成果報告
2024年度
植民地化の歴史と無人島小説:生態学的帝国主義からのアプローチ
- ソルボンヌ大学文学部 博士課程
- 中江 太一
研究の動機、意義、目的
ダニエル・デフォー『ロビンソン・クルーソー』(1719)に端を発する無人島小説は、近代文学における文学的な神話の一つとして読み継がれてきた。無人島は、人間が社会から切り離されたときに何をなしうるのか、自然とどのように関わるのか、共同体はいかに形成されるのかを考えるための特権的な舞台であったからである。しかし、このような見立ては、無人島が、大航海時代以後の西洋の海洋進出と植民地化に伴う領有権争い、そして動植物の移入や土地改変の場となってきた歴史を覆い隠してしまう。
本研究の動機は、文学上の無人島を、隔離された想像上の空間としてではなく、植民地化の歴史の中で形成された空間として捉え直し、そのことによって、無人島小説を新たな角度から捉え直すことにある。アルフレッド・クロスビーの「生態学的帝国主義」論によれば、植民地化の歴史は人間同士の支配関係だけでなく、動植物や農業技術を実験的に移植し、生態学的に植民地を支配する過程であり、無人島はその過程において先駆的な役割を担った。本研究は、このような歴史的視座をロビンソン物語研究に導入し、理念としての無人島と実在の無人島との断絶と交錯をたどることで、新たな無人島小説史を構築することを目的とする。これは、近代西洋が自然や他者をどのように想像し、支配してきたのかを文学から問い直す試みでもある。
研究成果や研究で得られた知見
本研究を通じて得られた第一の知見は、無人島小説における「無人性」が、単なる物語上の設定ではなく、歴史的に作られた認識の枠組みであるという点である。従来のロビンソン物語研究は、デフォー以後の模倣・書き換えの系譜や、隔離空間における社会的・哲学的な実験を明らかにしてきた一方で、実在の漂着事件や島の地理的・政治的条件、植民地化に伴う環境改変については、十分に論じられてこなかった。本研究では、1629年のバタヴィア号沈没事件、1761年にトロムラン島で奴隷たちが取り残された事件、1789年のバウンティ号の叛乱とピトケアン島事件などを視野に入れ、実在の無人島漂着事件がロベール・メルルやイレーヌ・フランの小説でいかに描かれたのか、特にそれらが植民地主義と環境支配という二重の暴力をいかに可視化してきたかを検討した。
この課題に関連して、日本フランス語フランス文学会のワークショップでは、ジャン・ジロドゥ『シュザンヌと太平洋』を中心に、「エデン」と「植物園」という二つの対照的な庭のモチーフを分析した。この発表では、原初的自然や楽園として描かれる無人島の自然がパリの植物園や博物学的な分類・用語を通して把握されていることを示し、空想的な無人島小説が、植民地主義や博物学に由来する知を参照していることをテクストレベルで示した。
また、ジュール・ヴェルヌの会誌『Excelsior!』に寄稿した査読論文では、この作家のロビンソンものを「挫折、懐疑、増殖」という観点から分析した。ヴェルヌはロビンソンものを愛読し、自らも書こうとした作家であるが、同時にこのジャンルがすでに多数の先行作品によって飽和していることを強く意識していた。そのため、彼の作品では、無人島は白紙の土地ではなく、先行する書物、実在の漂着者、過去の開拓の痕跡が重なり合う場所として現れる。しかし、ヴェルヌは、自らの二次性を意識しながらメタフィクション的な仕掛けを通じて先行作を乗り越えようとするだけでなく、航海記や地理書を参照しながら、19世紀の海洋ネットワークのなかに無人島小説を位置付け直している。この二重性の分析を通じて、ヴェルヌがフィクションと現実の関係を問い直したことを示し、本研究が問題とする、実験の舞台としての無人島と実在の無人島との関係を媒介する重要な作家であることを明らかにした。
中間報告会では、文学作品のみならず、無人島それ自体を生物学や政治学の観点から捉えるべきなのではないか、というコメントをもらった。この指摘は、本研究を植民地環境史や海洋人文学の知見へと接続する足掛かりとなった。
今後の課題、見通し
今後の課題は、フランスからの帰国後のPD研究において、本研究をより本格的に展開することである。具体的には、従来のロビンソン物語研究を、理念的トポスとしての無人島と、植民地化の歴史に組み込まれた実在の無人島という二つの軸から再構成する計画を立てている。ジャン=ジャック・ルソー、ダヴィッド・ウィース、ヴェルヌ、ジロドゥ、ミシェル・トゥルニエなどによる理念的無人島観の形成をたどる一方で、メルルやフランらが描いた実在の漂着事件を分析対象に加えることで、300年におよぶ無人島小説史を、理念と実在の断絶および交錯として再構築したい。
2026年5月




