う」という価値観をつくったロングセラー商品。

サントリーピュアモルトウイスキー山崎

1984年(昭和59年)サントリーピュアモルトウイスキー山崎

1984年、山崎蒸溜所の蒸溜開始から60年を記念して、当時はまだ限られた人々のものであったシングルモルトウイスキーとして発売。山崎12年は年々進化をとげ、1989年の蒸溜所の大改修を経て得られた異なるタイプのモルト原酒を合わせて現在は造られている。その品質は、2003年ISC金賞受賞以来の数々の国際コンペティションでの受賞に示されるように、国内のみならず世界のウイスキーファンの認めるものとなっている。

モルツ

1986年(昭和61年)モルツ

「従来の米・スターチを使用したすっきりタイプのビールだけでなく、ビールに様々な香味を求めているお客さまもいるのでは?」。このような思いのなかで、コクを追及し、本物志向と味とを結びつけた麦芽100%の「モルツ」の商品化に着手。麦芽はタンパク成分、アミノ酸、核酸、ポリフェノールなど味の濃さを感じさせる成分が多く、従来技術の延長では麦芽100%では飲みづらい香味になってしまう。さわやかな飲み心地の中にもコクのある「モルツ」の味わいは、醸造技術者が試作と技術開発を重ねた上に生み出された。

サフィニア

1989年(平成元年)サフィニア

「誰でも簡単に育てられ、長くきれいに咲き続ける花を作れないか?」花事業を始めるに当たって描いた夢だ。匍匐性のペチュニア野生種を利用して、全く新しいタイプの、春から秋までしだれ咲く強健なペチュニアを作出、夢を実現した。さらに、酒類や飲料で培ったマーケティング手法を園芸業界に持ち込み、従来なかったラベルつき苗、高級苗物市場を創出した。サフィニアは1990年代の園芸ブームの主役となり、いまでも世界中で愛されている。

BOSS

1992年(平成4年)BOSS

「働く男の相棒コーヒー」として缶コーヒーのヘビーユーザーに納得していただくことに徹した商品設計を行った。缶コーヒー職人たちによる、コーヒー豆の選定とブレンド、独自焙煎および独自抽出技術の開発、コーヒー・ミルク・砂糖の最適バランスの追求・・・。缶コーヒーとしての美味しさに徹底的にこだわった。発売後、 わずか3年で3千万ケースを超えるビッグブランドに急成長した。

セサミン

1993年(平成5年)セサミン

伝承として健康に良いことが知られていたゴマの機能を科学的に裏付けることに挑戦し、ゴマに含まれる微量成分ゴマリグナンのひとつ「セサミン」の機能解明に成功した。その後、ビタミンEと組合せて、健康成分セサミンをより効率的に摂取できる「セサミンE」を開発。健康食品事業の第一号商品として発売以来、健康を願う多くのお客様に高い評価をいただいている。

ザ・カクテルバー

1993年(平成5年)ザ・カクテルバー

バーでしか飲めなかったカクテルを、家庭でも手軽に楽しんでいただくため、シェーカーをイメージした透明瓶を使用し、カクテルの美味しさと、色の美しさ、バラエティーの楽しさを世に送り出した。ウオツカ、ジン、ラムなどのスピリッツと、様々な本格リキュール、果汁などを巧の技でブレンド。ザ・カクテルバーは、日本の低アルコール飲料の世界を拡大した。

発泡酒「ホップス<生>」

1994年(平成6年)発泡酒「ホップス<生>」

バブル経済の後、低価格輸入ビールが登場する中で、日本のお客さまの嗜好に合う美味しくて、かつ価格面でも喜ばれる商品の開発が具体化した。そこで、価格に占める割合の高い酒税に着目。ビールの要件の一つである麦芽比率が67%を下回ると税率が低下し、‘雑酒-発泡酒’になる。麦芽比率が下がることによる香味への影響を原料・酵母・醸造技術でクリア。お客様にご満足いただける味わいの「ホップス<生>」が誕生、安価でうまい発泡酒市場を形成する起点となった。

ムーンダスト

1997年(平成9年)ムーンダスト

1990年、サントリーはオーストラリアのベンチャー企業と青いバラとカーネーションの開発に着手。カーネーションやバラには青色色素(デルフィニジン)をもつ品種はないので、青い品種がない。青色色素の合成に必要な遺伝子を1991年にペチュニアから取得。1995年、この遺伝子をカーネーションで機能させることにより、世界で初めての青色色素を含むカーネーション「ムーンダスト」が誕生。現在、日本、欧米、豪州などで販売されている。世界で初めて商業化された遺伝子組換えの花でもある。

ザ・プレミアム・モルツ

2003年(平成15年)ザ・プレミアム・モルツ

「本場ヨーロッパで認められる世界最高峰、最高級のピルスナービールを造る」という思いを込め、欧州産アロマホップ100%で、さらに厳選した麦芽を100%使用し、ダブルデコクション製法、アロマリッチホッピング製法を行い、華やかな香り、深いコクと旨みを持ったビールを作り上げた。その品質はモンドセレクション、ビール部門最高金賞を3年連続で受賞するという快挙から示されるように「本場ヨーロッパで認められる世界最高峰、最高級のピルスナービールを造る」という思いが達成できた。

伊右衛門

2004年(平成16年)伊右衛門

「急須で淹れた緑茶本来の味わいをお届けしたい」。これが伊右衛門開発チームの強い意志であった。緑茶の濁り成分は沈殿しやすいため、中身が見えるペットボトルでは見栄えの理由で取り除く必要があった。この常識の打破にチャレンジし、石臼で挽いた茶葉から超微粒子サイズの茶成分を取り出して中身に溶け込ませる新製法を開発した。これにより、「急須で淹れたお茶本来のコク」と「沈殿防止」の両立を実現し、発売初年度の清涼飲料販売記録を塗り替える歴史的な大ヒット商品となった。

青いバラ

2004年(平成16年)「青いバラ」の開発に成功

「バラには赤、黄、ピンク、白の品種はあるが、バラは青色色素(デルフィニジン)を合成できないため、青い品種がなかった。世界中の育種家が青いバラをつくる努力を長年してきたが、かなわなかったため、青いバラは‘不可能の象徴’とも言われてきた。サントリーは青いバラの開発に挑戦しつづけ、約15年の研究を経て、青色色素の合成に必要なパンジーの遺伝子をバラで機能させ、青色色素を100%近く蓄積するバラを得ることに成功、遂に青色色素を含む世界で初めての青いバラが誕生した。

−196℃

2005年(平成17年)−196℃

「鮮度」に徹底的にこだわったチューハイを造りたいという意思の下、世界中から選び抜いた果実を、−196℃という低温で、まるごと瞬間凍結させる「瞬間フリーズ製法」を開発。さらに、“瞬間凍結したまるごと果実” の香り成分をチューハイに封じ込める「果実浸漬方法」との併せ技で、果実のもつみずみずしさと、果実本来の香りをもったチューハイを実現した。

特定保健用食品「黒烏龍茶」

2006年(平成18年)特定保健用食品「黒烏龍茶」

「烏龍茶は脂を流す」という謂れを科学的に証明しよう!と始めた研究により、烏龍茶特有の重合ポリフェノールに脂の吸収を抑える強い活性があることを発見した。この研究をもとに烏龍茶重合ポリフェノールを強化した黒烏龍茶の開発に取り組み、脂肪吸収抑制効果とおいしさを両立させ、ヒトでの効能研究を重ねて脂肪の吸収を抑えるトクホとして許可を得ることができた。長年にわたる研究成果が、メタボリックシンドロームが大きな関心事となるなか、No.1トクホ商品として結実された。

ミドリエ

2008年(平成20年)ミドリエ

サントリーには飲料であるブドウや大麦、花、健康食品に代表される長年の植物科学研究の歴史がある。その中で「土を使わないで植物の育成ができないか?」という発想のもとに、根の周りに多量の空気を供給する独自素材の人工培土の技術開発に挑戦、植物の生育が優れた軽量でクリーンな「パフカル」の開発に成功した。2008年、この「パフカル」を活用し、土を使わないビルの屋上緑化や壁面の緑化などを提供する環境緑化事業「ミドリエ」がスタートした。

オールフリー

2010年(平成22年)オールフリー

02年に発売したファインブリューはアルコール度数:0.5%未満であったが、ノンアルコール市場の拡大、健康ブームや飲酒運転罰則強化等の環境の変化に伴い、「何も気にせず、気持ちよく飲めるノンアルコールビールテイスト飲料」というコンセプトのオールフリーが誕生した。アルコールをゼロにすると、ビールらしい味にすることは難しく、さらにカロリーゼロ*、糖質ゼロ*にすると、うまみが減ってしまう。そこで粒選り麦芽100%の一番麦汁およびアロマホップを贅沢に使用し、こだわりの製法を用いることでビールらしい味わいと爽快な香りを実現した。“アルコールゼロ”、“カロリーゼロ*”、“糖質ゼロ*”、これらの3つを全てゼロにした世界初※のビールテイスト飲料「オールフリー」はノンアルコールビールテイスト飲料No.1としてお客様から支持されている。

*栄養表示基準による
※ ビールテイスト飲料カテゴリーにおける 当社調べ

出典・参考 サントリー百年誌、90年史

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