成果報告
2024年度
指導者の経歴が新興民主主義の定着と発展に与える影響:「民主化の闘士」による民主主義の定着と後退
- 東京大学大学院総合文化研究科 博士後期課程
- 東海林 拓人
本研究は、近年各国で発生している「民主主義の後退」について、新たな要因を提示するものである。近年の民主主義の後退は、クーデターのような非合法手段による体制転換ではなく、民主的に選出された指導者が、憲法改正などの合法的手段によって徐々に自身に有利な権力構造を構築し、民主主義体制の根幹にある規範や民主的制度を徐々に損なう、いわゆる「民主主義の侵食」と呼ばれる形態が主流になっている。
先行研究は、経済水準や格差などの経済・社会的要因や、司法と行政・立法との関係などの制度要因を提示してきた。これらの多くは権威主義化が発生しうる環境・条件を提示しているが、そうした条件下で権威主義化を進めるのはどのような属性の指導者かは、必ずしも十分に理論化されてこなかった。政治体制変動に影響を与える指導者の属性については既存研究では専らポピュリズムや党派的分極化、権威主義志向などが重視され、そのような権威主義的指導者がどのような背景から登場するのかは十分に明らかになっていない。
そこで本研究では、近年政治学において広まりつつある「伝記的アプローチ」に則り、新たに指導者の経歴を要因として提示することを試みた。すなわち、「指導者の過去の権威主義体制下での経験」である。過去に権威主義体制に対して反体制・民主化運動を展開した政治家は、闘争を経て獲得した民主主義の定着に貢献することを一般的に期待される。しかし、本研究では、そのような指導者が、過去に旧体制から激しい抑圧を受けた場合には、むしろ権威主義化を行う可能性を提起する。なぜならば、過去に旧体制から抑圧を受けた経験を持つ指導者は、制度不信や脅威認識を内面化しており、権力に着いた後に下野を過剰に恐れるからである。
上記の仮説を、新興民主主義国の指導者の反体制闘争歴に関する新たなデータセットを作成し、同データセットを用いた計量分析と事例分析によって検証した。
データセットは、政治学における「伝記的アプローチ」の中で、各国の指導者の経歴に関するものが既にいくつか開発されているが、権威主義体制下での反体制運動歴や被抑圧歴が反映されたものはない。そこで、様々な報道資料や伝記等をもとに、新たに指導者の反体制運動歴・被抑圧歴に関して、1975年以降に民主化した79カ国の347名の指導者のデータセットを構築した。
上記の新たなデータセットを用いて、計量分析を行った。計量分析では、指導者の他の属性・経歴や各国の経済水準、制度化度合い等を統制変数としたロジスティック回帰分析により、指導者の抑圧歴があり執政府への立法府による制約度合いが低い場合に、権威主義化が発生しやすいことを明らかにした。
この分析結果が仮説のメカニズムによるものであることを明らかにするため、比較事例分析を行った。事例分析として、まず、南部アフリカで似通った社会・経済条件や歴史を持ちながら複数政党制が導入された1990年代以降に大きく異なる政治過程を辿ったザンビアとマラウイの2カ国に着目した。その結果、両国で被抑圧歴がある指導者の下で権威主義化が進み、そうではない指導者のもとでは再民主化の兆しが見られた。ただし、資料不足などの制約から、両国の指導者の発言などから仮説どおりのメカニズムを実証するには至らなかった。
このため、トルコとユーゴスラビア(現セルビア)の2カ国を追加で比較事例研究の対象とした。両国については本報告書提出時点で調査中であるが、トルコで権威主義化を進めたエルドアン大統領は過去にイスタンブル市長職を失職させられた経験を有しており、警察や司法といった政治制度への不信とそれらを自身の統制下に置こうとする言動が複数観察されたことから仮説の想定するメカニズムが裏付けられた。一方でユーゴスラビアのコシュトニツァ大統領は、過去に反体制運動を行っていたが抑圧を受けた経験は少ない。同大統領のもとでは、政権の喪失の危機に瀕してもなお民主主義を後退させようとする行動は見られなかった。以上の観察から、被抑圧歴を有する政治指導者は、とりわけ政権喪失の危機に瀕した際に、政治制度を自らに有利な形に改変し、民主主義を後退させてでも権力を維持しようとすると考えられる。
これらの研究成果をまとめ、今後博士論文の執筆、および国際学術雑誌に投稿を行うことを予定している。なお、本研究で提起した被抑圧歴が権威主義化の誘因を強めるとのメカニズムは、事例研究によって実証を試みているものの、その心理的効果のさらなる検証は今後の課題となる。今後はサーベイ実験等の心理的効果を明らかにできる手法を用いてさらなる検証が求められる。
2026年5月




