成果報告
2024年度
中華民国期の国民革命軍による国づくり
- 東北大学大学院法学研究科 博士課程後期3年の課程
- 菊地 秀樹
【研究の動機、意義、目的】
本研究の出発点は、「戦争、内乱が続いた近代中国で展開された国民国家建設において軍隊がいかなる役割を担ったのか」という問いにある。
国民国家は、徴税、戸籍管理、警察・軍隊の整備をつうじて、国内の暴力を国家のもとに一元化することで成り立つ。とりわけ、徴兵制にもとづく「国民軍隊」は、国家と国民を結びつける重要な装置であった。しかし、1920年代後半から40年代前半の中華民国では、内戦、軍閥の割拠、匪賊や自衛団体の存在、日本との戦争が重なり、中央政府が社会を均質に把握し、統制する条件は十分に整っていなかった。本研究は、このような状況下で進められた国家建設の内実を国民革命軍、すなわち国軍の兵士動員に代表される軍隊建設の実態から明らかにするものである。
兵士として誰を、どこから、どのように集めるのかは、国家が社会をどこまで掌握し、どこまで命令を完徹できるのかを映し出す。つまり、戸籍が整っていなければ、徴兵対象を確定できず、統治権力が不安定であれば、徴兵をしても徴兵忌避や脱走兵を容易に生み出してしまう。したがって、国軍の兵士動員の詳細を調べることは、近代中国の政治秩序がどのように形成され、どこで限界に直面したのかを考察することにほかならない。
1990年代以降、台湾に所蔵される国軍に関する一次資料や蔣介石関連文書の公開が進んだことにより、国民政府による国家建設や日中戦争期の動員体制を再評価する研究が蓄積されてきた。先行研究において、国軍は、かたや中国統一と抗日戦争を担った正統な軍隊という評価を受け、かたや腐敗し、非効率な軍隊として評価されることが多い。しかし、いずれの見方も、地域ごとに異なる軍隊建設の実態や、軍隊が地域社会とどのような関係にあったのかを十分に説明しないままに上述の評価を下している。
本研究の意義は、国民革命軍を単なる軍事組織としてではなく、中華民国の国家建設を支えた統治の担い手として捉え直す点にある。本研究では、実際に兵士を集め、食糧を調達し、治安を維持する現場、すなわち地域社会と軍隊との関係に注目する。そのうえで、中華民国の国家建設が理念どおりに進まなかったにもかかわらず、大規模な戦時動員ができた理由を地域ごとの具体的な動員過程から明らかにする。これが本研究の目的である。
本研究では、江西、湖南、江南、河南、四川、広西の地域における軍隊建設の分析をつうじて、国軍が「国民軍隊」を目指しながらも、彼らが地域社会で直面した相剋を浮き彫りにし、その動員メカニズムの解明を試みた。研究方法としては、中央政府の政策文書に加え、部隊からの報告資料、地方行政資料、占領地や敵対勢力側の記録を照らし合わせ、複眼的な視座から地域社会における兵士動員の実態を辿った。
【得られた知見】
各地域の事例分析から得られた第一の知見は、国軍の兵士補充が「武装化した社会」と切り離せなかったことである。徴兵制は理想として掲げられたものの、戸籍制度や行政機構が未整備な地域では、国家が直接に兵士を集めることは困難であった。そのため、国軍は、社会に遍く存在した在地武装勢力を兵士にして部隊を維持した。これは短期的には大規模な兵士動員を可能にしたが、同時に指揮命令の統一や国家による暴力の一元的な管理を妨げた。つまり、国軍は国民軍隊を目指しながらも、その障壁となる社会的条件に依存する形で兵士を確保していたのである。
第二の知見は、国軍が脆弱な党組織と行政機構を補完する形で地域統治を代行したことである。共産党に対する軍事作戦や日中戦争において、国軍は戦闘だけでなく、民衆の組織化、軍事訓練、治安維持、在地武装集団の統制、行政監督に関与した。国民党は、本来、自らが民衆を指導して近代的な国民国家を準備することを想定していたものの、実際には、党組織の社会への浸透が不十分であった。そのため、軍隊が末端における政権建設を支える役割を担うことになった。この仕組みによって、国民政府は全国的な徴兵制が未完成であっても、戦時動員をおこなうことができたのである。
第三の知見は、国軍の代行的な統治が戦争の長期化のなかで臨界点に達したことである。国軍は多くの地域で外来の駐屯部隊であり、地域社会との信頼関係は希薄であった。戦況が悪化すると、部隊は自らの存続を優先し、兵士や食糧を強引に確保した。その結果、軍隊は地域社会を守る存在であると同時に、民衆には収奪をおこなう武装集団として映った。この矛盾によって、国軍は戦争末期になるにつれ、兵士の確保に難儀し、民衆の国民政府に対する不満を強めることとなった。
【今後の課題】
今後の課題としては、国軍の軍隊建設をより多角的な視座から検討する必要がある。具体的には兵士の回顧録やインタビュー記録、プロパガンダ資料を用いて動員された兵士の認識や彼らの心情を明らかにすることが求められる。
また、国軍と同じ社会的条件のなかで軍隊建設をおこなった共産党の軍隊との比較をおこなうことで、本研究の出発点となった問い、すなわち近代中国において軍隊とはいかなる存在であり、一党支配体制を確立させるうえでどのような役割を果たしたのかを明らかにしたい。
2026年5月
※現職:神田外語大学外国語学部 講師




