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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2024年度

戦間期のラジオと日本近代文学に関する学際的研究―谷崎潤一郎・吉屋信子・長塚節作品のラジオ化分析―

早稲田大学文学学術院 助手
大木 エリカ

研究の動機、意義、目的
 本研究では、谷崎潤一郎・吉屋信子・長塚節の文学テクストをラジオ化の視座から分析し、戦間期日本におけるラジオ放送の内実および文学とラジオの相互的な影響関係を再検討することを試みる。1925年の放送開始当初から国家の統制下にあったラジオは、1930年代に入ると戦時体制の強化に伴い、国策宣伝メディアとしての性格を強めていった。朗読詩の放送をはじめとして文学もまたラジオと結びつき、国語醇化運動や国民国家のイデオロギーを普及する役目を担わされていく。一方、大阪放送局(JOBK)で企画された「ラジオ物語」やその「ラジオ物語」を土台として東京放送局(JOAK)で制作された「ラジオ小説」といったプログラムは、女性作家や女優を積極的に起用し、周縁化された人々の〈声〉を前景化することで、男性ジェンダー的/時局迎合的な大衆メディアに対する批評性をも内包していた。しかし、従来の日本近代文学研究やメディア研究において、このような二面性を有する戦間期のラジオと文学の関係は看過されている。
 そこで、本研究では、大阪放送局における「ラジオ物語」の発展に大きく貢献した谷崎や吉屋の文学テクスト、そして「ラジオ小説」の傑作と位置付けられた長塚の文学テクストに焦点を当て、ラジオ・映画・演劇といった多様なメディア/ジャンルへの展開を総合的に比較する手法を用いて、ラジオ化の問題を多角的に検証する。また、大阪放送局の文芸課長を務めた奥屋熊郎らラジオ制作者の活動を分析するとともに、吉屋に加えて、岡田嘉子や夏川静江など、ラジオで活躍した女性(作家・役者)の役割にも注目しながら、戦間期におけるラジオと文学の関係を捉え直すことで、文学研究・メディア研究・ジェンダー研究・歴史学研究といった多様な研究分野に接続しうる学際的研究を目指す。

研究成果や研究で得られた知見
 本研究では、まず谷崎の文学テクストとラジオとの関わりを考察するにあたり、演劇ならびに戦時体制下における朗読文学の動向までを視野に収めた包括的な分析が求められた。そこで「吉野葛」(1931年)における「朗読」の問題に焦点を当て、小説版「吉野葛」と大政翼賛会文化部編『朗読文学選 現代篇(大正・昭和)』(1943年)に掲載されたテクスト(「紙を漉く家-吉野葛より」)の比較分析を行った。また、その研究成果を論文「谷崎潤一郎「吉野葛」と朗読-戦時下における文学と大衆メディアの交錯」(『JunCture 超域的日本文化研究』第17号、2026年3月、査読付)として全国学術誌へ発表した。本論文では、「紙を漉く家-吉野葛より」が同時代の朗読文学に共通する「教訓もの」としての側面を前景化し、理想的な銃後の女性像を提示しつつ、戦時体制下の性的役割分担システムや国民国家のイデオロギーを強化する機能がある点を明らかにした。加えて、1930年代に東京放送局の文芸課長を務めた久保田万太郎脚色による戯曲版「蘆刈」(1940年)の分析を行い、これら一連の研究成果を博士論文「谷崎潤一郎の〈古典回帰〉研究-戦間期の視聴覚メディアを視座として-」(早稲田大学大学院文学研究科、2026年2月)にまとめた。
 上記の研究を通して、谷崎と大阪放送局や東京放送局の間に存在した人的ネットワークを解明することができ、吉屋や長塚の文学テクストとラジオの関係を分析するための大きな指針を得た。
 また、本助成期間には精力的な資料調査を行った。NHK放送博物館では、谷崎原作のラジオ小説「玄弉三蔵」(1940年)の台本、吉屋原作のラジオ物語「釣鐘草」(1932年)、長塚原作のラジオ小説「土」(1939年)の台本を確認した。さらに、アメリカ・ニューヨークのコロンビア大学などで、「土」の映画化に関わる資料を中心に調査することができた。
 以上の資料調査とその分析から、同時代の〈少女〉たちに広く共有されていた吉屋の文学テクスト(「花物語」)が、ラジオにおける女優・夏川静江の「語り」を介して大衆へとひらかれていく過程が明らかとなった。同時に、新築地劇団の動向を手がかりに、「玄弉三蔵」・「土」のラジオ化の問題を接続して検討する視座を獲得した。そして、映画版との比較を通してラジオ小説「土」の特徴を再考するための大きな足がかりを得ることができた。
 さらに、2025年11月開催の国際シンポジウム「オーラリティと近代-ラジオ研究の可能性と方法論Aurality and Modernity: New Directions in Radio Studies」(主催:柳井イニシアティブ)では企画・司会を担当し、現在は編者として書籍化の準備を進めている。

今後の課題、見通し
 NHK放送博物館・NHKアーカイブス・NHK放送文化研究所・国立映画アーカイブなど国内外の資料館・施設で、引き続き谷崎・吉屋・長塚の文学テクストのアダプテーションに関する資料、ならびに戦間期における東京放送局・大阪放送局のラジオプログラムに関する資料の収集・調査を行う。また、本助成期間を通じて得られた一連の研究成果をもとに、学術書の刊行を目指す。

2026年5月
※現職:早稲田大学文学学術院 非常勤講師