CLUB HOUSE

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サンゴリアスをもっと楽しむコラム

2009年3月12日

「少年サンゴリアス」 Vol.23 伊勢田 彬人
『かたつむり・赤いジャージ』

少年サンゴリアス 伊勢田彬人写真1

子供の時は親父の職業を物心がつくまで知らなかった。物心がついてからもちょっと嘘をつかれていて、いつも朝出かける時はスーツに麦わら帽子をかぶって出ていくんです。僕はそれが普通だと思っていたので、不思議には思わなかったんです。小学校の時に「父親が何をしているのか?」っていう作文があって、それで親父に「何やってんの?」って聞いたら「潮干狩りだよ」って、「いつも貝をとって暮らしているんだ。だから今日も行ってくる」と・・・。

僕はそれを本気にして作文に書いたら、お袋に怒られました。「親父の仕事=潮干狩り」って書いたから(笑)。スーツで潮干狩りっていうのは完全に親父の嘘で、本当は会社員なんですけどね。僕らに夢を見させるというか良く分からないんですけど、冗談でそういうことをやっていたと思います。大体は僕が起きた時はもういないんですけど、僕が早く起きた時とかにそういう小細工をしていたんですよ。

少年サンゴリアス 伊勢田彬人写真2

お袋はかなり厳しかったですね。僕、泣きながらネギ食っていましたからね。タマネギが食べられなかったんですけど、「食べるまで寝かせません」って言われて、豆電球の小さいのを点けてずっと食べていましたね、食べ終わるまで。タマネギのサラダです。小学校の時は生で食べられなかったけど、最近は食べられるようになりました。

小学校では、教室から普通に抜け出していましたね。やっぱり好奇心が旺盛なんですね。廊下って何かウキウキするじゃないですか。滑るし。廊下で遊んでいました。授業を抜け出して先生に怒られることはざらでしたよ。ふざけるのが好きで、クラスの中ではひょうきん者だったと思います。今と特別変わるところはないですね。昔もみんなの前でパフォーマンスしていましたよ。大きな声を出すとかですけど。よく通信簿に「落ち着きがない」とか書かれ、それが毎年でしたから。

今でも忘れないのが、かたつむりを飼っていて、イタズラか何かでかたつむりのケースを割っちゃったんですよ。それでかたつむりが逃げちゃって、そのかたつむりは6年間ぐらい飼っていたんですけど、結局そのかたつむりが親父のスーツの内側に張り付いていて、「誰だ!?」ってことになっちゃって(笑)。偶然だったんですけどね。

それを妹のせいにしたんですけど、結局それがバレて、家に「根性タタキ直します」っていう平べったい棒があるんですけど、その棒は僕らがお尻を叩かれすぎてバキバキに折れているんですけど、それをガムテープで補修してあるからしなるんですよ。手の形をした平べったい「根性タタキ直します」って書いてある棒が(笑)。それでお尻を叩かれるからめっちゃ痛いんですよ。その棒が怖すぎて、「これ捨てればいいんじゃないか」って思ってベランダから投げましたね。その棒はもう戻ってこなかったんですけど、新しい「根性タタキ直します」っていう棒が追加されていました。

少年サンゴリアス 伊勢田彬人写真3

兄弟は兄貴と妹がいて、全員2歳ずつ離れています。兄貴は勉強もできて、スポーツもできるんですよ。妹も勉強ができて、スポーツもできるんですよ。僕は勉強もできず、スポーツもやってなかったですから、普通のアホな少年みたいでした。ですから、当時は今みたいになることなんて全然想像していなかったですね。ラグビーに出会うことすら分からなかったですから。高校に入る時に「3分で行ける高校に決め、そこの1番強い部活に入る」ってよく分かんないですけど明言しちゃったんですよ。そしたらラグビーだったんですね。親父に「ラグビーをやってみる」って言ったら、「やってみたら」って。その時は小さかったんですけどね。

ラグビーを始めたのは偶然でしたけど、中学までは途中で投げ出すことが多かったんですよ。学校もつまらないし行きたくないみたいな。ちゃんと学校には行っていましたけどね。別に勉強しても面白くないみたいな考え方だったんですよ。テストの点数が悪いと怒られるのって普通じゃないですか。だから僕は小学校の時に点数が悪いテストを机の中にギューって全部押し込んでいたんですよ。そうすると机の中がパンパンになる。

それで保護者会に親が来るんで絶対バレちゃうんですよ(笑)。たまに良い点数の時だけ持って帰るんです。まぁ良い点数っていっても60点くらいですけどね。「勉強もせずにこれだけ取ってやったぞ」って(笑)。保護者会から親が帰ってきた時は怒られていましたけどね。やっぱり兄貴は普通に頭が良いですから、次の子供にも期待するじゃないですか。

そんな諦めがちだったんですけど、高校ではラグビーを「いっちょやってやろう」って思って。とにかく先生とか先輩が怖すぎて辞められなかったんですけどね(笑)。後から美化して言うと諦めたくないって言えますけど、その時は辞められない状況でしたね。先輩たちには迷惑が掛かるし、そこら辺からやっぱり成長できたのは高校だと思いますね。中学の時とか少しずつ色気づきますよね。それが高校でなくなりましたから。

少年サンゴリアス 伊勢田彬人写真4

中学の時はすごい反抗していたんですけど、高校1年目とか2年目は大変すぎてそんな暇もなかったですから。だからスポーツをやっている方が絶対良いと思うんですよ。親のありがたみが分かりますね。僕だけいつもジャージが新品だったんですよ。なぜかと言うと、ドロドロのジャージを普通はただ洗濯機で回しちゃうだけだったと思うんです。けど、うちの母親はそれをぜんぶ、靴用のたわしで綺麗にして、次の日には乾いていたんですよ。赤いジャージだったんですけど、それが僕だけ新品のようにずっと続いていましたからね。靴下も真っ白になるまで磨いてくれて。

それがやっぱり3年間ですから、大変ですよね。それが分かったのは高校3年ぐらいでしたね。それから口のきき方も気をつけるようにしていました。それで今のようになったんですよ。まぁ、今はただのオッサンですけど(笑)。

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