2009年3月 3日
「少年サンゴリアス」 Vol.22 森岡 恵二
『女の子には手を出すな!立っとけぇ~』
3歳上に兄がいるんですけど、いつも後ろについて遊びに行っていました。小学校では4年生になったら自転車に乗って良いという決まりがあって、3年生以下は自転車に乗っちゃいけなかったんですよ。僕が小学1年生の時は、兄貴は小学4年生だったので自転車に乗っていたんですけど、遊びに行く時は兄貴は自転車で行くので、僕はその後ろを走ってついて行っていました。
台風の次の日とかに河原へ行って、すごい激流の中に飛び込んだりして、親はすごく心配をしていましたけど、そういうヤンチャな遊びばかりしていました。今考えると、よくあんな危ないことをしていたなと思いますね(笑)。そういう自然な遊びばかりしていました。
川に魚を捕りに行ったときに、その川の近くに川ガニを養殖している池があったんですけど、その養殖用の網が破れたのか川ガニがぜんぶ川に流れていて(笑)、それを僕と兄貴と友達が見つけて、捕りきれないくらい多かったんですよ。
それで家からバケツを持ってきて、バケツ4つくらいに入れて家に持って帰ったら、親父がそれを見てびっくりして「こんなに食われへん」って話になって、親父がみんなに配りに行った記憶があります。
兄貴の自転車の後ろを走っていたから今の自分があるのかは分からないですけど、足は遅い方ではなかったですね。小学4年生が乗る自転車は結構速いですけど、行く場所は分かっていたんで少し遅れて着く感じでした。地元は愛媛の松山市で、自然がいっぱいで目の前が田んぼだったんですけど、稲を刈った後はそこで友達と草野球をしたりしていました。
僕もいたずらをされるタイプだったんですけど、小学4年の時にグチグチいう女の子がいて、それにムカついてその子の髪にガムをつけちゃったんです(笑)。そしたら、その子の親が来てものすごく謝ったこともありました。親父とおかんから、「女の子には手を出すな!」ってぶん殴られました。それから女の子には弱くなりましたね。
兄貴と遊んでいたのは、兄が小学6年生の時までです。兄が中学に入ってからは部活に励みだして、僕の相手もしてくれなくなったんです。兄貴は最初テニスをやっていて、中学3年からラグビーを始めていました。今までテニスをやっていた兄貴がいきなりラグビーを始めて「なんでやろ?」って思ったんですけど、そしたら「面白い」って話になって、僕は中学に入っても小学4年からやっていた野球をやろうと思っていたんですけど、当時野球は坊主でそれが嫌で迷っていた時だったのでラグビーをしてみたら僕もハマって、中学からはラグビー部に入りました。
親はそんな厳しくはなかったんですけど、夕方6時になると町内会の放送が「6時になりました~。遊んでいても早くお家に帰りましょう~。お手伝いやお勉強をしましょう~」みたいな放送がいつも流れるんですよ。それが流れるまでに家に帰らなかったら怒っていましたね。鍵閉めちゃうんですよ。「立っとけぇ~」って言って。冬とかは厳しかったです。
それにマンションとかじゃなく、周りが田んぼばっかりなんで風がビュンビュン吹いているからとにかく寒いんですよ(笑)。それで玄関の前に1時間くらい立たされるんです。僕が泣くからおかんは玄関を開けて「はよ入り~」って言うんですけど、親父が「開けんなーーー!!」って言って、また閉められるんです(笑)。
けどはっきりしていましたね。親父は悪いことをすると手を上げるんですけど、悪いことをしなかったら優しい親父でした。やっぱり人様に迷惑をかけたりルールを破ったりしたら厳しかったです。おかんは優しかったですね。親父が怒ると、「もういいやん、もういいやん」みたいな感じでした。まぁ、それは中学くらいまでの話ですけどね。