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サンゴリアスをもっと楽しむコラム

2008年1月29日

「少年サンゴリアス」 Vol.3 有賀 剛
『剛くんがやった』

少年サンゴリアス 有賀 剛写真1

小学校時代は、一言で言うなら「やんちゃ」でしたね。田舎なので、家庭訪問があって、先生が生徒の家を回って親と話すんです。そういう時に先生から出る第一声は「剛くんは、掃除の時間に野球を始めるんです。」みたいなことだったそうです。掃除の時間に雑巾とほうきで野球をやってました(笑)。

そういう子なので、親にもよく言われましたし、目立っていたのかわからないんですが、何かあると僕のせいになっていました。例えばクラスでガラスが割れたという事件が起きた時に、「誰がやったんだ?」と先生が追及すると、みんな「剛くん」って言うんです。

「えっ!?」っていうところですよね、僕はその事件に何も関わっていないのに。その話をよーく聞くと、僕がその近くにいたとか、割れたガラスの横にいたとかいうだけで、僕が割ったんだと見られるぐらい...ちょっと可哀想って言えば可哀想だと思うんですが(笑)。

担任の先生は母に「剛くんは、そういう面ではちょっと可哀想なんですよ」と言ってくれていたようです。喧嘩とかもそんなにした覚えはないので、ガキ大将でもなかったと思うんですけれど、悪さをして校長室に呼ばれたことは何度かありますね。でも担任の先生がいろんなことをちゃんと見てくれていたので、良かったと思います。

小学校の時は、運動の面では誰にも負けませんでした。6年間、マラソン大会では1番でした。今はわかりませんが、5年生まで僕が記録を持っていました。1年から5年まで僕が記録を作って、6年目だけ記録が作れなかったんです。

1・2年生、3・4年生、5・6年生とそれぞれ1点何キロ、2点何キロ、3点何キロを走るんですが、1つ上に強い先輩がいて、1年、3年、5年の時にはその先輩との凄いバトルに、全部勝ったんです。最後の6年目は怪我上がりか何かで、新記録が出せませんでした。

僕自身あまり覚えていないんですけど、当時「新記録を出せなかったね」と言われた時に、1・3・5年生の時はその先輩がいて競うから、タイムも良かったと思っていたので、「先輩がいなかったから記録出なかった」と言ったらしいんです。ライバル不在を理由にして、怪我のせいにしなかったことに、「小学生でそう言えるのか」と、先生たちはビックリしたそうです。

小学校時代、あまりワイワイ遊んだという記憶はありません。毎週ずーっと、週6でスイミングスクールに通っていました。小学校3、4年生ぐらいから選手コースに通っていて、月曜日だけが休みでした。そういう泳ぐ生活を送っていたので、ほかの友達のようには遊んでいませんでした。

放課後はちょっと遊んだら、スイミングスクールのバスが来るので、それに乗って行って、帰ってくるのは9時ぐらいでしたから、ご飯食べて寝る、という感じでしたね。そんな水泳でしたが、中3まで続けて、ラグビーに切り替えようと思ってやめました。そこからはラグビー一筋です。

少年サンゴリアス 有賀 剛写真2

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