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研究助成

成果報告

外国人若手研究者による社会と文化に関する個人研究助成(サントリーフェローシップ)

2024年度

日本陸軍の組織管理:日露戦後から大正期まで

東京大学大学院法学政治学研究科 博士課程
周 文涛

研究内容、成果と知見及び見通し
 本研究は、明治、大正期、具体的には1908~1926年における日本陸軍の部隊管理を検討したものである。1930年代以降、陸軍現場部隊の青年将校や参謀官が多くの下剋上事件(二・二六事件など)や独断的軍事行動(張作霖爆殺事件、満洲事変など)を引き起こし、陸軍の統制に大きな混乱をもたらし、政局にも影響していた。首謀者の圧倒的多くは、権力の中枢から遠く離れた軍人たちだったことが、部隊の統制に大きな欠陥が生じていたことを示唆した現象であり、本研究の問題関心の由来でもある。ただし、本研究は1930年秩序混乱のあり方そのものより、それに至るまでの歴史的な変遷を検討することに重点を置き、そのため、現場部隊の規模やそれを取り巻く外部環境が大きく変容していた日露戦後から大正期までの期間に着目し、(1)部隊管理者の資質、(2)部隊管理に関する制度とそれを取り巻く環境、及び(3)部隊管理の事例を通して、検討を進めていた。

(1)部隊管理者の資質
 現場部隊長の代表格である師団長(皇族軍人を除き、人事情報が分かる経験者全員)を対象とし、そのキャリアパスへの定量的、定性的検討を通して、部隊管理者の資質の解明を試みていた。具体的には、軍人のキャリアを現場部隊、中央行政機関、そしてそれ以外の機関と分類し、各枠における勤務期間(月数)を分析することで、師団長キャリアの時期ごとの特徴を明らかにすることができた。経験者の多くは、師団長になるまで比較的豊富な部隊勤務経験を持っていたが、1908〜1917年の間に任官した師団長は、それまでに比べ、部隊勤務経験が大幅に低下し、代わりに中央官衙や、学校教官、駐在武官などの勤務経験が増え、キャリアの官僚化・多様化が進んだ。中央官僚としての勤務経験をさらに考察したところ、日露戦後(1908〜1917)においては、人の管理を含んだ軍事行政に携わる軍人が多かったのに対し、第一次世界大戦以降(1918〜1926)になると、作戦などの専門知識を持つ技術官僚の増加が目立ちはじめ、行政官僚を追い抜くようになった。

(2)部隊を取り巻く環境
 こうした師団長のキャリアの特徴を評価すべく、時代背景と照合しながら検討したところ、日露戦後期(1908〜1912)において、陸軍は大規模な軍拡を目論み、軍隊と社会との関係を強化し、精神主義を強調する部隊管理を励行していた。このような状況のなか、行政に長けた軍人が師団長になったことは整合的な人事であっただろう。第一次世界大戦以降、兵器と軍事技術がより重要視された一方、部隊管理の分権化がさらに進み、かつ大正デモクラシーの影響により、部隊管理を担った将校のイデオロギーがより多様化していた。こうした状況に対応するには、部隊管理者は統率力(行政手腕)と専門知識を共に備え持つことが理想だが、両立できず、知識と技術の追求が優先されたという見通しを得た。

(3)部隊管理の事例研究
 日露戦後期に師団長に補任された井口省吾と宇都宮太郎の部隊管理を検討した。両者とも高学歴で、部隊勤務経験が少なく、中央官僚の勤務が豊富なエリート軍人だったが、井口は軍事知識の研鑽を好み、学究的な側面が強かったのに対し、宇都宮は政治家的な気質を持つ軍人だった。師団の管理にあたり、両者とも配下部隊の管理を当該部隊長に任せ、それに干渉しない方針を掲げた。井口はその方針を忠実に運用していたのに対し、宇都宮は階級を跨いで下級将校とも幅広く接触し、直接に部隊管理に関わっていた。いずれも当時は問題なく統率できていたが、その方式に欠点がなかったとは限らない。井口方式だと、下級部隊長による恣意な管理が可能となり、配下各連隊の管理が割拠的なものになる危険性を孕んでいる。他方、宇都宮の方式では、下級将校と上級部隊長との間に直接な人間関係ができ、不必要に青年将校の気炎を助長し、下剋上の温床になりかねない。したがって、両者の管理スタイルは大戦後の新事態にそのまま通用し得たかは疑問であり、これが昭和戦前・戦時期に多発した下剋上、独断的軍事行動の背景となった可能性が高い。

研究の意義、課題
 本研究では1930年代における日本陸軍の秩序混乱の要因を解明すべく、従来の軍内上層部の派閥闘争や軍人と民間右翼との結託といった古典的な解釈と距離を置き、より長いスパンで、部隊管理という視角からそれを説明しようとした。この点で新規性のある考察といえる。また、部隊管理者(師団長)の資質と部隊管理の実態への検討を通して、部隊管理の全体像を把握するという研究手法も、独自性に富んだものといえよう。この研究の枠組みで、1930年代以降の部隊管理のあり方の発見に挑むことが、本研究の今後の課題である。また、実証史学の手法だけでなく、キャリアパスに対するより精緻な定量分析、組織文化論、リーダーシップ論といった行政学、組織学の知見を導入して、陸軍という組織のあり方を見直すことで、日本陸軍だけでなく、日本型の組織の普遍的な特徴を発見することにもつながるだろう。

2026年5月
※現職:東京大学法学政治学研究科附属法・政治デザインセンター 特任研究員