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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2024年度

動物倫理学に基づいた大規模言語モデルの種差別バイアスの評価と緩和

北海道大学大学院情報科学院 博士後期課程
竹下 昌志

 近年、大規模言語モデル(LLM、ChatGPTのような文章生成AI)は、単に情報を検索して返す道具から、理由を示し、反論に答え、利用者の考えに影響を与える技術へと変わりつつある。医療、教育、日常の相談でAIの助言が参照されるなら、その助言が「誰の利益を重く見て、誰を軽く見るか」は重要な倫理的問題になる。これまでのAI倫理は人間の権利・安全・公平さを中心に論じ、AIの判断によって影響を受ける存在として、人間以外の動物を十分に扱ってこなかった。本研究は、LLMにおける「種差別」、すなわち、種が違うというだけの理由で人間以外の動物の道徳的な扱いや利益を低く見積もる傾向を検討した。
 この問題が重要なのは、動物をめぐる判断が単なる好みの問題ではないからである。肉食、動物実験など、現代社会には人間の利益と動物の利益が衝突する場面が数多くある。さらに動物は人間の議論の場に直接参加できず、自分の利害を社会制度の中で訴えることができない。AIが人間の今の価値観をそのまま映すだけなら、動物に不利な制度や慣行を見えにくくし固定する恐れがある。逆に、うまく設計できれば、見落とされがちな動物の利害を反映し、より広い倫理的熟慮を助けられる可能性がある。
 本研究の当初は、LLMの種差別バイアスを測定するデータセットを作成し、その偏りを緩和する方法を検討する計画だった。しかし調査の過程で、英語圏では似た目的の評価データがすでに整いつつあると判明した。そこで既存の英語データを日本語に訳して評価しようとしたが、翻訳による文脈のずれ、設問が日本の文化に合うかなどの問題が残り、この方針だけでは十分な成果を得にくいと判断した。そこで問題意識は保ちつつ、研究の重点を、「種差別バイアスが緩和されたLLMが普及した場合にどのような倫理的問題が起きるか」の検討へと移した。
 この転換と並行して、LLMが動物倫理の研究そのものをどこまで担えるかも試みた。具体的には、先行研究の整理、論証の組み立て、論文草稿の作成までをLLMに行わせ、その妥当性を人間の研究者が評価した。これは、AIが動物倫理について助言するだけでなく、研究作業そのものを支援できるかを確かめる試みだった。同時に、概念整理、議論の前提の吟味、文献の正確な理解には人間による検証がまだ必要であることも確認した。
 以上の検討は複数の成果につながった。反種差別的LLMの設計と受容問題、LLMによる肉食倫理への道徳的助言、動物への道徳的配慮を広げにくい心理的・社会的要因をそれぞれ論文にまとめ、いくつかは査読中である。また予備実験は哲学論文の自動生成研究として発表した。
 この方針転換を通じて、本研究では三つの知見が得られた。
 第一に、種差別をしないLLMを作るには、人間の好みや既存の文章から学習させるだけでは不十分である。人間の言語データには、動物を食料・資源・実験材料として扱う前提が広く含まれ、そこから学習するAIも同じ前提を引き継ぎやすい。したがって、「種が違うというだけの理由で動物の利益を軽く扱わない」という反種差別原則をあらかじめ明示し、上位の方針として組み込む設計(トップダウン型)が必要になる。
 第二に、そうしたLLMには「受け入れられにくさ」という問題(受容問題)がある。AIが肉食・動物実験についてより動物寄りの助言をすれば、一部の利用者はそれを押しつけと感じ、より人間中心的なAIに乗り換えるかもしれない。しかし、だからといってAIを今の多数派の価値観に合わせるべきだと結論づけることにはならない。AIが理由をきちんと示し、利用者が自分で判断する余地を尊重するならば、種差別をしない価値観へ向けて筋道立てて説得すること自体は倫理的に許される余地がある。問題は、AIが価値観に影響を与えること自体ではなく、どのようなやり方で影響を与えるかである。
 第三に、LLMは肉食や動物利用から自分が得をする存在ではないため、人間が陥りがちな自己正当化や情報回避から比較的距離を取れる可能性がある。もちろんLLMにも学習データ由来のバイアスや誤情報のリスクがあり、道徳の権威として無批判に従ってよいわけではない。しかし、適切な問いかけ、出典の確認、反論の検討を伴うなら、利用者が見落としがちな事実や論点を整理し、肉食や動物利用についてより深く考える助けになりうる。
 今後の課題は、これらの知見を、実際のLLMの評価と設計、そしてAIによる研究支援の方法論へとつなげることである。特に、どこまでが正当な理由の提示で、どこからが不当な誘導や操作になるのか、AIが作った倫理的論証をどう検証すべきかを、実験と哲学の両面から明らかにする必要がある。本研究は、AI倫理を人間中心の枠に閉じ込めず、人間以外の存在をも含むより広い倫理へと広げる基盤を提供するものである。

2026年5月
※現職:名古屋大学大学院情報学研究科 研究員