バーボンウイスキー・エッセイ アメリカの歌が聴こえる

ナッチェス・トレース

いまナッチェス・トレース・パークウェイという整備された道がある。10年ほど前に開通したそうだ。ナッチェスからテネシー州ナッシュビルまでつづく片側1車線、全長710kmのドライブコース。わたしはテレビの旅番組で知ったのだが、国立公園局の管理によってツアーバスやトラックの乗り入れが禁止され、沿道にはトウモロコシ畑、綿花畑、広大な草原、湖や沼、そして深い森と大自然を満喫でき、人気があるという。

この道は歴史的な交易街道であり、ナッチェス街道と呼ばれた。大昔は獣道だったものを原住民が自分たちの道としたものらしい。街道といっても険しい道のりであっただろう。ケンタッキーの男たちは、バーボンで儲けたお金を携えてアラブ馬の背に揺られながらの帰路であった。

そしてどうなったか。はじめは東部からアパラチア山脈を超えるために丈夫な馬が使われ、ケンタッキーへ集まった。この連載第3回「ブルーグラス・ステート」で述べたが、ウイスキーづくりに最適な水が湧き出る石灰岩の地層は豊かな牧草地を育み、馬を健康にした。そこにアラブ馬が続々と集まってきたのだ。ケンタッキー州がケンタッキーダービーに象徴されるようにサラブレッドを育む地として名高い理由には、バーボンウイスキーの貢献がある。

もうひとつ酒の世界でニューオーリンズとケンタッキーのつながりを紹介する。ケンタッキー生まれとの説がある「オールドファッションド」というカクテルを連載21回で紹介した。実はこれは「サザラック・カクテル」というニューオーリンズのドリンクがもとになっているといわれている。ウイスキーをベースにビターズとアニスの香りのするリキュールの組み合わせである。


オハイオ川からミシシッピ川を下り、ニューオーリンズへと物資を運んだひとりに第16代大統領エイブラハム・リンカーンの父、トーマス・リンカーンがいる。トーマスは若い頃はさまざまな職を転々とし、蒸溜所で樽職人をやっていた時期もあるようだ。

エイブラハムは1809年、ケンタッキー州の現ラルー郡に生まれた。その頃には父トーマスは農場主としてそれなりの地位にあった。1811年、ルイビルの南、エリザベスタウン近くのノブクリーク農場に引っ越し、1816年末に土地所有権のトラブルでインディアナ州に移り住む。後年、エイブラハムは幼少期を過ごしたノブクリークでの約5年間をとても懐かしんでいる。

ケンタッキー州出身の第16代大統領に敬意を表し、この地の名を冠したバーボンがある。クラフトバーボン「ノブクリーク」。偉大な解放者と呼ばれ、エイブの愛称で21世紀のいまなお高い人気を誇る大統領のように、力強く、リッチな甘みで飲む者のこころをあたたかく抱き、魅了する。

(第26回了)

for Bourbon Whisky Lovers