Liqueur & Cocktail

カクテルレシピ

グルーム・リフター Recipe Gloom Lifter

カネマラ 45ml
レモンジュース 15ml
シュガーシロップ 2tsps.
卵白 1個
シェーク/カクテルグラス
材料をシェークして、グラスに注ぐ。好みでレモンピールを飾る

アイリッシュウイスキーベースを楽しもう

しばらくするとアイルランドにキリスト教を広めた聖パトリック(パトリキウス/387頃―461)の命日、3月17日を迎える。St. Patrick’s Day(セントパトリックスデー/聖パトリックの祝日)と呼ばれ、カトリックの祭日であり、アイルランド共和国の祝祭日となっている。

シャムロック(shamrock/アイルランドではクローバーなどの若い牧草を言う)と呼ばれる三つ葉を胸に飾ったり、緑色のものを身につけて祝う。アイルランド国外のアイルランド系移民の多い地域や都市でも盛大なパレードが開催され、アメリカでは“緑の日”とも呼ばれている。

今回はSt. Patrick’s Dayを前に、アイリッシュウイスキーをベースにしたカクテル「グルーム・リフター」を紹介したい。ただ、その前に数奇な運命を辿ったパトリキウスについて簡単に説明しておこう。

パトリキウスは西ローマ帝国ブリタンニア属州、いまの英国ウェールズでケルト人(ローマ人説有り)のキリスト教徒の家庭に誕生した。

16歳のときになんとアイルランドの海賊に拉致される。売られて奴隷となり、羊飼いとして働く。ケルト文化の地、土着のドルイド教信仰がある地で6年。ある日「アイルランドにキリスト教を広めよ」との神のお告げを聞き、その声に従うために命がけで牧場を脱走したのだった。

自力で故郷に戻ることに成功すると、家族の反対を押し切ってガリア(フランス)へと渡り、修道院で神学を学ぶ。そして432年、ローマ司教から命を受けて宣教師としてアイルランドに赴いたのである。

彼は在来信仰を排斥するのではなく、キリスト教と融和させながら民を導いていく。キリスト教は、父なる神、神の子なるイエス・キリスト、そして精霊の三つが一体、唯一神である。彼はシャムロックの三つ葉を手にして三位一体の教義を説いたと伝えられている。

これはとても理解しやすいモチーフだった。古代ケルトでは神々が三体で一組になる三組神(triad)信仰があり、3という数を神聖視していた。

たとえばブリギッド(Brigid)。ケルト神話に登場する重要な女神の一人であり、三重の女神(triple goddess)とされる。

炎の女神と呼ばれ、自然や生命の再生の象徴で、生命力・浄化・創造のシンボルとして描かれている。また詩の守護神、芸術の女神とされる。詩や歌は神聖なものとして尊ばれていた。そして癒しの女神であり、彼女に祈りを捧げることで心身の健康が回復、保たれると信じられていた。

その他の女神たちも三様のスタイル、三体で一組の神となっている。三つ葉を手にしたパトリキウスの布教は見事に浸透したのである。

では「グルーム・リフター」。意味としては、憂鬱を晴らすもの、といったところか。“気晴らし”的な感覚の飲み物、あるいは“迎え酒”的な意味も持っているのではなかろうか。

実は2タイプの「グルーム・リフター」が存在していて、どちらも美味しくて興味深い。春と秋のカクテルといった香味感覚の違いがある。

ベースとなるアイリッシュウイスキーは緑のボトルのピーテッドシングルモルト「カネマラ」を使ってみた。これが大正解だった。

「カネマラ」のスモーキーさが生きる

まずは「ウォルドーフ・グルーム・リフター」。これは1935年に刊行された『The Old Waldorf Astoria Bar Book』に掲載されている。

著者はアメリカの一流ジャーナリスト、アルバート・スティーブンス・クロケット(Albert Stevens Crocket)。禁酒法(1920−1933)施行直前、当時ニューヨークで最も名高いホテル『ウォルドーフ・アストリア・ニューヨーク』のバーが閉鎖される際、19世紀末からバーテンダーたちが記録していたカクテルレシピ・ノートを彼は入手する。それに見事な分析を加え、カクテルブックとして編集して禁酒法撤廃後に発表したのだった。

そこに紹介されている「ウォルドーフ・グルーム・リフター」は、アイリッシュウイスキー、ブランデー、レモンジュース、シュガーシロップ、グレナデンシロップ、ラズベリーシロップ、卵白を使う。

もう一つ、こちらのカクテル名は単に「グルーム・リフター」である。デイヴィッド・オーガスタス・エンバリー(David Augustus Embury)という人が1948年に刊行した『The Fine Art of Mixing Drinks』に登場する。

クロケットと同じように、エンバリーもまたバーテンダーでもなければ酒類、飲食業界関係者でもない。彼はマンハッタンの弁護士事務所で上級税理士として活躍した人物だそうだ。カクテルに対して驚愕するほどの情熱と探究心にあふれており、多くのバーテンダーやカクテルファンへ影響を与えたと言われている。ウィットに富み、かなり独断的な論調ながら見事な分析力である。

甘ったるい味わいを嫌い、辛口で、アルコールの風味をしっかりと抱きながら滑らかで口当たりのよいものにする、との持論を展開している。

愛すべき6つの必須カクテルを提示。アルファベット順に「ダイキリ」「ジャックローズ」「マンハッタン」「マティーニ」「オールドファッションド」「サイドカー」である。彼によれば、他のカクテルはすべてこれら6つのカクテルのバリエーションに過ぎないということになる。

注目すべきはすべてのカクテルをアロマティックとサワーに分類し、聖パトリックの三つ葉ではないが、カクテル材料をベーススピリッツ、調整剤、香料・着色剤の3つのカテゴリーで語っている点だ。そしてサワー系に関しての基本的な配合比率をスイート1:サワー2:ベース8としている。

たとえば「ダイキリ」。シュガーシロップ1:ライムジュース2:ラム8であり、「ウイスキーサワー」もシュガーシロップ1:レモンジュース2:ウイスキー8という基本からアレンジを試みるというものだ。

さて、エンバリーの「グルーム・リフター」のレシピはというと、材料はアイリッシュウイスキー、レモンジュース、シュガーシロップ、卵白となる。ウォルドーフのレシピをエンバリー流にシンプルに改良したものだ。

アイリッシュウイスキーサワーであり、卵白の滑らかさのなかにレモンのほのかな酸味がある。そしてふくらみのある柔らかい口当たりのなかをそよぐ「カネマラ」のスモーキーさが心地いい。とても爽やかな余韻がある。

一方、ウォルドーフは「カネマラ」のスモーキーさがブランデーの果実味、シロップの甘さと見事に融合しており、卵白に優しく抱かれたフルーティーさがとても魅力的だ。こちらは季節でいうと実りの秋の味わいか。

St. Patrick’s Dayを祝って飲むならば、そして気晴らしで春の爽やかさに浸りたいならばエンバリーの「グルーム・リフター」がふさわしい。

しばらく「サイレント・サード」「エンドレス・ヴォヤージュ」「ニューヨーク・サワー」「グリニッジ・サワー」とウイスキーサワーを紹介してきた。「グルーム・リフター」も是非仲間に入れていただきたい。

イラスト・題字 大崎吉之
撮影 児玉晴希
カクテル 新橋清(サンルーカル・バー/東京・神楽坂)

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