成果報告
2024年度
結晶を主演俳優として――戦間期ドイツ科学映画における鉱物の「(擬)生命化」について
- 筑波大学人文社会系 助教
- 相馬 尚之
本研究は、20世紀初頭から戦間期のドイツ語圏における「結晶」を主題とした「科学映画」の分析を通じて、いかに顕微鏡写真や低速度撮影といった当時最新の技術が鉱物の「生命体」としての定位に寄与したのか、自然哲学・科学史・視覚文化論の各領域を横断して解明することを目的とした。鉱物・植物・動物の三界の区分は古代より西欧社会に普及していたが、19世紀に入るとあらゆる生命現象を「死んだ物質」の物理・化学反応に還元する唯物主義的科学観が台頭した。ただし、「生きている」有機物と「死んだ」無機物の境界の溶解は、常に一方向的に進んだわけではなかった。というのも、世紀転換期の写真・映画技術の興隆は、蔓の螺旋運動や根の成長、結晶の析出など、それまで肉眼では捉えられなかった植物や鉱物の「生き生きとした」動態を可視化することで、鉱物を「生命体」として演出したからである。
そこで本研究は、結晶学者オットー・レーマン(Otto Lehmann 1855-1922)に注目し、彼が関与した展示会や科学映画を検討することで、戦間期ドイツにおける「死んだ物質」に「生命」を賦与する特異的なマルチメディア戦略の実相を明らかにしようと試みた。一方でレーマンは、固体と液体双方の性質を有する「液体結晶(すなわち、液晶)」の研究で大きな成果をあげながらも、生物学者エルンスト・ヘッケル(Ernst Haeckel 1834-1919)を通じてドイツ自然哲学の影響を受けていた。他方で、液晶が「生きている」という彼の確信を支えたのは、自ら改良を加えた顕微鏡をのぞき込んだときに目の前に浮かび上がった、微生物にも酷似した液晶の形態と運動であった。そして結晶の析出や融合を「成長」や「摂食」として「擬生命化」する演出を可能としたのは、非常に緩やかな鉱物界の経過を圧縮する低速度撮影などの新たな撮影技法であった。
2025年5月に開催された日本独文学会春季研究発表会では、「意識の流れと『もの』の流れ-ヘッケルとデーブリーンの心身一元論的(非)対称性」と題した講演を行った。この発表では、まずヘッケルの一元論的世界観を19世紀末に流行した「心素材理論」(mind-stuff Theory)の系譜から再検討し、もし物質と精神を一元的実体の二属性とする心身並行説を堅持しつつ同時代の進化論と原子論を受け入れるならば、理論上は同様の説明が物心双方に適用される-すなわち、ヒトが身体的には数多の原子の集合体であり、また単細胞生物から数多の段階を経て複雑な身体を獲得したように、精神は微細な「精神素」の凝集であり、かつ精神現象は宇宙の始原的元素に宿る微細な「魂」から漸次的に発達したということになる-ことを論じた。ヘッケルの汎「魂」的世界観は、思弁的自然哲学への頽落ではなく、「魂」の原子論化と進化論化という科学主義の産物であった。続けて、1920年代に動物や植物のみならず炎や水や光にさえ「魂」を賦与する独自の自然観を展開しながら文学における心理描写の過剰を批判したデーブリーンが、「ものの流れ」の世界観へと向かったことを論じた。アメリカの心理学者ウィリアム・ジェイムズが心素材理論を糾弾して「意識の流れ」という有名なフレーズを生み出し、英文学に絶大な影響を及ぼしたことは論を俟たない。しかしデーブリーンは、混淆や褶曲を繰り返す「もの」の世界に目を向け、未来小説『山と海と巨人』における数多の単語を通例の文法秩序を破壊しつつ列挙する壮大な言語実験を通じて、「もの」の原子論的・進化論的理解そのものを問い直したのである。
2025年9月には、ドイツのカールスルーエ工科大学のKIT-Archivにて、オットー・レーマンに関する資料を閲覧した。レーマンが制作したとされる映画自体は散逸してしまっており確認することができなかったが、彼が執筆した論文を多数複写するとともに、液晶に関する展示会の写真、また科学映画のフィルムの一部の印刷版などを確認することができた。加えて、アーカイヴのご厚意により、レーマンが実際に使用した顕微鏡も確認させていただいた。これらの成果により、専門知識の平易な解説や大衆向けの娯楽としてのみならず、万物を「死んだ物質」の集合体とみなす機械論的世界観に対する抵抗として、レーマンが液晶の動態を映像化したことを確認した。
このような映画技術と自然科学の連携は、ドイツに限られた現象ではない。日本では中谷宇吉郎が雪の結晶の形成を先駆的に映像化し、世界的にも大きな反響を引き起こした。本研究も、戦間期日本におけるドイツ科学映画の受容をめぐる分析も企図していたが、2024年1月に発生した能登半島地震の影響により、石川県の「中谷宇吉郎 雪の科学館」での調査は延期せねばならなかった。今後は、中谷宇吉郎記念財団などと協力しながら、中谷の捉えた雪の結晶の様相に関する研究にも取り組んでいきたい。これらの調査を通じて本研究は、「科学コミュニケーション」の観点から日独交流史研究に新たな視座を加えることとなるだろう。
2026年5月




