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サンゴリアスをもっと楽しむコラム

2008年3月19日

YELLOW FLAG TALK 第5回「有賀 剛×萩原 智子(水泳)」その1

イエローフラッグのトークスペシャル第5回は、水泳・ 200m背泳ぎでシドニーオリンピックに出場して4位に入賞した萩原智子さんと、有賀剛選手による対談です。萩原さんは現在、キャスター、山梨学院カレッジスポーツセンター研究員他として活躍中。ラグビー場で取材されている姿もよく拝見します。有賀選手の応援者であり子供の頃の水泳仲間。そんな2人の対談のテーマは「友情・優しさと激しさ」。話は尽きず、2時間近い対談となりました。

萩原 智子(はぎわら ともこ)
1980年4月13日山梨県生まれ。山梨学院カレッジスポーツセンター研究員。その他、日本水泳連盟強化スタッフ、日本オリンピック委員会アスリート委員他を務める。

『僕の姉ちゃんと一緒』(有賀)『だから3つ違い』(萩原)

YELLOW FLAG TALK 画像1

—— そもそもお2人の出会いは?

萩原:水泳ですよね、水泳。

有賀:山梨県どうし。

—— 幾つ違いですか?

有賀:僕のお姉ちゃんと一緒です。大学で考えると、1年と4年。

萩原:だから3つ違いか。

—— どこで出会ったんですか?

萩原:水泳の大会だよね。

有賀:そうですね。クラブが違うんで...

萩原:試合でしか会わない。で、剛ちゃんが中学生になった時に、全国大会とかに出て来て、小学校から出て来ていたんだけれど、中学で合宿が一緒になって...

有賀:ずーっとたぶん、一緒に大会とか出ていたんですが、でも話す様な関係じゃなくて、たぶん僕が最後の方で水泳を辞める頃に、県の代表になって、その時からちょっと話す様になったんです。

—— それは中学ですか?

有賀:中学です。

萩原:中学生以上が合宿に出られるんですよ。全国大会に出るからといって、みんな一緒に練習していました。

—— どこに合宿へ行ったんですか?

萩原:いゃもぅ山梨県内ですよ。田舎の...

有賀:50mプールです。外の。

萩原:凄いタフになるね、あのプールね。波がかなり高くて...

有賀:むしろ俺が水泳を辞めようと思ったきっかけは、それですよ(笑)。その合宿で絶対に辞めようと思ったんです。

—— 何故?

有賀:きついっすもん。

萩原:屋外で、太陽はそのままだし夏でしょう。それで地下水を使っているので、凄い冷たいんですよ。剛ちゃん今はガッチリしているけど、昔なんかガリッガリで、プールの端っこでふるえていて...

有賀:そうです。

萩原:8月なんですけれど、やっぱり山の上で涼しいんですよね。ガタガタふるえているのを見ていました。

『バネがないとバタフライは出来ない』(萩原)

—— 有賀選手の種目は?

有賀:最終的にはクロールですけれど、10歳ぐらいまではバタフライでした。

—— どうしてバタフライを選んだのでしょうか?

有賀:だいたい、コーチが決めるんじゃないですかね。どうですか?コーチが決めますよね。

萩原:初めは自分が何を泳いでいいか、まったくわからないので、コーチが決めますね。

有賀:4種目あって、ぜんぶを泳ぐ練習もあるので、それを見てたぶんコーチは決めていると思います。

萩原:4種目やっていて、速くなった種目とかだよね。だから剛ちゃんの場合はバタフライで、私は背泳ぎだった。

—— バタフライは背筋が強くないと出来なさそうですが

萩原:いゃー、全身(笑)、全身ですね。バネがないとバタフライは出来ないんですよ、ね。他の種目に比べてバネがいちばん大事だと思います。

—— 萩原さんは、最後はクロールでしたっけ?

萩原:はい、最後はクロールで終わりました。

—— いちばん最初は何をやっていたんですか?

萩原:いちばん最初は平泳ぎです。

有賀:あそう、俺知らないわ(笑)。

萩原:平泳ぎで県の試合でデビューして、それしか泳げなかったんですよ。選手コースに入ったのが、4種目泳げないで入っちゃったので、競泳を目指す中でバタフライとかを習ったんですよ。だからまったく練習とか、最初はついていけなくて。

—— どこで得意種目が決まったんですか?

有賀:バックですもん、ずっと。

萩原:そうだね、4種目の練習を小ちゃい頃はよくするんです。その中で何がいちばん速くなってきか、先生もわかるし自分もわかるし。ジュニアオリンピックというのがあって、剛ちゃんも出ているんですけれど、その中で標準記録というのがあって、練習中にそれに近くなって来ると、やっぱりその種目で出たいと思うじゃないですか。そうしたらやっぱり背泳ぎがいちばん近いってなりました。

『水泳の面白さを見つけられなかった』(有賀)

—— 代表ってこんなにみんな仲良くなるんですか?

萩原:うーん、なりますよねぇ。喋りはしますよね。練習がきついから「きついよね」とか。

有賀:結構、同じクラブで固まりません?なんだかんだ言って。

—— 山梨にクラブは幾つあるんですか?

萩原:6つ。

有賀:強いのは3つ。

萩原:その3つ同士は毎年やっていますから。

—— お互いに助け合ったりとかは?

萩原:あまりないでしょう(笑)。

有賀:ないですね。

萩原:直接的にはないけれど、剛君が日川(高校)へ行って、「行くんです」というのを最後の試合で私は聞いたから、余計に新聞とかで結果を見ますよね。テレビとかでもやるし、だから「あっ、剛君、花園へ行くんだ」とか、「あぁ凄い頑張っているな」とか言って、いつも気にしてみていましたね。

—— 中学最後の試合は「これでもう水泳は終わりだ」と思ってやったんですか?

有賀:そうです。結果どうこうより、泳いで終わりみたいな感じの大会でした。そうですよね。

萩原:うん。

有賀:僕はたぶん水泳の面白さを、見つけられないで終わってしまったんですよ。今はどうかわからないですけれど、水泳はスパルタみたいな感じで...

萩原:とくにね(笑)、とくにね。

有賀:とくにそうで、そのスパルタみたいな感じが、凄く嫌でしたね。

萩原:コーチがスパルタなんですよ、とくにね。

—— じゃあこっち(萩原さん)のクラブに入っていれば良かったんですか?

萩原:いゃ、どっちもだよね。

有賀:例えば中学、高校となっていけば、学校の部活もあったり、いろんな行事もあります。でもそういうのは関係なしで、その日のタイムが遅かったら手が出て来たりする訳ですよ。その日のメインという練習があって、そこで結果を出さないとダメなんですよ、毎日毎日。それも愛情なんだと、いまは思える様になりました。

—— でも体調とか、あるでしょう?

有賀:そうなんですよ。でもそんなの関係なくて、遅かったら怒られるみたいな。

—— それが萩原さんもずっと?

有賀:いえいえ智子さんは女王様だから、怒られないんです(笑)。

萩原:またそういうことを言うんだからぁ。

有賀:逆に智子さんが機嫌悪くなれば、コーチも、あせっちゃうみたいな...

萩原:そんなことないって!考え過ぎ、想像し過ぎ。友達から変な情報が入ってるんですよ。

有賀:絶対的な存在だから、やっぱり(笑)。小ちゃい頃はたぶん、怒られていたと思いますよ。

萩原:メチャメチャ怒られていましたよ。女の子だろうが関係ないですから。ビート板を投げられたり、椅子とかを投げて来たり、「上がれーっ!」って言われて上がって、バシーってやられたり...

『だんだんやりたいことがわかってくる』(萩原)

—— それは厳し過ぎますね

萩原:でも、自分が悪いってわかるんですよ。

—— 悪くないでしょう、一生懸命やっているんだから

萩原:そうなんですよ、でもサボってるんですよ。タイムが悪いとか、コーチも理不尽には怒らなかったですよ。

有賀:ただタイムが遅いっていうので、怒られましたね。

萩原:私の場合は極端に、例えば30秒で泳いでいたのを35秒にしちゃったり(笑)、いきなり手を抜いちゃったりする時期がありました。

—— それはでも性格とかもあって、常にあるレベルの集中力を求められるというのは、波がある人には辛いでしょうね

萩原:だから初め、私は辛かったですね。

有賀:辛いっすよ。いちばん嫌だったのは、学校の体育の時間とか休み時間に遊びたいとかあるけれど、水泳の練習のことを考えると「いゃこれ頑張ったら疲れてタイム出ないぞ」ということを考えて...

萩原:まじめ―っ!

有賀:そういうことを考えてしまったのが嫌だったんですよ。と言うかそれくらい恐かったんです。コーチが。

萩原:真面目だね、でも。私はそんなことすら考えずに、遊んでいた。だからやっぱり、指導者って凄い大事なんですよ。どれだけ楽しく選手に水泳を続けさせられるかというところが、凄く大事で、小ちゃい頃はそういうこともあって、水泳の導入部分はそうですね。そして選手からですよね、厳しくなるのって。

で、自分で決めて入った訳だから、やるからにはやろう、というスタンスでいる訳なので、それまでは私も凄い楽しかったんですよ。それで入って「あ、こんな厳しいんだったらやめれば良かった」って思うんですけれど、やっぱり自己ベストとかを出して行くと、凄く嬉しかったし、だんだんわかってくるんですよね、自分のやりたいこととかが。

—— いま考えると怒られて引っ張られて来たやり方というのは、どうですか?

萩原:私は途中から怒られなくなったんです。怒られると頑張らない質(たち)だとわかったんです。ぶつかり過ぎたんです、私。反抗期が家族になかった分、コーチに思いっ切り反抗したので、ビート板投げられたら投げ返していましたからね...

有賀:(笑)

萩原:それぐらいぶつかって(笑)、で結局自分が頑張ってなかったから、オリンピックは1回目のアトランタへ行けなくて、それで結構変わりました。それで何でも話せる様になったし、仲良くなって、自分からも何かしなきゃと思う様になったし。それからは私の性格をコーチがわかってくれて、「智子はこれ以上怒ったらもう頑張んないな、ほっとこう」みたいな感じで、ほったらかしにされると頑張れるんですよ(笑)。

—— 水泳がそういう世界だとは、知りませんでした

萩原:結構、タイム、タイム、ですね。あと泳ぎはもちろんなんですけれど。タイムアタックする日なんて、悲惨ですね、もう。凄いブルーな気持ちで行きます。ある意味、緊張かな。

有賀:みんなの話が「今日何やるかなぁ、メニュー」「うゎ来たよ」みたいな感じです。

萩原:(笑)

※ 続く

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