バーボンウイスキー・エッセイ アメリカの歌が聴こえる

ジャーマン・アメリカン 文・達磨信

バーボンウイスキーの名門ビーム家は、ドイツからの移民である。ウイスキーづくりの本場であったアイルランドやスコットランドの血筋ではない。それが何故アメリカでウイスキーへの道へ進んだのか。200年以上アメリカンウイスキー業界を牽引し発展させたビーム家の功績と足跡を辿りながら、しばらくはこの連載でバーボンの歴史を紐解いていくことにする。

今回はプロローグとして、ドイツ系移民(ジャーマン・アメリカン)とアメリカについて簡単に紹介してみる。お相手をするのはノブ クリーク シングルバレル。この12月2日に日本で新発売されたばかりのスーパープレミアムバーボンである。

18世紀末にバーボンウイスキーが誕生し、酒場で飲まれていたころはボトルの登場にはまだ早く、樽売りであった。おそらく何かのタイミングでヴァッティングされないかぎり、飲まれるすべてのバーボンがシングルバレルだったであろう。

ただし当時のシングルバレルと、このスーパープレミアムの洗練されたつくりとを比較することはできない。粗末な単式蒸溜器で蒸溜していたことだろう。いまのような連続式蒸溜機での蒸溜が広まったのは19世紀半ば過ぎの南北戦争後のことになる。

貯蔵熟成のオーク樽もいまほど質にこだわってはいなかったはずだ。アイルランドやスコットランドでさえ、長期貯蔵の概念は希薄で、樽は容器として、また運搬使用としての価値のほうが高かった。バーボンもまた同様で、荒々しい香味であったことに間違いはないといえる。

とはいえノブ クリーク シングルバレルは原点回帰的な興趣がある。香味の力強さ、濃厚なキャラメルのようなリッチな甘みとアーモンドのような香ばしさを味わいながら、ジャーマン・アメリカンのさわりをお読みいただきたい。


アメリカとドイツの最初の関係は国名にはじまる。アメリカという名の命名者はドイツ人の世界地図作成者、マルティン・ヴァルトゼーミュラー(1470頃〜1520)である。彼は1507年に世界地図を作成。新大陸にはじめてアメリカという固有名詞をつけた。

クリストファー・コロンブスが新大陸を発見したのは1492年。同じ時期にイタリア人のアメリゴ・ヴェスプッチが南米大陸の沿岸を航海し、コロンブスの航跡もたどり、航海記を発表した。コロンブスは航海記を著さなかったために、ヴェスプッチのほうが当時のヨーロッパでは高名になってしまったのだった。

for Bourbon Whisky Lovers