
雪の便りが届く季節。「スノーボール」というカクテルを紹介したい。
カクテルブックのページを捲りながらこのカクテルに出会うと、必ずといっていいほど、最後におにぎりをつくるように雪を丸めたのはいつのことだったか、と想い巡らす。雪合戦の記憶は、はるか遠く幼い頃のセピア色に変色してしまっている。
そこからカクテルへと想いは向かう。かつて「スノーボール」を飲んだのはいつのことだったか。仕事で取り上げたことはいつのことだっただろうか。バーでオーダーされている場面に出会ったことがあるだろうか。雪合戦と似たようなもので、記憶はかなり曖昧だ。
日本ではマイナーな一杯である。それでもカクテルブックを眺めて目に留まってしまうのは、気になる点があるからだ。
スタンダードなレシピは、氷を入れたタンブラーにリキュールのアドヴォカート(adovocaat/オランダ語)とライムジュースを注ぎ(またはこの二つをシェークして注ぐ)、レモネードを満たすというものだ。また、レモネード以外にもジンジャーエールをはじめとしたさまざまな炭酸飲料が使われる。
イギリスでは瓶入りで販売されてもいる。温めて飲んだりして、クリスマスドリンクのひとつとして愛されてもいる。
アドヴォカートだが、こちらも日本ではマイナーなリキュールである。
ブランデー、卵黄、砂糖、バニラといった材料をミックスした濃厚でクリーミー、滑らかなカスタードのような舌触りが特徴的だ。クリスマスドリンクの「エッグ・ノッグ」(関連記事参照)を想わせる風味でもある。
オランダ発祥であるとされ、歴史はかなり古く、17世紀の文献には登場しているらしい。
ポルトガル語のアドヴォケートが訛ったものだと考えられており、ブラジル先住民がアボカドを使ってつくったアルコール飲料“アバカテ”に由来するという説がある。またブラジルを植民地支配したポルトガル人が製造したともいわれている。おそらくアボカドの果肉、サトウキビを原料にした酒(ラム酒のようなもの)を混ぜ合わせてつくったものではなかろうか。
そして17世紀前半にブラジル北部に入植したオランダ人が製法を受け継ぎ、やがてそれが本国に伝えられたもののアボカドの入手は困難であり、後にブランデーや卵で代用することによって風味を模倣した独自のリキュールが誕生したのだという。
一つ、どうしても避けられない面倒な話がある。オランダ語のアドヴォカートは“弁護士”のことである。リキュール名はadovocenborrel(アドボケンボレル/弁護士の飲み物)に由来し、borrelは社交の場でゆっくり味わうアルコール飲料を意味するらしい。
1882年版オランダ語辞典において、「喉の潤滑油となるため、人前で話さなければならない弁護士にとってはとくに有用と考えられている」といった記述があるらしい。
なんのこっちゃ、である。アドヴォカートがキーとなっているからと、いろいろな資料に目を通してみたものの、早い話、ようわからん、のだ。

さらには、「スノーボール」というカクテルそのものも面倒なのだ。
現在のカクテルブックに見られるレシピ、つまり前述のオランダ名産リキュールのアドヴォカートを使った「スノーボール」は1940年代から50年代にかけてイギリスで誕生したと語られている。そして1970年代に大人気となったそうだ。
ところがそれよりずっと前の1899年、アメリカはシカゴで出版されたカクテルブック『Applegreen’s Barkeeper Guide』には、アドヴォカートを使用しない「スノーボール」が掲載されているのだ
バーテンダー、ジョン・アップルグリーン(John Applegreen)が執筆出版したものだが、そこにはブランデー、卵、シュガーシロップ、ジンジャーエールとある。つまり、ざっくりと言えばリキュールのアドヴォカート風の素材にジンジャーエールということになる。
アメリカ人のブログを見ると、ブランデー・フィズ的な感覚でとても美味しい、と述べているものもあり、現在もこのレシピは生きているのか、と新鮮な気持ちになる。しかしながら密やかに生きつづけていると言ったほうがいいだろう。
アメリカの場合、この手のカクテルとしては「ブランデー・エッグ・ノッグ」をはじめ、さまざまなスピリッツやワインをベースにした「エッグ・ノッグ」が一般家庭に定着しているので、アップルグリーンのレシピの「スノーボール」が語られることは少なくなっているのかもしれない。
気になるのは、ヨーロッパ、とくにイギリスの文献においてアップルグリーンが紹介したレシピに触れたものに出会ったことがないという点だ。アドヴォカートを使ったレシピばかりが語られている。わたしの調べがまだ足りないのかもしれないが、まるで19世紀に「スノーボール」は存在していなかったかのように、気配が感じられないのだ。
カクテルに関してこれまで、昔は大声で言った者勝ち、と述べてきた。「スノーボール」の場合はアドヴォカートを使うレシピが定着した。こっちの雪玉のほうが雪合戦に勝っちゃったんだな。
しかしながらいまの時代にあって、アップルグリーンのレシピへの言及がもっとあってもいいはずなのに、どうも腑に落ちない。
それでは、今回はアップルグリーンのカクテルブックに掲載されている「スノーボール」の味わいをお伝えしよう。
思いの外すっきりとまとまっている。ブランデーはフルーティーでマイルドな「サントリーブランデーX・O」を選んだ。
ハードなシェークによって生まれる卵のふくらみのあるタッチにブランデーがしなやかに溶け込んでいる。そしてジンジャーエールが軽やかな甘みへと導いている。口当たりがとてもいい。後味にもまったりとした感覚はなく、心地よい余韻でとても好ましい。
今年のクリスマスシーズン、バーで「エッグ・ノッグ」に代えて試してみてはいかがだろう。「エッグ・ノッグ」よりも軽快さがあるから、ハマる人もいるのではなかろうか。もっといえば、クリスマスシーズンだけでなく季節を問わず楽しめる味わいである。