サントリー文化財団トップ > 研究助成 > これまでの助成先 > 「価値」をつくる実践――地方小劇場演劇の分析を通じた「価値構築モデル」にむけて

研究助成

成果報告

若手研究者による社会と文化に関する個人研究助成(鳥井フェローシップ)

2024年度

「価値」をつくる実践――地方小劇場演劇の分析を通じた「価値構築モデル」にむけて

立命館大学大学院先端総合学術研究科 一貫制博士課程
柴田 惇朗

 ある「もの」や「行為」が芸術作品とみなされる場合と、そうでない場合があるのはなぜだろうか。例えば、街中に描かれたグラフィティは落書きとして消されることもあれば、著名なアーティストの手によるものだと判明した途端にオークションで高値がつくこともある。また、我々が日々無意識に行っている日常的な動作が、舞台上ではダンスや演技として観客の感動を誘うことがある。

 これは、そのものや行為が「美術館」や「劇場」といった特別な場所に置かれたり、「芸術家」と呼ばれる特別な人々によって作られたり、「批評」といった特別な言葉によって語られたりするためである。我々が社会の中で集合的にこのような認識の枠組みを共有し、特定のまなざしを向けることによって初めて成立するものこそが「芸術」である。芸術は社会的に構築されるものであるという前提に立ち、そのメカニズムを解明していくことが、私の取り組む「芸術社会学」という分野の根源的な動機である。

 「芸術」とみなされることはそれ自体、価値づけである。ただし、社会の多様化に伴う様々な価値基準の発見や歴史に対する反省的な目線の発展は、一元的なヒエラルキーを持つ「芸術」を想定することを難しくさせる。ひいては、特定のものや行為を芸術と名指すこと、あるいは名指されたものが価値を持つと考えることにも複雑さや逡巡が宿る。

 そうした現代社会において、経済的・制度的な強固な後ろ盾を持たない芸術家たちは、いかにして自らの活動の「価値」を創り出し、表現活動を継続しているのだろうか。これが、私が京都の小劇場演劇をフィールドとして探究してきた研究を貫く中心的な問いである。絶対的な価値基準が存在しない環境のなかで、人々がどのように「価値」を“自給自足” し、関係性のネットワークを通じて社会に自らの居場所を構築していくのか。これまでの研究では、そのプロセスを具体的に描き出し、現代社会における芸術実践を捉え直すための新たな理論的視座を提示することを目的としてきた。

 この問いに迫るため、本研究では質的な調査を長期間にわたり積み重ねてきた。具体的には、京都を拠点とする「パフォーミングアーツグループS」の活動への2017年〜現在までの参与観察、および京都の小劇場界で活動する約50名の演劇人に対して実施したキャリアや生活史に関するインタビュー調査である。また、彼らを取り巻く支援制度や環境の変化を通時的に理解するため、アーカイブ資料等の分析も併せて行ってきた。

 これらの調査を通じて得られた研究成果は、次のようにまとめられる。

①(京都)小劇場演劇の制度化の現状に関する研究
 日本の小劇場演劇ジャンルの特徴として、制度化が「未発達」とされている、というものがある。従来「欠如」として語られてきたこの制度状況を、単なる遅れではなく、組織や資金スキームなどの「道具としての制度」と、評価や正統性を支える「認識としての制度」の二重構造から捉え直した。分析の結果、1980年代以降の小劇場界では支援体制の整備や業界団体を通じた業界化など、道具的な制度化は部分的に進展したものの、界全体を統合する美学や共通言語といった認識面での制度化は依然として脆弱であり、分断された状況が温存されている実態を明らかにした。とりわけ京都の状況に関しては「京都舞台芸術協会」の分析を行い、1990年代中頃からの業界化をめぐる活動や言説の変遷を追った。

②「制度化の未発達」の元で行われる芸術生産に関する研究
 このようなマクロな状況において、ミクロな創作現場では独自の適応実践が展開されている。具体的には、稽古場特有の語彙を用いて独自の価値基準を築く「局所的制度」の形成、教育機関等でのワークショップ活動を作品制作の延長と捉えて資源と正統性を確保する「拡張的芸術」、そして評価リスクの分散や創造的枯渇を防ぐために作品のビジョンを抽象化し、創作主体を集合化する「アイデンティティ・ワーク」などについて、複数の論考で取り扱った。小劇場演劇全体としての統一的な「制度化」は未発達であっても、芸術家たちが相互行為の反復を通じて自生的な「局所的制度」を立ち上げ、その中で活動・キャリアを成立させる場合があることを示したものである。

 本助成期間中、これら芸術と制度をめぐる論考を統合し、博士論文『「小劇場演劇」の社会学――制度化の未発達の元でつくられる「芸術」』として結実させることができた。制度的基盤が脆弱な環境下においても、芸術家たちが独自の論理で価値を紡ぎ出し、社会的な紐帯を築き上げている実態を実証できたことは大きな成果である。今後はこれまでの限定的な範域の調査を更に拡大し、とりわけ資源獲得、創造的活動、アイデンティティといった側面に光を当てながら、「創造的活動の一部としての芸術」を捉えるための理論的枠組みを構築すべく、研究を継続する予定である。


2026年5月
※現職:関西学院大学社会学部(日本学術振興会特別研究員PD)