バーボンウイスキー・エッセイ アメリカの歌が聴こえる

マイ・ウェイ 文・達磨信

この4月から「メーカーズマーク46」が日本市場に登場した。とてもまるい香味のバーボンウイスキーで、“より甘く、深い味わいのプレミアム”と謳っているが、温故知新的な面白さを含んでいてさまざまな感慨をもたらす。

この「46」は、最低6度の夏を超えたアメリカンオークのメーカーズマーク原酒熟成樽のなかに、さらに“インナーステイブ”と呼ぶフレンチオークの側板を10枚沈めるといった特殊な熟成法をおこなっている。

つまりアメリカとフランスの融合である。かつてアメリカの広範な土地がフランス領ルイジアナであった。バーボンがフランスのブルボン朝に由来するように、ニューオーリンズやセントルイスなどフランス由来の地名は数多く残る。自由の女神像もアメリカの独立運動を支援したフランスの募金により贈呈されている。現在のフランスといえば、アメリカ的合理主義を受け入れない部分をしばしば感じるのだが、両国の歴史的関係はとても深いのである。

「メーカーズマーク46」のつくりは、こうした過去の背景を彷彿とする。


「46」に出会って、わたしのアタマに浮かんだのは名曲『マイ・ウェイ』だった。フランク・シナトラの歌声で知られているが、世界中の歌手がカバーしている曲である。カバー回数はビートルズの『イエスタデイ』につづいて音楽史上2番目であるらしい。

なぜ『マイ・ウェイ』なのか。原曲は1967年にフランスで、クロクロの愛称で大人気だったクロード・フランソワが歌ってヒットした『Comme d’habitude』(コム ダビチュード/意・いつものように)である。歌詞は、愛し合うふたりでありながら、こころ裏腹の虚しく過ぎて行く日々を描いたもので、高揚感が漂う内容ではない。恋人との破局後につくったものらしい。

この曲がちょうどヒットしていた頃、南フランスで休暇を取っていたポール・アンカは、フランソワが歌っているのをテレビで見た。いまいちだけど、何かを感じた、とアンカは後に語っている。そして彼はすぐに行動し、パリへと飛び、曲の権利を得ることに成功したのだった。

アメリカに帰国後、引退をほのめかしていたシナトラのためにアンカは歌詞を書き直し、メロディーを微妙にアレンジした。

日本語の歌詞はなぜか船出ではじまっているが、アンカの詩は「終わりが近い」ではじまる。まさにやる気をなくしていた当時のシナトラの姿であった。アンカは、尊敬するシナトラのためにこころを込めて書き上げたのだった。

レコーディングは1968年末になる。翌年はじめに発売され、いうまでもなく大ヒットとなり、エルビス・プレスリーも愛した曲であり、いまも歌い継がれている。

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