バーボンウイスキー・エッセイ アメリカの歌が聴こえる

7thイニング・ストレッチ

ジャック・ノーワース。彼がニューヨークの地下鉄車内で試合開催の告知広告を見て、その車内で思いついた詞だった。作曲したのはアルバート・フォン・ティルザー。この人は、野球のルールさえ知らず、はじめて観戦したのは曲をつくってから20年後のことだったらしい。

そんな裏話があろうが、MLBのスタジアムではゲームの7回表終了後、ホームチームが裏の攻撃に入る前に“わたしを野球に連れてって”と合唱する。

この時、観客たちは席から立ち上がり、リズムに合わせて身体を揺らしながら歌うのだ。慣例化したのは1910年のワシントンでの公式戦開幕試合で、第27代大統領タフトがたまたま7回裏の攻撃前に立ち上がって背伸びをしたのを観客が真似て、そしてこの曲を歌ったからだとされている。そこから「セブンス・イニング・ストレッチ」とも呼ばれるようになった。

興味深いのは、ラッキー・セブンという言葉もシカゴ・カブスと関係がある。カブスの前身であるシカゴ・ホワイトストッキングスが1885年にリーグ優勝を決めた試合が起源というか語源とされる。7回にホワイトストッキングスの選手がごく平凡な外野フライを打ち上げた。すると強風によってボールがスタンドまで運ばれてホームランになり、勝利を得たのだった。

試合後に勝利投手がインタビューで、風のおかげによるホームランが生まれ、試合の流れを呼び込んだ7回のことを「Lucky 7th」と表現する。ここからラッキー・セブンという言葉が世の中に浸透して、いまでは幸運の数字として一般的に広く使われるようになった。


シカゴはイリノイ州の北東部、五大湖のひとつミシガン湖南西部に位置しており、またイリノイ川河口地点でもあり、風が強い。1885年のリーグ優勝を決めた試合、7回の攻撃時にも気まぐれな風が吹いたのであろう。

108年前のシカゴは先端的な都市だった。鉄道、航空、海運の拠点であり、五大湖工業地帯の中心都市として19世紀後半から発展しつづけていた。高層ビル都市、摩天楼の発祥の地でもあり、1900年にはニューヨークに次ぐ大都市(現在はニューヨーク、ロサンゼルスに次いで3番目)に成長した。

ただし1907年、アメリカでそれまで燻りつづけていた禁酒運動が再燃した。とくに2年連続チャンピオンとなった08年からは酒類業界に逆風が吹きつづけた。当時はライウイスキーのシェアが大きかった。そんな逆風のなかでもカブス・ファンは勝利の美酒としてライをたくさん飲んだことだろう。

その頃のライウイスキーは、現在、当たり前のように口にしている「ノブクリーク ライ」のような洗練されたコクを抱いてはいなかっただろう。でも、力強さだけは負けていなかったはずだ。力強いライを飲んでカブスの話題で盛り上がり、セブンス・イニング・ストレッチのようにこころ伸びやかに過ごせる幸せな時間が市民にはまだあった。

それから12年後。1920年、禁酒法が施行される。同時に、ニューヨークからアルフォンス・ガブリエル・カポネがシカゴへやってくる。

(第46回了)

for Bourbon Whisky Lovers