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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2024年度

企業文化の経済的価値:従業員口コミサイト情報と機械学習を使って企業文化を可視化する

コロンビア大学経済学部・ビジネススクール 博士課程
北川 梨津

 本助成を受けて、従業員口コミデータを用いて日本企業の企業文化・組織資本を測定し、それが企業業績や経営者、従業員経験とどのように関係するかを分析する研究を進めた。研究成果は、ワーキングペーパー“Measuring Organizational Capital: A Cross-Language, Cross-Platform Framework”として取りまとめた。本研究は、申請時に掲げた「従業員口コミサイトのデータを用いて企業文化を測定し、企業業績やCEO属性との関連を分析する」という計画を発展させたものである。

 本研究の出発点は、企業文化や組織資本が企業の生産性・業績・従業員厚生にとって重要である一方で、それらが無形で観察しにくく、特に日本語圏・非英語圏では定量的な測定手法が十分に確立されていないという問題意識である。本研究では、OpenWorkから提供を受けた従業員口コミデータを用いた。OpenWorkは、日本の代表的な従業員口コミサイトであり、従業員が自身の勤務先について、組織体制・企業文化、働きがい、ワークライフバランス、退職検討理由、給与・評価制度などに関する口コミを自由記述形式で投稿できるプラットフォームである。こうした口コミは、財務諸表には表れにくい企業内部の組織運営やマネジメント慣行を捉える手がかりとなる。

 本研究の測定戦略は、米国の代表的な従業員口コミサイトであるGlassdoorの英語レビューを用いて、米国企業の組織資本を測定したCai, Prat, and Yu (2026)の先行研究を出発点としている。Glassdoorでは、従業員が勤務先について「良い点(pros)」と「悪い点(cons)」を分けて記述する形式が用いられている。先行研究はこの構造を積極的に利用し、組織資本を示す語彙や表現が「良い点」にどの程度現れ、「悪い点」にどの程度現れるかを比較することで、企業ごとの組織資本指標を構築している。つまり、同じ企業について従業員が肯定的に語る側面と否定的に語る側面を分けて測定する点に、既存手法の重要な特徴がある。

 本研究は、この枠組みを日本企業に応用するとともに、言語や口コミサイトの設計が異なる場合でも比較可能な測定方法へと拡張することを目指した。具体的には、2015年から2025年に投稿された60万件超のOpenWork従業員口コミを用い、上場企業およびその子会社を含む約9,600社について、企業・年レベルの組織資本指標を作成した。もっとも、OpenWorkの口コミは、Glassdoorのように最初からpros/consに分かれているわけではない。そのため、既存研究の手法をそのまま適用することはできない。そこで本研究では、先行研究との比較可能性を保つため、大規模言語モデルを用いて日本語の口コミを英語に忠実に翻訳し、さらに各記述を肯定的記述、否定的記述、中立的記述に分類した。これにより、OpenWorkの複数設問型の口コミを、先行研究が活用してきたpros/cons構造に近い標準化されたテキストデータへ変換した。

 そのうえで、単語埋め込みを用いたシードワード型指標、生成AIにより作成した高・低組織資本レビューとの類似度に基づく指標、さらにLLMに直接レビューを採点させる指標を構築した。加えて、日本語テキストを直接処理する測定パイプラインも作成し、翻訳に依存しない頑健性を検証した。
 分析の結果、従業員口コミから測定された組織資本は、企業業績と明確な関係を持つことが分かった。組織資本が高い企業ほど、総資産利益率(ROA)および株価純資産倍率(P/B)が高い傾向にあり、この関係は企業規模、企業年齢、産業×年固定効果を統制しても残った。また、組織資本指標は短期的に大きく変動するものではなく、企業固定効果やCEO固定効果によって相当部分が説明されることから、組織資本が持続性を持つ無形資産であることが示唆された。CEO交代前後の分析でも、変化は小さいものの、経営トップと組織資本が一定程度関連することが確認された。これらの結果は、Cai, Prat,and Yu (2026) が米国企業について発見したパターンとも整合的であり、組織資本の重要性が国や文化を超えて一般性を持つ可能性を示唆している。

 さらに、男女別に組織資本指標を構築し、同じ企業内で男性従業員と女性従業員の評価がどの程度乖離しているかを測定した。その結果、男女間の組織資本評価の差が大きい企業ほど、ROAやP/Bが低い傾向が見られた。この結果は、従業員の職場経験の違いが、企業内部の摩擦や制度運用上の問題を反映し、経済的にも重要な意味を持つ可能性を示している。
 本研究の貢献は、日本企業について、従業員の自由記述という未構造データから組織資本を大規模に測定する手法を提示した点にある。また、英語以外の言語・異なる口コミプラットフォーム形式にも適用できる汎用的な測定枠組みを示した点でも意義がある。今後は、測定手法をさらに精緻化し、企業文化の多次元的な測定、企業名や既存評判に由来するバイアスの検証、求職者行動や取引ネットワークとの接続、国際比較へと発展させる予定である。

参考文献
 Cai, W., Prat, A. and Yu, J., 2026. Measuring organizational capital. Journal of Accounting Research .(当論文は、本研究開始当時はワーキングペーパーとして公開されていたが、その後 Journal of AccountingResearch に掲載されたため、書誌情報を更新している。)

2026年5月