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研究助成

成果報告

外国人若手研究者による社会と文化に関する個人研究助成(サントリーフェローシップ)

2024年度

マカオのカジノのギャンブル実践における人間と不確実性の動的関係をめぐる人類学的研究

立命館大学環太平洋文明研究センター 客員協力研究員
劉 振業

 ギャンブルというと、依存症や破産の問題を思い浮かべる人が多い。実際、これまでの研究の多くは、心理学や精神医学の立場から、なぜ人が賭けにのめり込むのか、どうすればそれを防げるのかを明らかにしようとしてきた。しかし、その枠組みだけでは、賭けの場で人びとが実際に何を見て、何を感じ、どのように他者とかかわりながら不確実な結果に向き合っているのかは十分に見えてこない。本研究は、世界有数のカジノ都市であるマカオを対象に、ギャンブルを「人間と不確実性の動的関係」として捉え直すことを目的とした。焦点を当てたのは、マカオのカジノで圧倒的な人気をもつバカラである。
 バカラは、ルールの上では完全偶然性のゲームであり、プレイヤーが結果に介入する余地はない。にもかかわらず、現場では多くのギャンブラーが、カードの端を少しずつめくる「しぼり」や、過去の勝敗を色や図形で記録した表から次の流れを読み取ろうとする予想、縁起や運をめぐる語りを通して、結果に働きかけようとする。重要なのは、こうした実践を単なる迷信や誤認として退けないことである。人びとは不確実な出来事に対して、数理的計算だけでは扱いきれない何かを感じ取り、身体や知恵、他者との関係を総動員して向き合っている。本研究は、このような実践を、呪術・儀礼・予想技法を含む広い意味での文化的実践として捉え、その具体的な動態を明らかにしようとした。ここで問われているのは、偶然性そのものではなく、偶然性にさらされた人間が、どのように世界の手触りを保ち、他者とのあいだに意味や秩序を作り出していくのかという問題である。
 昨年度までの研究では、主にギャンブラー個人の身体技法や予想技法に注目してきた。これに対して今年度は、そこから一歩進み、テーブルを取り巻く人びとの相互作用や、ギャンブルの場から排除される人びと、高齢者にとってのギャンブルの価値、さらに新たな賭け方の導入が関係性をどう組み替えるかという点まで視野を広げた。つまり、身体の問題として捉えてきたギャンブルを、場・関係・価値の生成へと拡張したのである。また、ギャンブラーだけでなく、ディーラーや労働者を含む周辺の人びとが、不確実性をめぐる世界の形成に深く関わっていることにも目を向けた。これは、ギャンブルを個人の選択や性向の問題としてではなく、複数の立場の人びとが関与する社会的な実践として捉え直す試みでもある。
 今年度の研究を通じて、四つの知見が得られた。
 第一に、ギャンブルは孤立した個人の意思決定ではなく、複数の人びとが関係し合う場で成立しているという点である。テーブルでは、誰がカードをめくるか、誰の運が強いと見なされるか、誰の助言が信頼に値するかがつねに問われており、賭けは個人の選択であると同時に、関係のなかで形づくられていた。
 第二に、その関係は誰に対しても開かれているわけではない。東南アジア人労働者の事例では、中国人ギャンブラーが彼らを「不運」や「汚れ」と結びつけ、予想や会話の輪から排除する場面が見られた。そこからは、カジノの不確実性が単に共有されるものではなく、境界や序列をともないながら維持されていることが明らかになった。
 第三に、ギャンブルは破滅や損失の契機であるだけでなく、生の価値を作り直す契機にもなりうる。高齢のギャンブラーたちの実践を追うと、彼らは勝敗そのもの以上に、日々の張り合い、人との交流、老いのなかで自分がまだ行為できるという感覚を、カジノでの実践を通して得ていた。
 第四に、カジノの場は固定した共同体ではなく、制度やルールの変更によって絶えず組み替えられる。近年導入された、通常の勝敗とは別に特定の点数やカードの組み合わせにも賭けるサイド・ベットは、テーブルの一体感を前提とするバカラに新たなずれや分岐を生み出し、誰が誰と同じ未来を待つのかという関係そのものを変えていた。
 以上のことから明らかになったのは、ギャンブルとは単なる娯楽でも単なる社会問題でもなく、人が不確実な世界をどのように生きるかを映し出す実践だということである。マカオのカジノでは、不確実性は避けるべきものではなく、ときに読み、制御し、共有し、ときに排除を通して守られる対象として現れていた。こうした視点は、ギャンブルを一律に「悪いもの」として片づけるのでも、「自己責任の遊び」として済ませるのでもなく、人びとの生、関係、価値の作られ方を考えるうえで重要である。また本研究は、ギャンブル研究にとどまらず、不確実な社会を生きる人間の営みを考えるうえでも意義をもつ。今後は、こうした知見をさらに深めるため、バカラ以外の実践やオンライン化の影響、中国本土の違法数字くじや日本の賭け・遊びとの比較にも視野を広げ、人間が不確実性と結ぶ関係がどのように変化していくのかを検討していく。

2026年5月
※現職:大阪商業大学JGSS研究センター ポスト・ドクトラル研究員