成果報告
2024年度
ポストトゥルース時代における政治・行政不信:日本の公的機関は人々にどのように認識されるのか
- 神戸大学大学院法学研究科 博士課程後期課程
- 井坂 圭吾
① 動機・意義
近年、「ポストトゥルース」は政治的・社会的に重要な現象として注目を集めている。ポストトゥルースとは、客観的事実よりも感情や個人的信念が世論形成に大きな影響を及ぼす状況を示す用語である。2016年のイギリスのEU離脱以降、2024年のドナルド・トランプの再選や、ポピュリズム的政党の支持が日本でも拡大するなど、今日でもこの現象は大きな影響を与えている。
ポストトゥルースの背景には、インターネットやSNSの普及という情報流通の変化が存在する。検索アルゴリズムや、SNS上での同質的な意見空間の形成によって、人々は自身の信念を強化しやすい環境に置かれている。
その一方で、情報流通の変化は正の側面も併せ持つ。インターネットやSNSの普及によって市民が容易に情報を発信でき、人々の交流が促進される。政治学分野では、公的機関と市民が双方向的に情報発信する「ガバメント2.0」への移行が指摘されている。
ポストトゥルースに関して政治学では、「どのような人が誤情報を信じやすいのか」という分析が行われてきた。しかし「どのような公的機関に関する」「どのような事実」が歪められるか、公的機関による情報発信が人々の認識や信頼を修正できるのかについては、十分に検証されていない。
② 目的
本研究の目的は、ポストトゥルース時代において公的機関が人々からどのように認識され、公的機関による情報発信がその認識にどのような影響を与えるのかを明らかにすることである。具体的には、「日本においてどのような公的機関の、何についての事実が歪められているのか」を分析し、「公的機関は自らの情報発信によって、その歪みを修正できるのか」を検証する。
研究方法として、公的機関がSNS等を通じて発信した情報を収集し、発信内容や頻度を整理したデータセットを構築する。さらに、公的機関の発信する情報への接触状況と、公的機関に対する信頼などを定期的な調査から測定する。これら二つのデータを接続することで、現実世界での情報発信と、人々の認識との関係を分析する。
③ 得られた知見
第一に、公的機関によるSNS利用の実態調査から、中央省庁のSNS活用は一方向的な情報提供に留まる傾向が確認された。ただし、一部の省庁は情報提供の呼びかけなど、市民との協働を目指したSNS活用も行っている。例えばデジタル庁はビジネスに特化したSNSであるLinkedInを活用している。また子ども家庭庁は、若年層でも利用しやすく心理的負担の低いLINEを相談窓口として活用している。
第二に、2025年度に発生した二つの事例から、公的機関は政策に関する誤情報や不正確な認識、科学的に不正確な情報に対して即応的にSNSを活用していることが明らかとなった。まず、漫画『私が見た未来』に端を発した「7月5日大地震説」に対して、総務省が誤情報への注意喚起を行っている。総務省による地震に対する注意喚起は2024年に発生した能登半島地震でも実施されており、本ケースでも同様の対応がとられたものである。これまでと特異な事例として、JICAの「ホームタウン事業」を巡り国内外で政府見解と異なる情報が発信されたケースがある。本ケースでは、外務省がX上で事実関係を説明する情報発信を複数回行った。これらの事例では、前後に行われた通常の広報と比較して、SNS利用者からの大きなリアクションを集めており、情報伝達は十分に達成できたと考えられる。その一方で、全ての公的機関が積極的に対応しているわけではないことも分かった。財務省は「財務省解体デモ」に対してSNS上で一切の情報発信を行わなかった。この点から、公的機関による情報発信戦略の違いが示唆されている。
④ 課題
研究遂行上の課題として、まず調査実施時期の問題があった。ポストトゥルース的現象は政治状況に大きく左右されるため、調査タイミングによって結果が変化する可能性がある。このため、参議院選挙・衆議院選挙やその後の政局の影響を考慮し、調査開始時期を延期することとなった。今後の長期的・継続的なデータ収集が望まれる。
今後の分析では、公的機関による情報発信が実際に市民の認識や信頼にどの程度影響を与えるのか、サーベイの分析と併せて検証する必要がある。現段階ではSNS利用の実態整理や事例分析が中心であり、どのような情報発信が信頼向上に有効か、逆に不信感を強めてしまうかについて、データを統合し分析を行う。
また、政治状況の変化による影響についても分析が必要だと考える。2026年度には国際情勢の変化に伴うエネルギー政策について首相官邸や経済産業省から情報が発信されている。また内閣広報室のXアカウントが試行的に新設されるなど、高市政権による中央省庁の情報発信への影響を分析していく必要性がある。
2026年5月




