サントリー文化財団トップ > 研究助成 > これまでの助成先 > 熾盛光仏図の研究

研究助成

成果報告

外国人若手研究者による社会と文化に関する個人研究助成(サントリーフェローシップ)

2024年度

熾盛光仏図の研究

神戸大学大学院人文学研究科 博士課程後期課程
施 園園

研究の動機、意義と目的
 2024年度の研究により西夏時代の熾盛光仏図像に見られる特殊な表現と儀礼実践との関連が確認されたことを受け、本年度は視野を明代へ拡大し、山西と四川に遺存する明代の熾盛光仏仏会図壁画を重点的に考察する。山西地域の熾盛光仏作品の中で、二組の『熾盛光仏仏会図』と『薬師仏仏会図』の壁画は特に注目に値するが、現在は海外に流失している。国内外の学者はこれらの作品に対して広範な研究を展開しており、中でも孟嗣徽氏の貢献は顕著である。孟氏は眷属の尊格を識別し、制作年代を推定し、元大徳年間の山西趙城大地震がこの壁画組合せの形成と深く関連することを指摘した。
 特に注目すべきは、この組合せが晋南だけでなく、晋中市霊石県資寿寺大雄宝殿にも完全な形で保存されていることである。資寿寺は歴代の修繕を僧侶や地元信者の共同資金で行ってきた民間寺院の代表であり、殿内の壁画は山西民間寺院絵画の重要な遺例である。しかし長らく学界の体系的関心を得られず、眷属の身分判定や制作年代などの重要な問題は未解決のままである。特に大雄宝殿の壁画には関羽、唐皇帝(または閔公)と識別される特殊な人物像が現れており、その制作時代、成因、宗教的含意は未だ明らかでなく、深い検討を要する。
 また、この種の作品は山西のみならず、四川省剣閣県覚苑寺大雄宝殿にも唯一の山西以外の事例として存在する。しかし覚苑寺壁画の構図は山西の事例と大きく異なり、これまでの研究では廖暘氏による一部眷属の初步的識別があるのみで、多くの問題が未解決である。
 以上の問題意識に基づき、本年度の研究は資寿寺と覚苑寺の二箇所の明代壁画を主な対象とし、以下の核心的問題を中心に展開する。第一に、資寿寺の熾盛光仏図像に関羽などの世俗神祇を導入した歴史的・信仰的動因を明らかにし、フィールドワークと碑銘文献の相互検証を通じて、制作年代問題を解明する。第二に、智化寺の明代版画及び元明時代の星曜関連絵画との比較を通じて、覚苑寺壁画の粉本源流と制作年代を探る。最終的に、これらの事例を通じて明清時代の山西・四川地域における熾盛光仏絵画の表現形式と民間仏教芸術の進展を描き出す。

研究成果及び研究で得られた知見
 本年度の研究は、山西省資寿寺及び四川省覚苑寺の二幅の明代熾盛光仏仏会図壁画を中心に展開し、具体的な進展は以下の四点を含む。
 第一に、2025年7月に四川省で実地調査を実施し、覚苑寺大雄宝殿の壁画を重点的に考察した。同時に、新津観音寺の壁画・懸塑も調査し、画風や絵画水準の観点から覚苑寺壁画の位置づけを試みた。実地観察と高精細画像の収集を通じて、覚苑寺本の構図や星宿神表現が山西の事例と顕著に異なることを確認した。
 第二に、2025年8月に山西省で重点調査を実施し、資寿寺大雄宝殿の壁画を考察した。寺の僧侶へのインタビューを通じて、現在の法会の内容、儀軌、法具を調査し、現存する儀礼実践と壁画との関連性を検討した。
 第三に、資寿寺壁画の詳細な観察により、伝統的な星宿神以外に、関羽と識別される特殊な人物像が現れていることを確認した。筆者は、このような世俗神祇の導入が明代山西における民間信仰の隆盛及び寺院と地域社会との相互作用と密接に関連すると推論した。
 第四に、覚苑寺壁画については、智化寺本及び元明時代の星曜関連絵画との比較分析を通じて、その粉本が明の宮廷に由来することを確認した。先行研究では、この壁画に元代壁画の様式が見られ、粉本は元末明初に由来するとされてきた。十一曜と四天王の図像来源を考察することにより、多くの眷属の粉本が元代に遡りうることが確かに明らかになった。しかし注目すべきは、覚苑寺本に明代以前には見られなかった五星の特殊表現が現れていることであり、これは覚苑寺本の制作年代が明代であることの重要な傍証となっている。

今後の課題・見通し
 本年度の研究は一定の進展を遂げたものの、なお深化させるべき課題が残されている。
 まず、資寿寺壁画については、関羽などの世俗神祇像の宗教的含意と制作動因の分析は未だ初期段階にある。今後は明代山西の民間信仰体系をさらに整理するとともに、碑銘文献や方志と照合し、制作年代をより正確に確定する必要がある。
 次に、覚苑寺壁画については、本年度は粉本源流の考察に集中しており、四川の在地事例との比較、特に絵画様式や色彩運用の面では不十分である。これは画師集団の考察や中央と地方における図様の融合の問題に関わるものであり、今後の課題とする。また、覚苑寺における熾盛光仏と薬師仏の組合せが地域的信仰実践といかに結びつくのかについても、地元の儀礼文献や地方志の分析を通じて深化させる必要がある。
 最後に、本研究の最終目標は、中国西北部から中部、さらには東アジア全域にわたる熾盛光仏図像の伝播経路をマッピングし、各時代・各地域における図像の機能と信仰の実態を総合的に把握することにある。これに基づき、熾盛光仏信仰の仏教美術史における位置づけを再考するとともに、多民族・多文化が交錯した中世から近世にかけての東アジア宗教文化交流の実像に迫りたい。

2026年5月