歴史 | HISTORY

遡ること約200年前、妥協を知らない自信と、大きな希望を胸に抱いた青年、ウィリアム・ティーチャーのあくなき挑戦は幕を開けました。脈々と現代へ受け継がれ、今もブランドの礎となっているティーチャーズの魂の原点をここに紐解きます。

遡ること約200年前、妥協を知らない自信と、大きな希望を胸に抱いた青年、ウィリアム・ティーチャーのあくなき挑戦は幕を開けました。脈々と現代へ受け継がれ、今もブランドの礎となっているティーチャーズの魂の原点をここに紐解きます。

ティーチャーズ物語のはじまり

持ち前のビジネスセンスと、決して好機を逃さない嗅覚に恵まれた稀有な創業者ウィリアム。アイデアを形にする、その決断力とスピード感なくして今のティーチャーズは語れないでしょう。

1823年
類まれな先見の明

この年施行された消費税法のあおりを受けて、スコットランド国内の蒸溜所はわずか60社に減少。ウィリアム・ティーチャーは、ウイスキーの醸造を合法化するためにつくられたこの法律による変化をチャンスと捉えました。いよいよ高品質なウイスキーの製造に乗り出そうと、後に世界最大級のウイスキーブランドへと成長する企業を立ち上げたのです。

1830年
新たなスタイルの提案

ウィリアム・ティーチャーは、グラスゴーのアンダーソン地区にあった食料品店でウイスキーの販売免許を取得。店の所有者の娘だった恋人アグネス・マクドナルドと1832年に結婚します。そして、ピカデリー通りに最初の「ドラム・ショップ」をオープン。今でいうワンショットバーで、気軽に立ち寄って上質のウイスキーを楽しむスタイルが評判になりました。

1836年
花ひらいた商才

人気を博したドラムショップの2号店をオープンさせ、ウイスキーをボトルで販売するための酒類販売免許を取得。グラスゴーの人口が急増したタイミングと時期が重なったことも功を奏し、ほどなくして20店舗近くのチェーンに拡大。店内で楽しむウイスキーの軽い1杯(ドラム)だけでなく、持ち帰り用ボトルの販売も軌道に乗せます。

ハイランドクリームの誕生と
ウイリアムの死

スモーキーで爽やか(個性的)な味わいが特徴のティーチャーズは、まさにウィリアムの弛まぬ努力の賜もの。そのDNAは、彼の子孫たちを通じて確かに引き継がれ、現代まで守り抜かれてきたのですね。

1860年
ブランドの代名詞、誕生

蒸溜酒法(Spirits Act)の制定が可決されると、ウィリアム・ティーチャーにも、独自のウイスキー開発製造の許可が下りました。それを機に、ピートの燻蒸をいっそう深くしたモルトによるウイスキー製造に着手。自らが求める品質に仕上がるまで試行錯誤を繰り返し、これこそ完璧と納得するまで吟味して、ようやくハイランドクリームを誕生させました。

1876年
伝統と技術の承継

名酒の誕生から15年も経たずしてウィリアム・ティーチャーはこの世を去ります。しかしその精神と技術は、息子のウィリアムジュニアとその弟アダムに受け継がれました。二人は、ウィリアム・ティーチャー・アンド・サンズ・リミテッド(William Teacher & Sons Ltd)と名付けた会社を立ち上げ、輸出事業にも進出すると会社を一気に飛躍させていきました。

兄弟で成し遂げた躍進

父ウィリアムの遺志を継ぎ、ティーチャーズの魅力を世界へと羽ばたかせた兄弟の輝かしい業績は、この先も後世へと伝えられる価値のあるもの。その一端をここにご紹介しましょう。

1878年
成功をおさめた輸出事業

最初の輸出先はニュージーランドでした。その後ヨーロッパや西インド、アジアへ次々と出荷。長期熟成した蒸溜酒の価値が高まりはじめたのもこの時期でした。また、世界を航行する船は、船体の安定のために重りを積載する必要がありました。その役割を重量のあるウイスキーが果たすとともに、長い航行期間は熟成を進めるのにうってつけだったのです。

1895年
アードモア蒸溜所を開設

ノーザン鉄道の最高地点に土地を購入。グラスゴーからスコットランドまで原材料を移送するには、鉄道に近い必要があったのです。1897年に建設を開始し、1899年その地にアードモア蒸溜所を設立。長年2基のポットスチル1組を頼りにしてきた蒸溜所も、1955年と1974年に増設して、現在は独特の形状の銅製スチル8基が稼働しています。

現代へ続く
ウイスキーづくりのこだわり

かつて創業の父が燃やしたウイスキーづくりへの熱い情熱。その種火はずっと残り、どんな危機も乗り越えて、新たな革新をもたらしてくれる道しるべとなってティーチャーズの未来を照らしています。

1933年
衰退と復活を越えて

堅調だったスコッチウイスキー市場ですが、一時150社を数えた蒸溜所も15社まで減少。英国では、不況と増税の影響で徐々に景気は後退し、ウイスキーを取り巻く状況は変化していきました。しかし、アメリカ禁酒法撤廃によって流れは再び一変し、会社は成長軌道に向かいます。1960年にグレンドロナック蒸溜所を買収。さらに2年後には、グラスゴーに新しいブレンド施設を建設しました。

1972年〜1980年
100万ケース超の金字塔

1972年、英国内での年間売り上げが初めて100万ケースを突破。1976年、アライドブルワリーズ社(Allied Breweries)がティーチャーズを買収しました。ティーチャーズ ハイランドクリームは1980年代後半に英国内のウイスキー売り上げ第2位の座を獲得。150ヵ国以上に輸出され、とりわけインド市場では大きな成功を収めました。

1997年〜2014年
新たなチャレンジは続く

近年もティーチャーズの新たなブレンドへの挑戦は続いています。1997年には、インド独立50周年を記念して「ティーチャーズ50」を新発売。2010年、2012年には、「ティーチャーズ オリジン」と「25イヤーズオールド」が仲間入り。受賞レベルのブレンデッドスコッチウイスキーをつくり続けるために、長年の経験や専門知識により磨きをかけることに余念がありません。