岩永 紘和(いわなが ひろかず)
筑波大学特任助教
2023年度「若手研究者のためのチャレンジ研究助成」被採択者
岩永 紘和(いわなが ひろかず)
筑波大学特任助教
2023年度「若手研究者のためのチャレンジ研究助成」被採択者
2026年7月中旬、大阪にて堂島サロンが開催された。テーマは「歴史学と創作」。講師は佐藤賢一氏。2025年刊行『歴史小説のウソ』(筑摩書房)の著者であり、歴史小説と歴史学の違いや両者の理想的関係を展望してきた。以下、当日の報告・質疑応答を要約する。
まず、佐藤氏は歴史小説と歴史学の違いに言及した。佐藤氏はアート(文学)とサイエンス(科学)とも言い換えていたが、どちらも歴史を取り扱い且つ文章として表現されるため、一見すると違いが分かりにくい。確かに筆者も大学入学前は両者を同じ「歴史の本」と思っていた。そして、そうした違いを日常生活で考える場面も多くはない。その点、佐藤氏はそうした違いを考えなければならない環境にあった。佐藤氏は大学院在籍中に小説を書き始め、しばらく小説執筆と研究活動を並行して続けていた。そうした経歴故に、佐藤氏は歴史小説と歴史学の線引きに誰よりも向き合う必要があった。その中で佐藤氏は両者の違いを、歴史小説は過去の人間について書く中で読者に共感を与えるもの、歴史学は過去の時代について書く中で読者に今とは異なる驚きを与えるものと捉えた。もちろん、歴史学でも現代に通じる点や過去との連続性を重視する論考はある。ただ、新しい知見を見出す基本スタンスを踏まえると、確かに歴史学は共感より驚きを重視しているとみることもできる。
次にそうした違いを持つ歴史小説と歴史学がどのような関係を辿ったのか話が進んだ。佐藤氏は歴史小説家の視点を軸に、対抗意識から相互補完的な関係への展開と位置づけた。例えば、歴史を調べる行為について、歴史学者は調査・研究と呼ぶ一方、歴史小説家は時代考証と呼ぶ傾向にある。調べる内容も歴史小説家は政治・経済より当時の生活文化一般を調べる場合が多い。『吾妻鏡』『信長公記』などの史料も歴史小説ではしばしば引用されてきた。佐藤氏はこうした傾向について、歴史小説家が歴史学者へ対抗意識を持っていた面もあるのではないかとした。
ただ、歴史小説家全員が史料読解の専門技能を鍛えてきたわけではなく、また史料の引用・解読も小説を書く中での一手段でしかない以上、拘るほど本質から外れてしまう。佐藤氏はこうしたこともあってか、史料引用を活発におこなう歴史小説は次第に減少し、史料原本よりは、それに関わる研究成果を「資料」として取り入れる風潮になっていったと述べた。歴史小説家にとって歴史学が対抗から依拠する対象に変化したという点は筆者にとって興味深かった。確かに、同じ人物を題材にした小説でも時期が下るに従い、歴史学の成果が反映されていく実感がある。一方で対抗意識から依拠する関係は具体的にいつ頃切り替わっていくのかという点にも思いを馳せた。
こうして歴史小説が歴史学の仕事に依拠するに従い、小説の内容にも変化が生じたと佐藤氏は語る。まず、時代の幅が広がっていく。歴史小説は戦国・幕末維新を多く扱ってきたが、近年では平安・鎌倉・室町を題材にした歴史小説も増えてきたそうだ。舞台となる場所も、戦国・幕末維新が主題となることで必然的に近畿、東海、中国地方と偏ってきたが、地方史の成果を取り入れる中で広がりつつある。ただ、東北地方出身の佐藤氏から見ると、東北地方は他地域と比べ立ち遅れており、地域差が感じられるようだ。
時間と空間の幅が広がることで多様な作品が多く生まれるという量的転換が起きると、次いで質的転換も起きる。人を書くことを軸とする歴史小説では人物の生涯・時系列を多く書いてきたが、時代の断面を描こうとする歴史学の特徴を取り入れることで、事件を主題とした小説も登場する。佐藤氏による離婚裁判を扱った『王妃の離婚』(集英社、1999年)も歴史学の研究蓄積があったからこそ書けたという。また、歴史学で盛んとなった社会史は時代考証とも親和性が高く、小説にも取り込まれる。佐藤氏によると隆慶一郎『影武者徳川家康』(新潮社、1989年)の影武者となった世良田二郎三郎元信を漂泊の自由民とした設定は網野善彦の研究が影響している。歴史学でも『もののけ姫』と網野史学の関係はよく知られている。
最後に歴史小説が歴史学に与える影響について、佐藤氏は歴史に興味を抱く入口としての役割を果たしているのではないかと述べた。この点に筆者は大いに共感した。筆者もまた歴史小説をはじめとする「歴史の本」から歴史学へ進んだからである。参加者からも同様に共感の声があがった。
質疑も大いに盛り上がった。紙幅の関係からここでは数点に留める。
まず、西洋との比較に関わる質問が出た。佐藤氏は西洋の小説では政治家が題材になる事例は少なく、無名あるいは架空の人物を歴史的場面に登場させるスタイルが多いと述べた。また、日本では司馬史観のように社会が求める歴史観を歴史小説が担ってきた面もあるが、こうした傾向はフランスやアメリカといった戦勝国となった西洋ではあまりないと述べた。こうした違いについて佐藤氏は、日本では敗戦によってこれまでの価値観が一変する中で、歴史学がイデオロギーから距離を置くようになったことも一因ではないかと述べた。もちろん、歴史学においても政治・経済・社会をはじめ過去の基層構造を学説として提示することは戦後から現代まで広くおこなわれている。そして、そうした学説にも研究者の生きた時代相が少なからず影響している。ただし、そうした学説が歴史学界に留まらず広く人々が知りたいと考える歴史観として広まっていったかと問われると心許ない部分もある。確かに司馬史観のように小説家がそうした役割の一端を担った背景として考えるべき点なのかもしれない。
近年進展著しいAIに関わる質問も出た。AIが時代考証などに利用されていったときに、歴史小説はどうなっていくのかという問いに対し、佐藤氏は時代考証におけるAIの役割は大きくなる一方、小説の根幹部分となるひらめきについては現段階のAIでは及ばない部分があると述べた。これに関連して参加者から、AIの参入によって小説の応募数は増加しているものの、同時にAIの記述と人間による記述が齟齬をきたす事例も多いと指摘があった。今後の動向が注目される。
歴史小説と歴史学との関係についても議論が盛り上がった。歴史学に依拠して歴史小説が書かれる動きについて歴史学者からどのような反応が見られるか質問があり、佐藤氏は歴史学者自身から歴史小説の持つアートの要素(文学的・物語的側面)に接近したいと願望を聞いたと述べ、サイエンスを重視する中で捨象された側面も魅力として見直す動きがあるのではないかと答えた。関連して、歴史学の成果に小説家が依拠している状況は、逆に言えば歴史学が単体では伝わらず、小説という媒介があって初めて社会や人々に届いている状況ではないか。実証性を通じて過去を明らかにしていく歴史学自体も変化を求められているのではないかという意見もあった。近年、歴史学者の書く入門書や新書も数多く出版されるが、こうした動向も歴史学の成果をどう伝えていくかという模索なのかもしれない。
歴史を語るストーリー(史観)についても議論が交わされた。佐藤氏は、人は本能的にストーリーを求める面があり、時代の流れを読みその先を見通すストーリーがあるからこそ人々は惹き付けられるのではないかと述べた。参加者からはストーリーが社会に受容されるためには、学問との親和性も一定程度必要なのではないか。司馬遼太郎や松本清張のように自身も史料を探求し歴史研究者とも交流を持った小説家達の作品が広く受容されてきたことや、近年歴史研究者による歴史漫画の監修やTV出演が増えたのもそうした点につながるのではないかという意見が出た。人が本能的にストーリーを求める点は、朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』(日経BP日本経済新聞出版、2025年)のように現代小説にも相通じるという指摘もあった。
一方、歴史小説と歴史学との関係について、そもそも両者は厳密に区別可能なのかという意見も出た。佐藤氏は曖昧なものを許さない近代という時代の中で、歴史学は過去を語る信頼性を担保すべく歴史学とそれ以外を区別してきたが、ここまで見た動向のように近年は区別によって見落とされてきた面も見直されつつある。一方で各々がそうした動向をただ受け入れるだけでなく、小説家や歴史研究者の枠に捕らわれず自身で考えた歴史像を持つ「歴史家」を目指すことも今後必要だと述べた。各々がストーリーを能動的に考えていくべきなのではないかという訴えは、情報過多な現代において重要な指摘であろう。筆者もその一人として模索を続けたい。
岩永 紘和(いわなが ひろかず)
筑波大学特任助教
2023年度「若手研究者のためのチャレンジ研究助成」被採択者