バーボンウイスキー・エッセイ アメリカの歌が聴こえる

ミスター・ボージャングルズ

ほどなくしてオーナーがレコード盤に針を落す。驚いた。店内に流れたのは久しく聴くことがなかった『Mr.Bojangles』。その歌声で聴くのははじめてで、飾り気のない歌い方がやけにこころに染みた。さらにはジムビームを口にすると切なさが増幅し、胸が熱くなり、中学生の時と同じようにポタポタと涙があふれだした。

曲が終わり、涙をふいて、オーナーにいまのは誰が歌ったものなのかと聞いた。「ジェリー・ジェフ・ウォーカー。この曲をつくった人だ」と教えてくれた。

 

ジェリーが1968年に発表したときはいまひとつだったが、71年にニッティ・グリッティ・ダート・バンドがシングルカットして大ヒットしたという。

歌詞はジェリーの実体験だ。1965年、23歳、彼は放浪しながらたどり着いたニューオーリンズで下積み生活を送っていた。ある夜、酒場で素敵な娘に声をかけたが相手にされず、それでも気を引こうとテーブルだか椅子だかに乗っかったりして悪ふざけをしてしまい、ひと晩警察のやっかいになってしまう。そこで出会ったのが老ダンサー、ボージャングルズだった。

Bojanglesとはスラングでhappy-go-lucky(きままな、運まかせの)といった意味があるらしい。老ダンサーのその名は、実は1878年生まれで、とくに1920年代~30年代にかけて活躍し、ボージャングルズの愛称で国民的大スターとなった黒人のタップダンサー、ビル・ボージャングルズ・ロビンソンのぱくりである。芸名がぱくりであるところに悲哀がある。それでもジェリーは誇り高く踊る老人に対して、Mr.と敬意を表している。

この曲をカバーしているアーティストがたくさんいるなかで、サミー・デイヴィスJr.の場合、まずタップの神様と讃えられる本物のボージャングルズへのリスペクトがある。そしてサミー自身が3歳から舞台に立ち巡業した体験、歌詞中の旅芸人ボージャングルズの侘しい晩年、いろんな感慨を胸にステージで踊り、歌い上げていたからこそ、こころに強く染みたのだ。

余談だが、1989年、アメリカは5月25日を『ナショナル・タップダンス・デイ』に制定した。その日は、タップの神様が誕生した日である。

 

流されていく日々の中で、ふと立ち止まらなければならないときがある。そんな夜に酒場でジムビームのボトルが目に映ると、きまって切なさをともないながら『Mr.Bojangle』がよみがえる。

「ミスター・ボージャングルズ」と小さく口ずさみながらオン・ザ・ロックを飲む。何か答えが出る訳ではない。ジムビームの軽やかな甘さに潜む香ばしさが、なるようにしか、ならない、と語りかけてくる。

 

for Bourbon Whisky Lovers