千葉 悠志(ちば ゆうし)
京都産業大学准教授
2014年度「人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成」被採択者
千葉 悠志(ちば ゆうし)
京都産業大学准教授
2014年度「人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成」被採択者
2025年10月13日、大阪・関西万博が閉幕した。準備段階では開催を危ぶむ声も聞かれたが、蓋を開ければ大変盛況で、総じて成功裏に終わった大会であった。もっとも会期中にはユスリカが大量に発生したり、地下鉄の障害で帰宅困難者が出たりとトラブルが何もなかったわけではないし、また一部のパビリオンの建設費未払い問題が今なお尾を引いている。誰もが満足できるイベントというのは、なかなか難しいように思う。それでも、筆者の周囲では、「想像以上に楽しかった」「はまってしまい、何度も足を運んだ」という声を聞くことが少なくなかった。閉幕後の今、今回の万博を一過性のイベントで終わらせることなく、そのレガシー(遺産)を未来に残していこうという取り組みが方々で行われている。パビリオンの一部をよそに移して保存するハード面での取り組みに加えて、ソフト面でのレガシー継承も大きな課題となっている。
今回の堂島サロンでは、万博会期中の取り組みが紹介されるとともに、ソフトレガシーを未来にどう残していけるのかが話し合われた。とくに話題の中心になったのは、閉幕の2日前に出された「いのち宣言(Inochi Declaration)」である。これは、「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに掲げた大阪・関西万博の理念をまとめたもので、ソフトレガシーとして将来に残りうるものだ。今回、話題を提供してくださった3名の登壇者は、いずれも大阪・関西万博の運営に携わるとともに、「いのち宣言」の起草・執筆を担当した方々である。まさに万博の「回顧と展望」とでも言える内容で、大阪・関西万博を振り返るうえでも、また未来に残る理念とは何かを考えるうえでも多くの学びを得られた。
最初に、サロンの世話人のひとりで、今回のコーディネート役を務めた堂目卓生氏(大阪大学総長補佐、同大学社会ソリューションイニシアティブ長)が、「共助社会の実現に向けて~「いのち会議」の理念と活動~」と題して報告した。「いのち会議」は、万博の開催に先立ち、大阪大学と関西の経済3団体が立ち上げた会議体である。堂目氏はその実行委員会の委員長として活動全体のとりまとめを行うとともに、今回の万博の理念を「いのち宣言」にまとめて発出した。報告の冒頭、堂目氏は宣言の背景には次のような問題意識があると語った。それは、今日の世界では「助けることができるいのち」が中心に座り、逆に「助けを必要とするいのち」は周辺に追いやられているという矛盾した構造があり、これを反転させていかなければいけないという切実な要請である。2015年に国連で採択された「持続可能な開発目標(通称SDGs)」は、2030年までの達成がほぼ不可能と見られている。そのため、SDGsのその先を見据えなくてはいけない。「いのち宣言」は、そのための道標となるものだ。堂目氏は「いのち宣言」の理念や作成過程での活動、目標実現に向けての具体的なアクションプランを説明し、万博を「終わり」ではなく「始まり」としなくてはならないと述べた。
つぎに、佐久間洋司氏(大阪大学社会ソリューションイニシアティブ特任研究員)が自身の取り組みを紹介した。佐久間氏は、大阪パビリオン推進委員会の一員として、「大阪ヘルスケアパビリオン」のバーチャル領域のディレクターを務めた。また、シェイプニューワールドイニシアティブという団体を立ち上げて、「2050年の未来社会」を考えるトークセッションを会期中に計8日間にわたって実施した。報告では、その目的や活動内容、またトークセッションでの取り組みが紹介された。トークセッションの開催にあたり、佐久間氏は日本だけでなく、世界各地から登壇者を集めている。万博の会場でこうしたイベントが開催されること自体が、万博が世界の人々を結びつけるものであることを来場者に改めて印象付けたであろうし、また佐久間氏が築いた人脈は、万博後にも生きる無形のレガシーとなりえよう。佐久間氏は万博でのそうした取り組みを今後レポートにまとめて、それをもとに未来を構想していきたいと語った。
最後に、中島さち子氏(株式会社steAm代表取締役)が「『いのちの遊び場 クラゲ館』~その軌跡と未来へ~」と題して報告した。中島氏は、大阪・関西万博のシグネチャーパビリオンのひとつである「いのちの遊び場 クラゲ館」をプロデュースした。報告では、中島氏が進めるSTEAM教育(科学・技術・工学・数学に、アート/リベラルアーツを融合させた教育)のコンセプトや、クラゲ館での取り組みが紹介された。中島氏によれば、クラゲ館で目指していたのは「遊びを通した学び」であり、また「学びを得られる遊び」である。そして、こうした「ゆらぎ」のある遊びと学びを通じて人びとがつながることで、「創造の民主化」が促されるのだと語った。報告では、クラゲ館で行われた実際のワークショップや、参加国のパビリオンとのコラボレーションの内容、また山本能楽堂(大阪)とのコラボでできた新作能などが写真とともに詳しく紹介された。クラゲ館が、参加者を含む多くの人の輪のなかでつくられたものであったことが印象的であった。
報告後、参加者を交えて質疑応答が行われた。議論の中心は、報告者3名が携わり、今回の万博の理念をまとめたとされる「いのち宣言」についてである。とはいえ、そもそも万博の理念とは何か。19世紀半ば頃に始まる国際博覧会は、西欧の植民地主義と切り離しがたいものとして生まれ、そしてそれは各国が国力を誇示したり、国威を発揚したりする場として広がった。その後、ヨーロッパが戦火に覆われた第一次世界大戦を経て、万博は理念を掲げるようになった。とくに1928年の国際博覧会条約が定められてからは、公式の大会でテーマを掲げることが義務づけられた。以後、万博は人類の進歩や社会的課題を共有する場としての性格を強めるようになった。さらに冷戦の時代になり、核戦争の脅威や人類の存亡が意識されるに及んで、万博では地球規模の課題が共有されたり、国境を越えた協力・連帯の必要が叫ばれたりするようになった――1970年の大阪万博のテーマ「人類の進歩と調和」は、これをよく表していたように思う。
それでは、「いのち宣言」は、過去のそうした万博の理念や、人類がこれまで蓄積してきたであろう「共通善(common good)」をどこまで踏襲しているのか――これが今回の質疑応答で最も問われたことであった。限られた時間内で、参加者すべてが納得できる回答が得られたわけではない。しかし、筆者の理解では、「いのち宣言」にはやはり大きな意味があるように思う。それは、とくにSDGsを意識しつつも、欧米が掲げる自由や多様性が強制されることで排他性が生み出される危険性を認識して書かれたものだ。だからこその「いのち(Inochi)」なのであろう。いのちを守り、育み、それを大事にすることの大切さを改めて確認すること。それは、人類をつなぐ公分母の理念となりうる可能性を秘めている。もっとも、理念を多言語で語ること自体が、ある参加者の言葉を借りれば「バベルの塔」の崩壊・混乱を招く危険性と隣り合わせの行為である。実際、次の万博開催地であるサウディアラビアで、「いのち」という言葉がどこまで響くかはやや心許ないようにも思う。しかし、いやだからこそ、グローバル時代の共通善を彫琢していくためにも、理念は各言語で語られなくてはいけないのであろう。これは、西洋が築いてきた理念や価値観が様々に問い直される今日、そしてこれからの時代にますます必要なことだ。
ほかにも様々なコメントや質問があったが、もうひとつだけ取り上げるならば、今回の万博を象徴づける「顔」の不在に言及したい。すでに開催前から今回の万博には、これを象徴する「顔」が欠けているのではないかということが言われていた。確かに、今回と比較されることが多い1970年の万博では、小松左京や加藤秀俊、梅棹忠夫、岡本太郎といった面々が万博開催前から構想を練り上げ、それを未来と絡めて語った。それと比べた場合に、今回の万博、あるいは「いのち宣言」には「顔」や「人物」が欠けているのではないか。実際に、いつの時代も魅力的な理念や思想は、常に特定の人物と重ね合わせて語られ、逆に人が欠けた思想がその後に残ることもあまりなかったように思う。とはいえ、それを判断するのは、やはりあとの時代なのであろう。今後、今回の万博が個人的なエピソードを交えて語られたときに、それが文化となり、思想と絡めて語られる可能性までを否定することはできないはずだ。2025年の大阪・関西万博がこれからどのように語られ、そしてそれが文化としていかに紡がれていくのか。筆者はそれを楽しみに待つことにしたい。
千葉 悠志(ちば ゆうし)
京都産業大学准教授
2014年度「人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成」被採択者