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研究助成

成果報告

外国人若手研究者による社会と文化に関する個人研究助成(サントリーフェローシップ)

2024年度

戦後日本の紀行文学における「東欧」 ―安部公房、開高健、島尾敏雄の東欧体験をめぐって―

東京大学大学院人文社会系研究科 博士課程
ハビャン・ビシャレアル・ニーナ

 今回の研究では、東欧という地域と現代日本文学の関係を考察した。分析対象としては、20世紀後半に東欧各国を訪問した三人の日本人作家による紀行文を選択し、三人が見て体験した東欧、または作品において描写した東欧の考察を行った。選択した三人の作家は、1956年にチェコスロヴァキアとルーマニアを訪問した安部公房、1960年にチェコスロヴァキア、ルーマニアとポーランドを訪れた開高健、そして1967年にチェコスロヴァキア、ポーランドとユーゴスラヴィアを旅行した島尾敏雄である。
 戦後日本では、社会主義、または共産主義への関心及び憧れを感じた知識人が少なくなかった。第二次世界大戦を体験して生き残った者として戦後日本の現実をどう扱い、その現実を文学作品においてどう表すべきかと探求した作家も多かった。その中には、日本共産党員であった安部公房、埴谷雄高等や、戦後結成された新しい文学組織のメンバーとして世界各国の社会主義国家とつながり、海外旅行を通して日本の現実の探求を行った、島尾敏雄、開高健等がいた。これらの作家は、海外旅行を通して世界各国の現実を日本のそれと比較し、新しい日本のあり方を把握しようとした。
 本研究では、安部公房『東欧を行く―ハンガリア問題の背景』(1957年)、開高健『過去と未来の国々―中国と東欧』(1961年)、島尾敏夫『夢のかげを求めて―東欧紀行』(1975年)の分析を行いながら、三人が東欧にひかれた理由、印象に残った東欧での体験、または外国旅行による作家自身、あるいは執筆活動への影響を考察した。三人ともは、主にポーランドとチェコスロヴァキアの文学及び映画を以前から知っており、東欧の文化を好んでいたからこそ、各国の訪問を望んでいた。また、特に安部と開高は、社会主義体制の現実を自分の眼で見、各国における日常を把握することを志した。島尾は二人とは異なり、キリスト教徒としてポーランドに関心を示していたため、ポーランドで約一ヶ月滞在した。三人は様々な理由で東欧訪問を目指した結果、訪問後に発表された作品及びその内容も大きく変わっている。
 安部は東欧に日本共産党員の一人として向かったが、各国を自由に旅行できず、観光旅行という海外旅行のやり方に失望した。その結果、プラハに滞在することを目指し、当地の演劇を体験することに決める。チェコの演出家エミル・フランチシェク・ブリアンによる『蚤』の演劇に感動し、勇気を与えられると書く。また、妻への手紙においては、旅行前に構想したものの、書けなかった小説へのアプローチを理解したと書き、その小説が1957年に出版された『鏡と呼子』であると予想できる。しかし、安部が「富士山のジャンヌ」、あるいは息子の家出をテーマにする、ある種の新しい農村小説として描写している本作品は、『鏡と呼子』出版後もエッセイ等において言及されているため、安部はその後も同様なテーマを探求していったといえる。
 開高は安部の4年後に東欧に向かうが、日本と東欧を隔てているイデオロギーという壁を超えることができなかったことを感じ、東欧体験に失望する。常に通訳者に同行され、各国を自由に旅行できなかっただけではなく、どの国においてもある種の政治的な警戒心を感じ、東欧各国の出版及び翻訳制度の不自由さにがっかりする。東欧訪問の唯一の意義のある体験としてアウシュヴィッツ訪問を挙げており、アウシュヴィッツで撮った写真を帰国後、展示会に出展し、書斎の壁に貼った。アウシュヴィッツでの体験はまた、1963年に発表された開高の半自伝的は小説である「太った」においても取り上げられ、重い内容と、ユーモアにあふれた話の語り方といった、開高の独特な組み合わせが誕生したといえる。
 島尾敏雄は1967年に東欧各国を旅行するが、訪問先の出版社の代表者、作家、政治家等と面会した安部と開高とは異なり、単独旅行者として各国を旅行し、教会や修道院の見学を行った。1960年代は、1953年のスターリンの死以降に行われた様々な緩和の結果として「雪どけ」と呼ばれる時代に当たり、島尾は安部と開高が味わえなかった自由を感じる。また、その翌年に遭った自転車事故の結果、憂鬱に陥り、回復する方法として東欧体験の紀行文の修正の他、日の移ろいをたどる日記をつけ始める。その日記は徐々に『日の移ろい』という長編小説へと変わり、島尾の私小説的な作品が誕生する。その中には東欧への言及も多く、本人は旅行と執筆の関係性について考えさせられる。
 今回の研究では、記憶と記録の関連性、フィクションとノンフィクションの分け目、日本と東欧の関わりの考察を行ったが、その全体像を把握するのには、他の作家たち、または扱った作品より数多くの作品を考慮に入れる必要があり、それを今後の課題にしたい。また、現代日本紀行文が古典の作品からどう変わっているか、海外のジャンルとしてのトラベルライティングと日本の紀行文とは同様なものなのかといったことを検討しながら、日本と東欧の関わりを明確にしたい。

2026年5月