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研究助成

成果報告

若手研究者による社会と文化に関する個人研究助成(鳥井フェローシップ)

2024年度

ポストコロニアリズムの視点からみる日本とインドネシアにおける翻訳の歴史的役割

東京外国語大学大学院総合国際学研究科 博士後期課程
岡田 莉子

 世界文学論の視点から翻訳の問題が活発に議論されるようになった今日、文学翻訳における西洋とそれ以外の周縁地域とのあいだに横たわる非対称的な関係性や権力構造が明らかになりつつある。しかし、世界文学の「世界」は文字通りの世界を指すわけでなく、依然として西洋中心的な枠組みによって構成されている。本研究はこのような課題に対し、日本とインドネシアに着目し、その翻訳について考察するものである。
 インドネシアは17世紀初頭からオランダの植民地支配を受け、20世紀半ばには日本軍による占領を経験した。多民族社会として多様な地域語を有している地域でもあるが、ナショナルアイデンティティ形成を図り、1928年よりマレー語を基盤としたインドネシア語を国語として位置づけてきた。こうした歴史的背景を持つ言語圏における翻訳と文化交流は注目に値する。しかし、これまでインドネシア語を対象とした文学翻訳、とりわけポストコロニアル的状況について十分に検討されてこなかった。
 そこで本研究では、日本文学作品のインドネシア語訳を対象に、日本軍占領期、戦後、現代という歴史軸に基づいて、文化的差異がどのように調整・抑圧・再構築されてきたのか分析するに至った。インドネシアにとって「他者」は単なる異文化的存在ではなく、ときには支配や政治的文化的対抗関係の中で認識される存在でもあった。そのため、文学翻訳もまた、他者との関係をどのように構築してきたのか記述されることに意義があるのではないかと考えられる。本研究は、こうした背景を踏まえて、文学翻訳の視点から日本とインドネシアの歴史的関係を読み直すことを目的としている。
 本研究が対象とするのは、占領期に日本文学の流通を本格化させる契機ともなった雑誌『ジャワ・バル』に掲載された短編小説、第二次世界大戦後の文学流通の停滞期を大きく変化させた川端康成『雪国』、翻訳形態を一変させている村上春樹の作品を設定している。これら三つの事例分析により、本研究は従来の西洋の理論では捉えきれない、アジア固有の翻訳実践の背後にある政治的・社会的力学を可視化する試みである。
 本研究では、各対象作品の日本語とインドネシア語のテクスト比較に加え、翻訳者・編集者へのインタビュー調査を行った。また、翻訳者がすでに亡くなっているなど、インタビュー調査が不可能な場合にはエッセイや論考、史資料などを用いた文献調査を実施した。
 こうした中で特に注目される知見が、第二次世界大戦期と戦後の事例である。『ジャワ・バル』は、1943年1月1日から終戦まで刊行された日本語とインドネシア語の二言語雑誌である。報道記事や写真を中心としながらも文芸欄が設けられ、文学作品が継続的に掲載されていた。先行研究には、日本文学の紹介を通じてインドネシア文学に新たなジャンルが紹介された点を成果と評価するものや、両国の文学作品の翻訳を通じて異文化交流が達成されたとの見方がある。しかし、占領期は検閲強化に伴い、インドネシア人作家にとってはもはや自由に表現できる場ではなく、日本文学も同様の状況に置かれていた可能性がある。そこで掲載された作品を分析すると、主として戦争を題材としており、インドネシア語訳には軍事用語を中心とする借用語および注釈が多用されていた。本研究は、これらの翻訳操作が日本の戦時価値観を感情レベルで共感可能なものにしていたことを明らかにし、読者の感情や認識を方向づける「言語統治」の一形態として機能していたことを示した。
 第二次世界大戦後、インドネシアで初めて全訳出版された日本文学作品は、川端康成の『雪国』である。『雪国』は、1972年に英訳を介した“Negeri Salju”として翻訳され、日本文学への関心を高める契機となった。しかし、1987年に日本語から直接翻訳された“Daerah Salju”が出版されると、英訳経由の翻訳は「不正確」であるとして相対的に低く評価されるようになった。本研究では、この二つの翻訳に見られる文化的解釈の差異を分析した。すると、1972年版では、英訳で簡略化・省略された表現が補われるなどの、重訳でありつつも原典への接近を試みる姿勢が確認された。さらに、1972年版と1987年版の翻訳者の関係性についても考察すると、前訳の翻訳者は改訳版に取り掛かる中で病に罹り、完成目前に亡くなったことが明らかになった。また、その改訳版は当時編集者であった1987年版の翻訳者に渡す予定だった。こうした背景から、1987年版が日本文化の伝達を重視した、より異文化に対して開かれた翻訳へと展開した要因の一つとして、前訳の翻訳者の意思を引き継いだ結果であることが示唆された。
 今後の課題としては、現在インドネシアで広く読まれている村上春樹作品の分析をさらに進めるとともに、個別に検討してきた事例を統合し、理論化を図り、応用可能な枠組みを構築することを目指している。

2026年5月